“神様”という存在が軽視されはじめたのは科学の発達故だと赤司は考えている。それまで不可思議で神の仕業だと考えられていたものが理論で証明されていき、人々は“神様”という存在を困った時に頼む程度にしか思わなくなった。実際人々が“神様”を崇拝しなくなったところで世界は滅びたり衰退していない。だからその存在への依存度が減るのは仕方がないことだ。

しかしそれでも、今の世界を根本から支えているのは紛れも無い“神様”なのである。



「真太郎、きちんと運気は調整してるのか?」

「もちろんなのだよ。おれが間違う筈ないだろう」

「そうか……、なら大輝の方に責任があるのかな」

手元に浮かぶ摩訶不思議な盤を険しそうな表情で赤司が見ている。赤司にしか見えないので、何を見て表情を曇らせているのかは分からない。ただ赤司がそういう表情をするということは、何か並々ならぬ理由があるのだろう。緑間は眼鏡のブリッジを少し上げて赤司の方へ向いた。

「青峰のせい云々言っていたが、何か乱れでもあったのか?」

「………最近気の流れが少し変わっていてね。真太郎に問題がないとしたら大輝かなと思って」

「どの気がおかしいのだ?金運なら紛れも無く青峰の管轄だが」

「特定のってわけじゃない。気そのものがおかしいんだ」

運気を司る緑間、金運を司る青峰、健康運を司る紫原、恋愛運を司る黄瀬、そして天災の運を司る赤司。五人は世界を上手く調和すべく働いている神様である。だから世界に流れる気が手にとるように分かるし、自由自在に操ることも出来るのだ。

「一度みんなを集めた方がいいかもしれないね」

世界に散り散りになっている仲間を集めるために、赤司は静かに指を鳴らした。



東京都のとある場所にある誠凛高校にて、黒子という人間は最近不思議な現象に頭を悩ませていた。いや、悩ませていたというより困っていたが近いかもしれない。

(最近やたら運が良いとは思ってましたが………ここまでとは)

買い物をしてたまたま手に入れた福引きの券。最近運が良いと自分でも思っていたので引いてみたら、本当に一等を引いてしまった。しかも一等は籤の中に一つしか含まれていなかったそうだ。

(ヨーロッパへの旅ですか……。二人一組だから二人に渡してしまいましょう)

前々から海外旅行に行きたいと話していた両親のことだ。息子を置いていくことに不安はあるだろうが、それでも喜んで行くだろう。日頃から何かで感謝を返したいと思っていたため、良い機会かもしれない。最近の運の良さは何かのご褒美だと棚に上げて、黒子は家へ向かう道を急いだ。



『おい……アレについての話を聞いたか?』

『聞いた聞いた。やけに運が強い高校生の話だろ』

『もしかしたらということもある。誰かに捕られる前に早く捕った方がいいかもしれないな』

『まぁ相手はただの高校生だ、問題ないだろ』



「良いな〜、また自販機の当たり出たんだろ」

「……えぇ」

「抽選とかでも絶対当たるしよ、マジで今の黒子羨ましいわ〜」

「でも良すぎて気持ち悪いですけどね、正直」

「贅沢言うなよ。ってかご両親今海外旅行だっけ。それだって福引きなんだろ。やっぱりすげーわ」

降旗は羨ましがるが黒子は全く嬉しくない。今までは運が良い程度だったが、だんだん本当に気持ちが悪くなってきたのだ。まるで今までの自分が無くなっていくかの感触。とにかく黒子は今までの普通な生活に戻りたかった。

「じゃあ降旗くん、また明日」

「おぉ、じゃーな」

親は海外旅行だから家には誰もいない。自分が薦めた筈なのに今は少しだけ後悔していた。家に一人というのは不安定な心情のせいかとても苦しい。けれど両親はあと五日は帰ってこない。海外だから連絡を取るのが容易ではなく、黒子は布団に包まってただ朝を迎えるような生活を送っていた。

(………、尾行…されてる?)

自分と同じ間隔で聞こえる足音、勘違いかもしれないが、今の黒子には恐怖を助長するものでしかない。普段から人に認識され辛い体質なのにどうして尾行されているのか。これが誠凛の先輩とかだったら気も休まるが、雰囲気が全く違う。その恐怖から黒子の歩調はどんどん早くなり、終いには走り出した。

「……っち、バレたか。追え!」

途端に増えた足音に黒子は尾行を確信した。けれどどうしてされているのかという理由が全く思いつかない。特に悪いことも危ないこともしていない筈だ。そんな雑念がぐるぐる巡る中黒子は見知った道をひたすら駆け巡った。相手もこの辺りの地形は把握してきているのか、ひたすら自分を追ってきている。捕まらない理由は黒子の影の薄さと暗闇故だろう。この辺りは街灯が少なく防犯的な基準はとても低かった。

「…っ、見つけた!」

がしりと肩を捕まれ押さえ付けられる。イグナイトをかまそうとしたが、きっちり固定されてしまっていて腕は動かせそうにない。リアルなものとして襲ってきた恐怖に黒子の体はガタガタと震えはじめた。

「ったく手間取らせやがって。おい、さっさとこいつを―――」

「さっさと彼をどうするのかな?」

トンと軽く触れられただけなのに男の体が吹き飛ぶ。男はそのまま壁にぶつかり意識を落とした。場に緊張した空気が張り詰める中、現れた青年は涼しげな表情で黒子に手を差し出す。反射的にその手を取った黒子はそのまま青年に抱き込まれ、視界を青年の体で塞がれた。

「全く……もう少しで彼の身体が穢れるところだった。人間風情が、身の程を知れ」

「何を言っている。お前こそ痛い目に遭いたくなかったらそのガキを渡せ」

「今ので力量の差が分からなかったなんて……救いようがないな。まぁいい、とりあえずお前達は僕が直々に手を下してあげよう」

懐から取り出したのは高級そうな扇子。それを男達の方へ向けると、青年は透き通る声で言い放った。

「お前達、頭が高いぞ」



「大丈夫だったかい?」

体を離されようやく視界が解放される。けれど目に映ったのは慣れ親しんだ道ではなく、一面畳張りの大広間のような場所だった。

「え…あれ?」

「この場所に来れるということは見立て通りみたいだ。早く出ておいで、みんな」

おろおろとしている黒子の前にある襖が上品な音を立てて開かれる。奥にいたのはカラフルな髪色をした青年達だった。みんなが黒子を物珍しそうな目で見てくるので、思わず黒子は青年の陰に隠れる。青年はその姿に微笑んだ後、その場に座って楽にするよう言った。

「僕達の説明が先でもいいけど、とりあえず自分についての説明を聞きたいだろう。突拍子もないと笑いたくなるだろうが、まずは黙って聞いてほしい」




赤司の説明によると、黒子は『惹神』という存在らしい。『惹』の字は良いことを惹きつけるという意味だ。世界に流れる良運を無意識に惹きつけてしまう、これは悪いとかではなく『惹神』の宿命なのだとか。自分で制御出来るものではなく、人間に例えると呼吸に当て嵌まる。そして『惹神』というのは珍しい存在だがありえない存在ではない。常に世界に五人か六人はいるのだ。彼らの運を調整するのも五人の役目なのだが、黒子の『惹神』としての覚醒が突発的で力が大きかったため、五人の方で管理できなかった。赤司の話によると『惹神』としての覚醒は遅くても中学に上がるまでに済まされるのだとか。だから五人は始め黒子が『惹神』ということに疑念を感じていた。けれど神界にあるこの大広間に来ることができた、それが黒子の存在を証明している。事実直に対面して分かることもあり、五人は改めて黒子を見て存在を再確認した。

「………それで、僕はどうなるんですか?殺されるとか?」

「まさか。言っただろう、惹神というのは悪い存在でも畏怖するものでもない。きちんと管理すればそのままで存在できる」

管理という言葉に黒子は眉をひそめる。まるで飼うと言わんばかりの赤司に嫌悪を示すのは可笑しくないことだ。緑間も赤司の表現に思うところがあったのか、溜息をひとつついて、黒子にきちんと説明をした。

「赤司、お前の説明は勘に触るのだよ。安心しろ、管理というのはおまえの気を俺達がきちんと管理をするという意味なのだよ。決して飼うとかそういう意味じゃない」

「……常識人」

「な、なんなのだよ」

いきなり連れてこられ不思議な話を持ち出され、よく考えれば意味不明な体験を今進行形でしている。そんな中でまともな緑間という存在は黒子の中で少し支えになっていた。まぁ彼も意味不明な神様なのだが。赤司は意味深長な表情で黒子を見ていて青峰と紫原は無関心、黄瀬は目をキラキラさせて見ている。黒子は居辛い空気になったのを感じすぐに退室したいと思ったが、帰り方が分からない。この中の誰かを頼る必要があるため、黒子は迷いなく緑間を指名した。けれど連れてきた人が帰すという決まりがあるらしく、黒子は否応なく赤司を頼るしかなくなってしまった。

「そもそも呼んだ理由をまだ果たしていないだろう。急ぐ必要はない、ここでしばらくゆっくりしていけ」

「いえ、ゆっくりなんて……」

「どちらにしても帰すかどうかは僕の意志だ。涼太と大輝と敦は彼の世話を、真太郎は僕を手伝え」

黄瀬に肩を押されて退室を促される。ここは相手の領地なので黒子に勝てる見込みはない。黒子は渋々と三人に連れられるように部屋を出た。



「それで、僕は何をすれば?」

「うーん、黒子っちはのんびりしてればいいんスよ」

「のんびりって……、あ」

広々とした庭の奥の方にバスケゴールがある。毎日見ているものだ、間違えることなんてない。黒子の足は自然と庭に向かっていて、ボールも無いのにゴールの真下に行きゴールを見上げた。

「神様もバスケするんですか?」

「え?あぁ、うん」

「奇遇ですね、僕もバスケ部なんですよ。これでもレギュラーさせてもらってます」

「お前がレギュラー?どんだけ弱小なんだよ」

青峰の目には黒子に対する侮蔑の感情が込められている。それにカチンときた黒子はミスディレクションで青峰の意識を一瞬逸らし、たまたまポケットに入っていたチロルチョコを全力でぶん投げた。イグナイトやサイクロンを扱う黒子の腕力はかなりのもので、おまけに青峰との距離はそこまで離れていない。取り辛いように敢えて微妙な位置に上手くコントロールして投げたのだが、驚異的反射神経で青峰はそれを綺麗にキャッチした。端から見れば難なく取れたように見えるかもしれない。しかし取った青峰から言わせてもらえば、綺麗にコントロールされたチョコに思わず手が出たといった感じで。悔しいが見てから反応したのでは間に合わなかっただろう。その球に興味をもった青峰は手からボールを創り出すと、黒子に向かって山なりに投げた。

「見習い、俺と1on1しろ」



「……状況を説明しろ」

緑間が黒子を呼びに来れば、広間でぐだりと寝転がる四人の姿がある。黒子はほとんど死にかけで、青峰と黄瀬は目を輝かせて爛々と黒子に話しかけている。紫原もお気に入りのお菓子を黒子に分け与えている。時間にして1時間や2時間のこと、いったい何があったというのか。

「すごいんスよ!黒子っち消えちゃうんス!」

「ボールも消えんだぜ、ヤバくね?」

「黒ちんお菓子どーぞ」

「……とりあえず死にかけの黒子は開放してやれ。もう時間だ、帰すぞ」

緑間や赤司がいない間に仲良くなったのは良いことだが、懐き度が異常なことになっていて、なんだか心配である。ただ擦れがちであった青峰や紫原に良い影響を与えてくれたことは礼を言うべきであろう。赤司も最近の二人には少し手を焼いていたのだから。

「やっと帰れる……」

「赤司から少し説明があるからすぐにとはいかないがな」

「赤司っち生きてるっスか?」

「アイツはすぐにへばる様な奴ではないのだよ」

「?」

「お前が普通の人間として生きるためには枷が必要でな。本来なら一週間程掛かるのだが、赤司が急ピッチで終わらせた。性能は保証する、問題ないだろう」

緑間について行き先程の大広間につけば赤司が肘掛に凭れるように座っている。緑間からの説明が無かったとしても気づく程顔色は良くない。けれどそれは言わせない、言うなと言わんばかりに赤司はゆったりと笑みを浮かべた。

「心配するな、此処と向こうは流れる時間の速さが違う。まぁ正確に言えば僕たちが決めているのだけどね」

「あ、そうなんですか」

「で、これが例の品だ」

赤司と黒子の間には小さな机があり、上には布が掛けられた何かが置いてある。掛けられた布を緑間が払えば、その下から銀色の鈴が現れた。手に取って揺らしてみるが音はしない。きっとそういう作りになっているのだろう。綺麗に磨かれ美しく光る鈴を見て黒子は純粋に綺麗だと声を漏らした。それを聞いて満足そうな表情を赤司は浮かべる。

「音はしない、だからかならず身から離すな。風呂や寝るときももちろんだ」

「分かりました」

「じゃあ今日はこれで。向こうに帰そう、真太郎手伝え」

鈴を貰ったことで黒子は完全に安心してしまっていた。もう怯えることはなく、今までと同じような生活が送れると。けれどそんなことはないのだと、一度できた縁は中々消えないのだと、身をもって思い知ることになる。





「今日からお世話になります赤司征十郎です、よろしくお願いします。他にも四人いますから仲良くしてやって下さい」

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