「全員駄目か……」

翌日みんなに昨日の旨を話したところ、キセキや桃井の中でテツヤを飼えるという人はいなかった。誰かが動物アレルギーだったり食品関係に従事しているからだったりで、家庭的に不可能だったのだ。以前は飼えると言っていた桃井もマンションのルールが厳しくなったようで、動物を飼うことが出来なくなっていた。こうなると野良にさせるか見知らぬ人にあげることになる。せめて信頼出来る仲間にと考えていたため、知らない人にあげるという選択肢は消していたのだが、我が儘も言っていられないかもしれない。

「どうしたものかな……」

赤司が悩んでいることをテツヤは理解しているのか、すりすりと頭を腰辺りに押し付けて愛情アピールをしてくる。こんな日常が長く続かないと分かってしまった今では、テツヤの行動全てがとても愛しくて寂しい。

「僕に出来ないことなんてないって思ってたけど、そうでもないみたいだ」

ぎゅっとテツヤを抱きしめて赤司はベッドに潜り込む。テツヤが布団に入ってきて一緒に寝るのはよくあるが、赤司から抱きしめて一緒にというのは初めてかもしれない。テツヤもいつもとは違う赤司の様子に異変を感じたが、寂しそうに笑う赤司の顔を見て、そのまま胸に顔を沈めた。



「結局引き取り先見つからなかったのね」

「うん、でもいなくなっちゃったからね」

「――いなくなった?」

「テツヤ、家出しちゃったんだ」

荷物が運び出されていく様子を淡々と見ている赤司に律華は首をかしげた。家出なんてあの猫には似つかわしくないと考えているからだろう。今までならば興味も示さなかったその様子にいつもならおかしくて思わず笑うだろうが、今の赤司にとってはなんにもならない。ただテツヤがいなくなったという事実だけがあるだけだ。

「きっとテツヤのことだから、自分のせいで僕が困ってるとか思ったんだろうね。でもいなくなっちゃう方が嫌だったんだけどな」

引越しの朝、起きればいつもの温かみがなくて、赤司は部屋中を探し回った。けれどどこにもいない。ご飯の時間になってもテツヤは顔を見せなかった。そんな時にふと気づいたのだ。テツヤは赤司を置いて出て行ったのだと。テツヤのせいで困っていた赤司をなんとかしたいと思ったばかりに。確かにテツヤのことで悩んでいたのは確かだが、いなくなってほしいなんて思っていなかった。納得はできないけれど、きちんとお別れをしようと思っていたのに。

「何処にいるんだろうね、あの子は」

東京に戻ってくるのは早くても三年後、大学に入ってからだ。猫の寿命的に生きているとは思うが、その頃にはきっと赤司のことなど忘れているだろう。もしかしたら幸せな家庭をもって子供もいるかもしれない。子供はテツヤの毛色や性格を引き継ぐのだろうかなど、幸せな感情が胸を巡る。しかしそこに自分がいないという事実が痛々しかった。



新幹線などを乗り継いで京都のとある駅に着けば、なんとも厳かな車が止まっている。恐らくお婆様が手配したのだろう。長閑な町並みの中でそれは異彩を放っていて景観としては最悪だ。けれどそんなこと向こうは思ったことないのだろう。

「ここからはすぐだから」

歴史的町並みが段々と富裕層の住宅地に変わっていく。各々の家が自身の家を綺麗に飾っていて、外見だけ繕っている様子がなんとも滑稽だ。そんな家々をどんどん超えていくと、まるで森に入ったかのような自然に囲まれる。言われるまでもなく、此処が赤司の所有地なのだと分かった。明らかに他とは違うと、空気から何からが語ってくるのだ。

「着いたわ、降りるわよ」

律華に言われるままに邸に足を踏み込めば、たくさんの使用人が一斉に頭を下げてくる。律華はそれに関して特に何も感じないのか、その人達を無視して歩いていく。赤司は本邸に来るのは初めてだが律華は初めてではない。きっとこの異様な光景に慣れてしまっているのだろう。赤司にとっては初めてのことなので、もちろん驚いたのだが。

「お婆様に挨拶してくるわ。あなたは先に部屋に入ってなさい」

お婆様は最近体調を崩しがちで外に出てこれないらしい。そろそろ世代交代かもねと以前律華が漏らしていたのを聞いたことがある。大きな病気ではないらしいが歳が歳である。何が起きてもおかしくはない。恐らくそれらのことを全て見越した上で赤司の本邸入りが決まったのだろう。

「疲れたな……」

今までとは全く違う空間に息が詰まる。此処まで来るのにだって使用人達の目が煩かったのだ。これから先一生これらに気を配っていかなければいけないのだろう。この場所で赤司の一員として生きていくために、赤司は自身の実力を見せつけなければいけない。とりあえず身辺の整理をしようと赤司はカバンに手を伸ばした。

「……にゃあ」

「―――えっ?」

チャックを開けるとその隙間からにゅっと顔が出てくる。いきなりのことで思わず首を引いてしまったが、そこにある顔は見覚えのあるもので。愛くるしいその子はこてんと首を傾げてもう一度にゃあと鳴いた。

「………テツヤだ」

苦しかったのか、頭をぶるりと震わせて口をはくはく開けている。きっとカバンの中で酸欠状態に陥っていたのだろう。手を伸ばして顎をごろごろと撫でればすりすりと寄ってくる。変わらない、やっぱりテツヤだ。

「なんでここに…、ついてきたのかい」

嬉しい、けれど此処にテツヤの居場所はない。律華もテツヤを気に入ってくれたが本邸に入れさせるかと言われれば話は別だろう。それに此処には最大権力者のお婆様がいる。動物嫌いの彼女が此処にいるかぎりテツヤは此処で暮らせない。

「テツヤ、ついてきてくれたのは嬉しいよ。でも此処にテツヤはいれないんだ」

「にゃあ?」

「賢いお前なら分かるだろう。僕だってどうにかしてあげたいんだけど、こればかりはどうしようも……」

「にゅう」

少し寂しそうな顔でテツヤはカバンから出てきてごろんと寝そべる。まるで自宅にいるかのようなくつろぎ具合に赤司はなんだかおかしいと思った。いつものテツヤなら赤司の言ったことをきちんと理解してくれるはずだ。寂しいからといって我が儘をいったり駄々をこねたりはしない。それに何故かこの場所に気を許している。野良猫並の警戒心はないが、それでも猫特有の警戒心はあるはずなのに。

「テツヤどうしたの?なんで…」

「征十郎様、律華様とお婆様がお呼びです」

使用人が赤司を呼びに来る。赤司はそれに応えてから、テツヤにカバンの中にいるように命じた。使用人がたとえ中に入ってきたとしても、カバンの中までは見ないだろうと踏んだからだ。この家で赤司は征十郎様として扱いを受ける。ならば使用人より上の立場にある赤司の私物を漁るようなことはしないだろう。

「じゃあ行ってくるね」

一言だけ声をかけて、赤司は部屋を後にした。

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