「ここがテツナの学校か……」
黒子が帝光を訪れるのは多々あるのだが、黒子が通う誠凛に五人が来たのは初めてだった。なにせ中学生が高校に来る機会などあまりない。けれど誠凛で文化祭が開かれるというので、五人はわざわざ部活を休んでまで足を運んだのだ。監督やコーチには日々の行いから一日休みを貰っている。――決して脅したのではないと一応言っておこう。
「テツナの場所は確か……」
「なにこれー、コスプレ喫茶?」
「あぁ?コスプレ?」
コスプレというと秋葉原などを思い浮かべてしまう。そして浮かんでくるのはメイド喫茶と言われるような色物である。ああいったものを着て接客する黒子の姿を想像しただけで、赤司の手の中にある鋏がきしりと音を鳴らした。だがその凶器が牙を煌めかせる前に聞き覚えのある声が五人にかけられる。
「あ、お前ら……」
綿あめを頬張りながら看板を掲げているのは紛れもなく火神だ。宣伝係なのか店の名前を連呼しながら歩いている。そこに書かれているのは黒子が働いている店の名前で、そういえば火神と黒子は同じクラスだったと今更ながらに思い出した。
「黒子は何処で働いている?」
「あぁ、黒子か。黒子なら今中で作ってると思う、調理係だし」
「調理係ということは接客しないのか」
「あいつそういうの嫌いじゃん。それに料理出来る奴少なくてさ、ぶっちゃけすげぇ戦力っつーか……」
どうやら黒子は表に出てこないらしい。それならば五人も行ったところで無駄足だと思ったのだが、五人の知らない黒子というのを見てみたい気持ちが残る。それにせっかく来たのだから見て回りたいというのもあった。――コスプレをした黒子を見たかった下心は胸の中に秘めておこう。
「じゃあ僕たちは適当に見てくる」
「あー、せっかくだから店来いよ。もしかしたら会えるかも」
「でも忙しいんじゃないっスか?」
「客を邪険になんかしねぇし。それに黒子喜ぶと思うぜ」
そう言われたら行くしかなくなってしまうではないか。それに火神に直接誘われたとなれば、行きやすくなる理由にはなる。黒子の姿が見れたらいいなという期待半分、その期待の中にはコスプレ姿を見たいというのも含めて、五人は黒子が働いている教室へ向かうことにした。
「あ、みなさん来たんですか」
「……テツナは接客しないんじゃないの?」
「確かに調理担当ですが、そんなことはありませんよ。誰から聞いたんです?」
火神の言うとおり黒子は調理担当だ。しかしホールの手が足りていなければ手伝いをしたり、休憩としてポジションを変わることもある。火神はローテーションを理解していなかったらしい。テレビで見たようなフリフリのメイド服ではないが黒子の着ている服はゴスロリ調で、黒子の肌の白さが際立っている。黒ニーハイソックスも絶対領域が際どく、中学生の五人には少し刺激が強かった。
「よかったら食べていってください。僕が奢りますよ」
「黒子ちゃん、その子ら知り合い?」
「はい、親戚の子達なんです」
「そっか、なら身内割で安くしてあげよう」
普段が静かな人柄なのでクラスでも静かだと思っていたのだが、そうではないらしい。料理のことで頼られていることもあって、黒子は教室内で中心に近い存在だった。周りにいるクラスメートが五人を席へ誘導してくれる。黄瀬なんかは雑誌にも出ている存在なので問題になるかと心配したが、分かってくれているのか、教室内がざわつくことはなかった。
「お待たせしました、どうぞ」
黒子が五人のためにホールからキッチンに入って作ってくれたらしい。ミニオムライスの上にケチャップでバスケットボールが描かれている。黒子には画才がないので、きっとクラスメートに頼んだのだろう。ぱくりと一口含めばいつもの味が広がり表情が思わず緩んでしまった。幸い他の人達には見られていなかったが、ばっちり他の四人には見られている。けれどみんな同じようなものなので、結局お互いの顔が少し赤くなるだけだった。
「そうだ、クッキー持っていきなよ。お姉ちゃんが格好良い君達に奢ってあげる」
「あ、ありがとうございます」
帰りにお土産まで持たされてしまい、なんだか申し訳ない気持ちになる。黒子のクラスメートはとても良い人達だと、五人は改めて感じた。
「黒子ちゃんが作ったやつだから味は保証するよ」
そんなセリフを付け加えて、そのクラスメートは仕事に戻っていった。
その後結局黄瀬は女子達に見つかることになり、何故かミスターコンテストのサプライズゲストとして迎えられてしまった。当然モデルと男子生徒など比べる対象にならず、飛び入り参加の黄瀬がグランプリを掻っ攫い場が騒然とする。黒子の耳に入れば説教ものだと思いながら、五人は帰路についた。
「ただいま」
打ち上げが終わって時刻はもう0時を回っている。五人はもう寝たと思っていたのだが、まだ起きているようで電気がついていた。宿題でもやっているのかと思ったが赤司と緑間がいる以上そんなことはないだろうと思い直す。リビングに入れば突然の衝撃、後ろに倒れかけたが五人の支える手があったので転ばすに済んだ。
「え、どうしたんです?いきなり――」
「テツナがすごく遠くに感じたんだ」
「へ?」
「クッキー、黒ちんの味じゃない。美味しくなかった」
クッキーというのはクラスメートがあげていたものだろう。不評ではなかったので大丈夫だと思っていたのだが、どうやら五人は外れを引いてしまったらしい。作った者として申し訳なかったので謝ろうとしたのだが、それは緑間の声で制された。
「そうではない。ただクッキーの味が無機質だっただけなのだよ」
「はぁ…、無機質ですか」
「クッキー食べたら黒子っちがすごく遠くに感じて…」
「テツはどっかに行ったりしないよな」
「そうですね、君達を置いていくのは不安でしかないので」
縋りついてくる五人を宥めながら黒子はようやく真相にたどり着いた。五人に出したオムライスは黒子が五人のために作った料理であり、そこには五人に美味しく食べて欲しいという想いがこめられている。手料理とはそういうものだろう。だけどあのクッキーは製品化された所謂大衆向けのものである、特定の誰かに対してのものではない。無機質だと緑間は言ったが、つまりはそういうことである。自分達に対してではない味に五人は不安を覚え、結果こういうことになったのだ。可愛いなと思う反面メンタルの弱さが少し気になるところではあるが。
「本当に君たちは、手の掛かる人達ですね」
優しい声音で話す黒子はまるで姉や母親のようで、五人はその安らぎにまたぎゅっと力をこめた。