「えっと、兵長どうしたんですか」
「エレン答えろ。お前はアレを食って何ともなかったのか」
「何ともって、普通に美味しかったですけど」
訳が分からないといった表情でリヴァイを見るエレン。顔色の悪くない普段通りのエレンを前に、リヴァイの方は(表情にこそ出さないが)とても喜ばしい気分になっていた。なにせアレを食べて無事生還した者など覚醒状態のハンジくらいしか今までいなかった。しかし覚醒状態のハンジは如何なる状態異常も打ち消してフィーバー状態になるので、一般的な判断基準には到底ならない。そこに新兵エレン・イェーガーの登場である。巨人になれるという体質以外にちょっとした特質をもつエレンは、今やリヴァイを或る意味で救う救世主となりつつあった。
これは調査兵団の面々と一部の人のみが知る事実なのだが、リヴァイは超絶的に運が悪い。笑って済ませられるレベルなら笑って済ませたいのだが、他人に迷惑をかけるし下手をすると命にも関わるものなのである。例えば食事、リヴァイが手にした料理は何かしら悪くなっていてトイレの世話になることが多々ある。階段で足を踏み外しそうになるのなんて日常茶飯事で、それを堪えるのは兵長としての意地だ。立体機動装置などの器具類も選んだのを即使おうとなんかしてしまえば巨人に食われる前に動作不良でお陀仏である。どんなに技巧班が検査してもリヴァイが手に取った時点で“原因不明の不調”に見舞われてしまう。
そんなリヴァイに対して当然調査兵団は対策を立てた。食事などはリヴァイに盛らせるのではなく他の団員に全てやらせる。リヴァイが選んだものだとダメだが、他の人間が選んだものをリヴァイが食すなら大丈夫らしい。そんなわけでリヴァイの食事の準備をするのはリヴァイ班の役目となっていた。移動に関する不運は今のところリヴァイの努力でどうにかなっている。彼の反射神経の良さや安定した態勢などは不運故に身についたのではないかと言われるほどだ。そして器具などの整備はリヴァイ自ら行うことにした。不運はリヴァイの腕を落とすようなものではない、あくまで不運なのである。だからリヴァイが手にした『不良品』をリヴァイが点検すれば問題はない。簡単に言ってしまえばそうなのだが、この事実に行き着くまでかなりの時間を要した。ハンジやエルヴィンなども総動員してようやく得た結果である。
口や行動には出さないが、リヴァイはこの体質について深刻に悩んでいた。食事の世話などを他人にやらせるという行為だけでも腹が立っているのだ。もちろん相手にではなく自分にである。しかもこの体質は周りの人間にも影響を与えてしまう。罪のない団員がもしリヴァイのせいで危険な目に遭ったらと思うと、リヴァイは研ぎ澄まされた神経をさらに細めていかなければならない。思った通りに動けず迷惑をかけてしまう体質を治すためにリヴァイは様々なことに挑戦したが結果は出ず、危険な日々を今日も綱渡りしている状況なのだ。
そんなリヴァイはとある噂を耳にした。噂の出所はハンジなのだが、どうやら今年入りそうな新兵の中に運が強い人がいるらしい。もちろん噂なので信憑性は限りなく低いのだが、リヴァイはその噂について人一倍興味をもった。ほんの少しでもいい、自分の不運さを緩和してくれないかと本気で思ったのだ。人類最強が何を言い出すかと思われるかもしれないが、そんなことをかなぐり捨ててでもリヴァイは希望に縋りたかった。
「兵長何処行くんですか?一緒に行きますよ」
「ついてこなくていい、そこにいろ」
結局誰が幸運の持ち主なのか分からないまま、調査兵団はエレンを引き取ることになった。巨人になれる能力の持ち主という異例のことにハンジも手がいっぱいだ。エルヴィンも五月蝿い上の連中と話をつけるとかで、エレンの身のことはリヴァイに一任されている状態だった。ペトラやグンジなども手伝ってくれるためエレンのお守りは苦ではない。予想以上にエレンが世間慣れしていることも、監視がしやすい点の一つだ。もっと我の強い我儘な少年だとリヴァイは勝手に思っていたのだが、エレンは年上には敬意を払うし関係をきちんと弁えている。掃除の甘さは問題だが、目立って他に問題はなかった。
「待ってる間そこにある菓子でも食ってろ」
「あ、いただきます」
品種改良した生地から作られた菓子は少量ながらお腹にたまることで兵員から人気の品だ。エレンはまだ食べたことがないらしく、初めて見るその菓子に目を爛々とさせている。そういうところが子供みたいだと思いつつ、リヴァイはあることを思い出した。
(俺今そこにある菓子って………)
一見なんでもない言葉に見えるが、よく考えればこれは“リヴァイが指定した菓子”ということにならないだろうか。実際机の上には残り物の一つしか置いてなかった。残りは一つだし手に取るのはエレンなのだからリヴァイは関係無いと思いたかったが、過去に同じ体験をしてペトラをトイレ送りにしている。自身の判断に過ちがあると認めたリヴァイは静止の声をかけようとしたが、既に菓子はエレンの中に取り込まれていた。
「へー、初めて食べますけど美味しいです。アルミンやミカサにもあげたいな」
「……平気なのか?」
こうして冒頭に戻る。
「ほぉ、お前が幸運持ちの新兵だったのか」
「幸運持ちなんて大袈裟ですって。ちょっと運が良いだけで」
「いやいやエレンの運良すぎだからね!ミカサやアルミンにも証言貰ったし」
困ったように笑うエレンとそれを取り囲む三人。団長室という大仰な場所に連れて来られたエレンはよく分からない緊張で胸がいっぱいだった。ただリヴァイが超絶不幸体質ということだけは本人の口から聞いたのでそれだけは理解している。
「それでね!エレンの体質でリヴァイの体質をカバーできるみたいなんだ」
「リヴァイの撒き散らす不幸を君の撒き散らす幸運で相殺するということだ」
「撒き散らすって……。ホントに効果があるんですか?」
「絶対ある!そのためにこの一週間色々な実験をしたんじゃない」
エレンが幸運持ちだと分かってから、ハンジは様々な検証をした。まず『エレンの幸運に当てられてリヴァイの不幸体質が無くなった』説、これはエレンを遠くに行かせてすぐにリヴァイに不幸が訪れたので却下された。次に『エレンに対してのみ不幸体質解除が働く』説、これは被害がエレンだけでなく周りにも無くなったため却下だ。最後の説が、『エレンが近くにいるときのみ不幸体質が働かなくなる』である。近くという定義を図るのに時間が掛かったが、この説がもっとも有力だという結論に至った。しかもリヴァイは任務の関係でエレンの傍にいなくてはいけない。まさに好都合な状況なのである。
「ということで、リヴァイの死活問題に関わるのと監視目的でエレンは兵長から離れないこと!いいね」
「え、あ、はい」
怒涛の展開に頭が上手く働かないエレン。そんなエレンの隣でやっと悩みから解放されると(表情には出さないが)喜ばしげなリヴァイがそこにはいた。