ハードな練習が祟ったのか、黒子は珍しく風邪をひいてしまい数日寝込む羽目になった。せっかく狙っていた皆勤賞が崩れてしまいがっかりである。そんな黒子にプリントを届けるべく、青峰と紫原を除く三人は部活帰りに黒子の家に寄ることになった。二人がいないのは家庭の事情だ。
「黒子っちのお母さんどんな感じっスかね?黒子っちの親だからちょっと変わってそう……」
「人の母親を変わった人呼ばわりするのは良くないのだよ」
「でも会ったことないし」
「大輝だけしか会ったことないからな」
それぞれが黒子の母親像を作り出しているうちに黒子の家に到着した。両親と息子一人の家庭だが一軒家で、なんとも可愛らしい家である。もしかしたら母親の趣味なのかもしれない。赤司以外のキセキは身長的にマンションが合わないため一軒家暮らしだ。赤司は家が名家なので古い日本家屋に棲んでいる。
『はい』
「初めまして、帝光バスケ部部長の赤司です。テツヤ君へのプリントを届けに来ました」
『あら、テツヤのお友達?ちょっと待っててちょうだいね』
パタパタと母親が慌てて出てくる。黒子の髪色は遺伝ではなかったようで、母親の髪は綺麗な黒だった。エプロン姿から夕飯の支度中だったらしい。
「わざわざありがとう。テツヤは今寝ちゃってて、ごめんなさいね」
「いえ、テツヤ君にお大事にと伝えてください」
「せっかくだから上がって?主人帰りが遅いから寂しいのよ」
部活は早めに終わったため時間なら余っている。母親も黒子に関して何かと聞きたいのかと思い、三人は少しだけ上がることにした。広めのリビングに通されたが、規格外の身長故にソファだと狭い。結果床に座ることになった。ローテーブルなのが幸いというべきか。
「悪いんだけど、おばさんバスケは分からなくてね。テツヤがあなたたちについてたくさんお話してくれるんだけど」
「黒子っち俺達の話とかするんスか?」
「えぇ、とっても楽しそうにするの。きっとあなたたちのことが大好きなのね」
黒子は普段無表情だ。だからこそ“楽しい”という感情を表情に浮かべることは滅多にない。けれど家の中ではそんな風に思っていてくれたなんて。黄瀬は思わず涙腺が緩み涙が落ちそうになった。
「えっと、あなたが赤司君ね。両目の色が違うって聞いてたから分かりやすいわ。たしか司令塔みたいな役割で―――」
赤司といえばオッドアイも目立つが、最初に目が行くのは髪だろう。むしろキセキみんなの共通点ともいえる。そんな中でオッドアイに目をつける辺りが天然さんなのかもしれない。あともうひとつ、母親は思った以上には分かるらしい。PGという言葉は知らないようだが、司令塔という言葉が出るとは思っていなかった。
「そう!あなたは人を転ばせるのが上手な子なのよね?」
にこりと笑って爆弾発言をした母親に、赤司は思わず貰ったお茶を噴き出しそうになった。他の二人もギリギリで堪えたようだが同じような感じだ。
(人を転ばせるのが上手って…)
(あれっスよね、アンクルブレイクの話っスよねきっと)
(まぁ素人相手にあれの説明は難しいが…)
(その説明はどうかと思うよ黒子っち)
この話の背景としては、母親が赤司の天帝の眼を理解できなかったことがある。あらゆるものを読み取って先読みするという説明が、母親にはよく分からなかった。そこで母親は黒子に例を求め、黒子がそこでアンクルブレイクという現象を教えた結果、転ばせるのが上手という認識になったのだ。
「あら、ごめんなさい。間違ってたかしら?」
「いえ合ってます。僕は転ばせるのが得意なので」
「おばさんが言う話じゃないとは思うけど、あんまり転ばせちゃ駄目よ。時々テツヤが捻挫とかして帰ってくるんだけど、見ただけで痛そうだったもの」
「…はい、以後気をつけます」
他人の母親の手前、いつもみたいな偉そうなことは言えないようだ。もしかしたら黒子の母親相手だからかもしれない。
「今時の中学生って凄いのね、おばさんびっくりしちゃったわ。えっと、あなたが黄瀬君よね?モデルとバスケを両立なんて偉いわ」
「ありがとうございますっス!」
「あなたは二年から始めたのよね?テツヤ言ってたわ、とっても物真似が上手いのでしょう。誰の真似が出来るのかしら?」
「あ、えっと……。物真似っていうか…その………」
黄瀬の特技は模倣であって物真似ではない。物真似というのは芸人やタレントがやる一発芸のようなもので、少なくとも一軍に入るための切り札的存在ではない筈だ。けれど母親は完全に物真似だと勘違いしていて、黄瀬は寝ている黒子を一瞬だけ恨めしく思った。
「けど黄瀬くん、物真似ばっかり一生懸命してバスケとか疎かにしちゃ駄目よ。とてもバスケ部って厳しいんでしょう?」
「……そうっスね、物真似だけじゃなくてバスケも頑張ります」
さっきの赤司の気持ちが分かった黄瀬であった。赤司も少しドヤ顔になっている。
「すみません、そろそろお暇させてもらいます」
「あら、そう?おもてなし出来なくてごめんなさいね」
「いえ、お構いなく」
自然な流れで退出しようとした緑間に対して、二人は同じことを思った。
(真太郎グッジョブ!)
(緑間っちナイス!)
このままだとダメージを受けるしかないという展開を予想したのだろう。時間を気にする中学生を引き留める理由は母親にはない。うまく言葉を挟んでくれたことで三人はなんとか抜け出せることができそうだ。緑間だけ被害に遭っていないのは癪だがこれ以上の被害を考えれば退出の方が大切である。
しかし流石は黒子の母親、期待を裏切る訳がない。
「お邪魔しました。黒子によろしく伝えてください」
「ありがとうね緑間くん。テツヤ言ってたわ、緑間くんは努力の人だって。玉入れ得意なのよね?今度姪が運動会だから良い玉入れの方法教えて欲しかったわ」
玉入れという単語に赤司と黄瀬は母親から目を逸らした。でなければ笑いを堪えられない表情を晒すことになる。一方緑間は誇りをもっている自分のシューを小学生の玉入れ感覚で扱われたことに、緑間は内心落ち込んだ。突き詰めればバスケもある意味玉入れなのだが、それとこれとは話が違う。
「いいじゃないか真太郎、玉入れを教えるくらい」
「そうっスよ。なんせ緑間っちは帝光の誇る玉入れマスターだしね」
「あら、玉入れマスターだなんて格好良い名前があるの?」
「そうなんスよ〜」
「うちのマスターはいつも仕事が正確で助かってます」
黄瀬と赤司は連携して緑間を嵌めようとしている。黄瀬だけならともかく話術に富んだ赤司の援護があるので、緑間一人で迎撃するのは至難の技だ。けれどやられっぱなしの緑間ではない。
「黄瀬、せっかくだから黒子の真似でもしたらどうだ。お前の特技は物真似だろう?」
「あら、テツヤの真似?楽しみだわ」
きらきらと目を輝かせて母親は黄瀬を見る。一方黄瀬は言葉につまり、うっと唸った。母親の前で下手なものなど見せられない。しかも尊敬する黒子の母親相手だ。
『………今日バニラシェイク半額です』
完璧だ、完璧なる小野賢章の声を木村良平は演じた。母親は大層お気に召したようで、他にも様々なことを要求し始めた。それを見て笑うのは緑間である。
(しまった、緑間っち嵌めたっスね!)
黄瀬が黒子の完コピを出来ることは予想の範囲内だったのだろう。その後のリクエストコンボまでが緑間の筋書きだ。黒子の物真似で黄瀬のハイスペックが証明された今、母親の興味の対象は黄瀬に移った。赤司に喧嘩を売らなかったのは当然の結果である。
その日三人の中の相手にすると厄介な人物リストに黒子の母親が入ったのは、言うまでもない話だ。
母親「ポイントガード?もちろん分かるわよ、レギュラーで一番身長の低い人がやる場所でしょう?(誠凛を除く)」