全中を一週間後に控えたある日、黒子は体調不良を抱えながら部活をしていた。一週間前とだけあって部員達はいつもと違う空気を醸し出している。普段なら赤司に体調不良の旨を嫌々ながら伝えるが、こんな時期に体調不良だなんて言ったら確実にお叱りを受けてしまう。それが嫌で今まで言わなかったのだが、正直少し厳しい状態にあった。吐き気はするし視界はぶれる、体も重くてパスを思い通りに出すことができない。
「テツヤ、今日どうした?パスのキレがない」
「すみません……、ちょっと」
肩で息をする黒子とは正反対に赤司にはまだ余裕が残っている。しかし今はまだ部活が始まってたったの一時間だ。黒子の体力が無いのはいつも通りだが、バテるには早すぎる。赤司が何かを言おうとした瞬間、黒子の体がぐらりと傾いた。
「テツヤ!」
Tシャツ越しに触れた体はとても熱い。風邪だと判断した赤司は青峰を呼び、すぐに保健室に連れていくように指示をした。赤司が運んでやりたいが体格差の関係でおぶっては行けない。その点青峰なら全く問題はない。
「張り切りすぎて熱でも出したか……」
この時赤司は黒子の体調不良をこの程度にしか考えていなかった。
「入院?」
「あぁ、風邪ではなかったらしい。熱が高かったから病院に連れていったら、こう診断された」
顧問から手渡された紙には難しい病名が記されている。医学的知識が多少ある緑間は少し眉をひそめた。
「真太郎、これは?」
「命に関わる病気ではない。だが一週間は絶対安静、退院は二週間後くらいだろうな」
「えっ、それって……」
「あぁ。大会にはどう頑張ったところで出られないだろう」
ようやくレギュラーになれたこともあり、六人の中で大会に一番特別な気持ちを抱いているのは黒子に違いない。そんな黒子が欠場になるというのは、なんとも皮肉なものである。黒子自身今ごろ悔しさを噛み締めているのだろう。
「……勝つ」
「…赤司っち?」
「絶対に勝つ、必ず」
不敗は帝光の掲げる言葉だが、赤司の紡いだ不敗は帝光の威信に与するものではない。共に練習してきた仲間に対する誠意である。同じコートで戦うことはできなくても、黒子は同じ心で戦っている。その選手に恥じない戦いをするという一種の宣誓であった。赤司の揺るぎない言葉に四人も頷き返す。黒子の退院時に明るく喜ばしい報告ができるように、五人は気持ちを一旦切り替えて練習に身を投じた。
「メールでも送りましたが改めて、優勝おめでとうございます」
「ありがとう、その言葉は完全復帰した後にもう一度言ってやってくれ」
優勝したことをメールで一度報告した翌日、赤司はキャプテンとして黒子の病室を訪れた。他の四人も行きたいと主張はしたのだが、キャプテン権限で一蹴である。それに四人がいると確実に五月蝿くなってしまい叱られるのが目に見えていた。だからこそ、四人に見舞いは個人で行くよう言ってあったのだ。
「青峰辺りはパスに不満を持っていたよ。復帰したらずっとパス練かな」
「ずっとは辛いです」
「気が済むまで付き合ってやれ。アレでも一番心配していたんだから」
黒子がいない間の部はとにかく青峰と黄瀬の世話が面倒だった。いなくなって分かることだが、黒子は二人の立派なブリーダーだった。特に黄瀬はきゃんきゃん五月蝿くて、五月蝿い駄犬と緑間が何度注意したことか。青峰はどういう原理か分からないが急にスイッチが入り、そのスイッチが入ると黒子欠乏症に陥る。紫原の世話が面倒臭いと感じない程にとにかく二人の世話が面倒だった。
「あと五日程で退院できるみたいなので、みなさんに会うの楽しみです」
「あぁ、僕たちも楽しみだよ」
ようやく部に安寧が訪れる、そう思うと胸が落ち着く赤司だった。