もしもこんな未来があったなら、僕たちは今でも笑ってずっと一緒にいられたのだろうか。





「退院おめでとう」

目に涙を浮かべて色とりどりの花束を抱えているのはバスケ部主将赤司征十郎である。わざわざ今日の部活をオフにして病室に来てくれた。そしてそれを嬉しそうに受け取るのは幻の六人目の異名をもつ黒子テツヤだ。黒子は体育館で起きた事故をきっかけに目に重傷を負ったのだが、今日でようやく退院することができたのだ。なんとかリハビリを終えた今では日常生活を送れるくらいまでは回復した。

「ありがとうございます。……他のみなさんは?」

「さぁ、どこにいるんだろうね」

にこにこと笑みを絶やさない赤司は少し怖いものがあるが、こんな時に黒子の嫌がるようなことをする人間ではない。きっと何かしらの意図があるのだろう。黒子はとりあえず花束を受け取って赤司が呼んだタクシーに乗り込んだ。退院の際に両親がいないのは、あらかじめ赤司たちが両親に話を通したかららしい。久しぶりの再会を邪魔する気はないという意味だろうか。

「どこに行くんですか?」

「内緒」

口に人差し指を当ててポーズをする赤司は無駄に綺麗だ。なんというか気品というか育ちの良さを感じる。赤司と過ごしていれば今更なことなのだが、少しの間離れていたからか耐性が消えてしまっていたようだ。もし耐性が消えてしまっていたならば、あの黄瀬すら美形で麗しいと感じるのだろうか。だとしたら時の流れとは非常に恐ろしいものである。

「着いたよ」

「着いたって……帝光中じゃないですか」

「久しぶりだろう、懐かしい?」

「まぁ、そうですね」

目的地が帝光中なら行き先は体育館だろう。その期待を裏切らずに赤司は黒子を体育館に連れて行く。

「正確に言うとね、今日はオフじゃないんだ」

「え、部活あったんですか?」

「あるといえばあるし、ないといえばないね」

謎の言葉を残して赤司はガラリと扉を開ける。その瞬間響いたのは百近い数のクラッカー音だった。

「退院おめでとう!!」

クラッカーの中の飾りが飛び交う中で揃えられた声は紛れもなく黒子の退院を祝うもので、数と声量に圧巻される。呆然と立ち尽くす黒子にサプライズ成功と言わんばかりの赤司がくすりと笑った。

「ね?部活はないけど活動はある」

「そういう意味ですか……」

群衆から出てきたのは青峰と黄瀬で、黄瀬は黒子から花束を奪い取り青峰は黒子の手を引いて中央へ引っ張っていく。そこには可愛らしくデコレーションされたケーキがあり、紫原が誇った表情でそれを紹介する。

「そのケーキは俺の手作り、すごく上手いでしょ」

「紫原くん、ケーキなんて作れたんですね」

「見直した?」

してやったりという表情で笑うもんだから黒子の表情もつられて緩む。

「おい紫原、お前一人の手柄のように言うんじゃないのだよ」

「緑間くんも手伝ったんですか?」

「本体は紫原だが飾りつけは俺だ。よく見ろ、お前の好みを熟知した飾りだろう?」

よく見ればバスケットボールに本、バニラシェイクなどなど黒子の好きなものでケーキが埋まっている。本なんて作者名までかいてあってなんとも細かい。

「それにしてもこんなにたくさん、どうしてみなさんが……」

「テツヤの頑張りを部員全員が評価していたわけではない。けれど真摯な姿勢というのはやはり評価されるものだよ」

毎日の練習に必死でついていき成果を出そうとする姿勢になにも感じないわけがない。口には出さないものの、その努力を讃えている人間は少なからずたくさんいるのだ。じゃなければこんなにたくさんの人が黒子のために集まってくれるはずがない。

「それとね、部員たちに話したんだ。あの事故のことを全て、ありのままにね」

それはつまり、キセキたちが負っている自責の念を吐露したということだ。自らの非を他人に言うことはとてもつらいことである。しかしそれでも、五人はきちんと説明したかった。五人だけで抱え込むのではなく、それを誰かと共有することで弱さを曝け出したかった。部員たちは話を聞いて何を思ったのか、それは黒子や五人が知ることではない。けれど此処に集まってくれたということは、少なくとも五人のことを一方的に悪く思ってはいない筈だ。

「なぁ、左目大丈夫なのか?見えなくなってるとかは……」

「それは大丈夫です。リハビリも終わりましたし、ちゃんと見えてます」

目のことが気になる部員が黒子に具合を尋ねる。黒子はその部員を安心させるかのように、ゆっくりと笑みを浮かべて返答した。同じような疑問をもっていた人は多かったようで、黒子の返答で安堵の空気が体育館に広がった。それはキセキの五人も同じようである。怪我をさせたと自負してしまっている分黒子の具合をとても気にしていたようだ。

「ただ……バスケに関しては少し難しいかもしれません。リハビリの時から言われてたんですけど……」

「………そうか、それは正直僕達も予想していたよ」

あの傷を赤司は直接見たわけではない。けれど聞いたかぎりでは、決して軽くないということが容易に想像つく。思った通り、病室で見た黒子の姿はとても痛々しくて辛そうだった。黒子は知らないことなのだが、五人は医師と会って直接話をしている。怪我のこともどんなものか直接聞き、治療でどの程度まで治るのかも聞いていた。だから黒子が知るよりも前にバスケが出来なくなるかもしれないということは知っていたのだ。けれど何処かにあるであろう奇跡を五人は信じていたのだが、それは叶わなかった。

「けれど僕はバスケを嫌いになったりバスケから離れる気はありません。可能な限りバスケと共に過ごしたいです」

「……黒子っちには何ていうか…敵わないッスねー」

「相変わらずのバスケ馬鹿なのだよ」
「黒ちんらしー」

「あぁ、やっぱテツだな」

「その言葉がテツヤから聞けて良かった」

いつまでもお通夜みたいな空気ではいられない。今日は黒子の退院祝いのために集まったのだ。タイミングを見計らったかのように体育館の扉が開き、それを見た黄瀬と青峰が扉の方へ走っていく。黒子が首を傾げると赤司は何でもないことのように「出前を取ったんだ」と言ってのけた。どうやらこの体育館で盛大なパーティーのようなことをする予定らしい、ケーキと出前のピザがその証拠だ。監督が許しをくれるのか疑問だったが、予想に反して快諾だった。監督も黒子のことと五人が心配だったのだろう。

「桃井さんに誘われてるんです、マネージャーやらないかって」

「―――それって」

「だからまた、よろしくお願いしますね」

にっこりと笑ってお辞儀をする黒子に、思わず目頭が熱くなったのは五人だけではない筈だ。部長として、一人の部員として赤司は黒子の手を握り締めた。

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