※ジャンプで連載中の『斉木楠雄のΨ難』パロ。知らない人は読んでみるといいよ!
僕―――黒子テツヤは生まれた時から所謂超能力者というやつだった。初めて話したのは生まれて二週間後のことで、しかも口ではなくテレパシー。空中を歩くことも雑作なく、一歳で初めてのおつかいをこなした。本来なら気味悪がられどこかの研究所に収容されるものだが、如何せん両親はどこか抜けている人間なので普通に暮らしている。
そんな僕はこの超能力のせいで全く人生を楽しめずにいた。生まれた時からステータスがチート状態で、努力というものをしたことがない。テストだって時間を止めて学年首席の回答を見ればいい(まぁそんなことをしたら目立ってしまうからやらないが)スポーツだって国籍を変えることなく出場できてメダルも取れる。陸上なんて人間VSバイクくらいのスペック差なのだ。某テニスマンガのようにスマッシュでコートを抉ることもできる。もちろんそんなことしようとも思わないが。
目立たないことを目標に僕は今を生きている。研究所で薬漬けの人生を送るなんてもってのほかだ。ただ平凡の中で平凡に生きたいだけ。おじいちゃんみたいな考え方だがそれでいい。
しかし今、そんな平穏が脅かされようとしている。
帝光中始業式、相変わらず校長の話が長い。生徒もみな飽きていて携帯をいじっている者もいる。そのなかで僕は帰ったら何をするかをひたすら考えていた。部活に入る意味がないので当然僕は帰宅部だ。昨日は発売した新刊を読んで1日を過ごしたから、今日は少し本から離れよう。そうなると僕にはマジバでバニラシェイクを飲むという選択肢しかない。あれは神だ、と僕は本気で思っている。
「お、おい!大丈夫か?」
「灰崎くん大丈夫?」
ざわざわと体育館が騒がしくなる。どうやら誰かが倒れたらしい。女子たちが灰崎と呼ぶ男を僕は知らないので、彼がどんな人かは分からない。ただ始業式からとても可哀想な人だと僕は哀れんだ。
「おい大丈夫か灰崎!くそっ、こうなったら人工呼吸をするしか……」
途端に上がる悲鳴。男同士の人工呼吸なんかを見てしまったのだから仕方ない。僕が灰崎くんを哀れんだのはこうなるのを予期していたからだ。周囲の人間の思考を否応なく受信してしまう僕の中に、『人が倒れた=人工呼吸』という思考が入ってきた。音からして女子ではなかったので、どんまい灰崎くんである。人工呼吸を行った生徒に悪意はない、だから。
灰崎くん、青峰くんを許してあげてくれ。
結局灰崎くんは保健室に連れて行かれ、付き添いに青峰くんと何故か僕が選ばれた。おおかたたまたま目に入ったのが僕だからたろう。面倒臭かったが断るのも面倒なので、文句も言わずについて行くことにした。青峰くんは灰崎くんに肩を貸す形で保健室まで歩く。190弱ある灰崎くんを普通運ぶなんてできないが、青峰くんは異例の190強だから問題ないのだろう。
「よし着いたな。えっと、黒子だっけか。ベッドの準備頼めるか?」
確かに寝かせてあげるのが先決かもしれないが、少なくとも今回は早くトイレに連れて行ってあげたほうが良いと思う。青峰くんからは見えないのかもしれないけれど、灰崎くんの顔はもう限界値を越えたようなものだった。
「………なよ」
「ん?大丈夫か灰崎」
「ふざけんなよテメェ!誰が人工呼吸しろなんて……おぇ、やば吐く」
あらかじめ予期していた僕はすかさず灰崎くんに洗面器を投げる。さすがは保健室、吐くための洗面器がきちんと用意されているのだ。灰崎くんはすべてを綺麗にしたいと言わんばかりに盛大に吐いた。
「そんなに体調悪いなら早く帰った方が良いと思うぜ」
「テメェのせいだろうがクソ!気分なんざ悪くねぇよ!抜け出すための口実に決まってんだろ!」
確かに倒れてしまえばあの場から去れるし最初の授業くらいならサボれるだろう。灰崎くんの計画は純粋ピュアな青峰くんに邪魔される結果になったけれど。
「くそっ、テメェとキスだなんて一生の汚点だ。クラス帰ったら女子に青灰萌えとか言われるに決まってる」
安心して欲しい、作者は黒受けにしか興味はない。
「あー何か悪ぃな。まぁ俺もファーストキスだし許してくれよ」
青峰くん、その情報はいらないと思う。現に灰崎くんは青峰くんのファーストキス相手になったという事実で砕けそうになっていた。ちなみに灰崎くんも今さっきファーストキスを済ませたところだ。お互い相手が同性ということになったが、まぁ大人の階段を登れたということで。
ただ灰崎くん、仮病云々を暴露するならもう少し気を配った方がいい。じゃないと―――
「おい灰崎、今の話はどういうことだ?」
「あっ……やべ」
「気分も悪くないみたいだし、ちょっと俺と話をするか」
生活指導の火神先生。普段はとても優しいのだが怒ると怖いで有名な先生である。まぁ今回はサボろうとした灰崎くんが悪いのでこってり怒られればいいのではないか。灰崎くんが火神先生に連れて行かれたのを見て、僕は教室に戻ろうと保健室を出た。
「なぁ黒子」
「…なんですか青峰くん」
「お前もしかして灰崎が仮病だって分かってたか?」
灰崎くんの思考はだだ漏れだったから分かっただけで、特に見極めたとかはしていない。それでも分かっていたことには変わりないので僕は頭を縦に振った。
「そっか……お前って良い奴だな」
「……は?」
「火神の野郎が来てんのもお前分かってたろ。サボろうとした灰崎を叱らせるためにわざわざ一芝居するって偉いと思うぜ」
すみません青峰くん、どうしてそういう結論に至るのかが全然理解出来ません。仮病に気づいていたからなんでそんなことになるんだ。青峰くんはあまり賢くはないと前々から知ってはいたが、ここまでとは思っていなかった。
「俺は青峰大輝、これからよろしくなテツ」
青峰くん教えて下さい、一体どうしてそうなった。
+++
いきなりだが、中二病という症状をご存知だろうか?分かる人はそのまま頷いて欲しい。分からない人はWikipedia先生に教わろう。それはともかく、マンガやアニメなどでは必ず一人はいる中二病患者は、実際世の中にそう存在するものではない。あれは一種のネタだから面白いのであって、現実あれで生きていたらただのコミュ障でしかないのだ。だけど不思議かな、僕の周りにはその症状をもつ現実人がいるのである。
「テツヤ、今の音聞こえたかい?また世界が奴らに支配されたようだ」
中二病患者―――赤司征十郎は窓の外を見ながら僕に話しかけてくる。どうして赤司くんの隣という席を引いてしまったのか、こうなるのならば透視でも何でも使えばよかった。たまには運任せにしようと思ったのが運の尽きだったらしい。赤司くんは僕が同類だと言わんばかりに語ってくる。そんな彼を僕は適当にあしらうだけなのだが、彼はめげずに何度もしてくる。まさか僕が迷惑がっていることに気づいていないのでは?とも思ったが、そうではないらしい。何故だか赤司くんの中で僕は『時の音を感じる人』認定をされていた。
「寒いですね。赤司くん、窓を閉めて下さい」
「しかしそれでは奴らの音が……」
奴らの音って何ですか。とにかくツッコミを入れたいが、そこは我慢するのが大人です。けれど赤司くんの人格形成において中二病は大きな障害。今までどうして周りは治療してあげなかったんだと思ったけど、どうやらそれは赤司くんの家柄が関係しているらしい。赤司くんの家は世界に名を誇る有名な家柄だ。帝光の理事長とも深い親交があるようで、つまり赤司くんに逆らえる人間が学内にいないのである。生徒達も赤司という名前の力を知っているから何も言わない。
「おい赤司、寒ぃって言ってんだろ」
そんな中唯一赤司くんに気を使わないのが青峰くんだ。良い意味で青峰くんは赤司という名前について知らないようで、赤司くんの中二発言にも真っ向から勝負をしている。
「うるさい青峰、僕達は今世界を守るという役割を果たしているんだ」
「何言ってんだ?世界とかよく分かんねーけど、テツが寒がってんだろ」
青峰くん、君は馬鹿だけどとても優しい。ブレザーでは防げない寒さとの戦いに気づいてくれたようだ。
「つーかなんでテツがテツヤで俺は青峰?」
「僕は認めた奴しか下の名前で呼ばないからな。お前なんか青峰で十分だ」
「別に青峰で良いけどよ……。なんか呼び方変えんのって変じゃん」
ちなみに青峰くんも僕限定で呼び方変えてますからね。そう言いたいが、さすがの僕も今は空気を読んだ。赤司くんは青峰くんに少し気圧されたのか、渋々と青峰くんを大輝と呼んだ。あれ、二人は名前呼びかどうかで喧嘩してたんでしたっけ。だけど赤司くんが折れるなんて珍しいなと僕は純粋に思っていた。青峰くんは満足したようで、上機嫌で席に戻っていった。当初の目的であった窓を閉めるは未だに行われていない――解せぬ。
「……はぁ、赤司くん。ですから窓を閉めて下さい」
「でも……」
「奴らに滅ぼされた人間の怨霊が僕を苦しめるんです。もうあんな音聞きたくない」
苦悶に満ちた顔をして自分の腕で体を抱くような格好すれば、赤司くんは輝かしい表情で窓を閉めて僕の腕をとった。赤司くんに言うことを聞いてもらう方法は簡単、赤司くんの世界に入ればいい。心が非常に痛いが背に腹は代えられないというやつだ。赤司くんは理解出来ると言わんばかりに僕を見つめた。
「済まない、テツヤの苦しみが分かっていなかったようだ」
僕だって分からないのだから赤司くんに分かるはずはない。けれどそんなことを言う気はなく、僕は赤司くんの目を見て少し表情を綻ばせた。
「良いんです、僕達は補いながら生きているんですから」
我ながらなんて意味の分からない台詞だと思ったが、赤司くんはとてもご満悦なようだ。とりあえず中二病ということを除けば良い人である。周りの目がどんどん冷たくなるのを感じるが、元から友達を作ろうなんてスタンスではないから問題ない。―――決して某主人公のような人間強度云々の話ではないから注意するように。むしろこの言葉は赤司くんの方が似合うのでは?
「テツってすげー。ホント赤司と仲良いのな」
青峰くんの妄言には耳を貸さず、僕は室温が穏やかな教室で再び読書に没頭することにした。
++
僕のクラスにはモデルという仕事をしている男の子がいる。もちろんモデルというだけあってとてもイケメンだ。だけど彼の顔は素晴らしくとも中身がなんとも残念な人間だった。赤司くんのように患っているわけではない。ただ中と外とのギャップがかなり激しいだけだ。
「この前発売された雑誌の表紙の黄瀬君格好良かったよ!」
「ホントっスか?嬉しいっス!(俺が格好良いなんて今更だろ。そんなこといちいち言うなよ)」
「私思わず二冊買っちゃったよ〜」
「えぇ!それはやりすぎっスよ〜(同じ雑誌二冊買うとか金の無駄だよなー)」
この通り、中身と外見が黄瀬くんは一致しない。僕には他人の思念などが丸分かりなので言わせてもらうが、黄瀬くんくらい表裏が激しい人は珍しいと思う。ちなみに僕の知っている人の中で一番激しいのが黄瀬くんで、一番表裏がないのは青峰くんだ。他人を見下す精神というか自分が一番だと思っているところというか、つまり黄瀬くんは色々と凄い人だった。だけどこれだけなら僕も気にしはしない。世界に無数に溢れる声の一つと思ってしまえば黄瀬くんなど砂みたいなものだ。黄瀬くんの厄介なところは何故か無駄に僕に対して変な感情をもっているところだった。
(黒子ってホント冴えない奴だよな…。マジでクラスからいなくなっても気づかれないんじゃないの。ああいう奴って俺と違って悲しい人生歩んできたんだろうな)
ものすごく余計なお世話である。心の中で何を考えているかなんて個人の自由であるけれど、正直これはない。ふざけんなと殴り込みたいくらいだ。―――まぁ僕が本気で殴ったりなんかしたら学校くらい簡単に壊せてしまうけれど。
(仕方ない。ここは俺のスマイルで今日を明るく照らしてやるか)
これだけ見たら赤司くんと同レベルですよ黄瀬くん。スマイルで照らしてやるって馬鹿としか言いようがない。確かに黄瀬くんのスマイルで幸せになれる人もいるが(主に女性陣)、僕にとっては微塵も需要などない。むしろ迷惑である。
「ねぇ黒子くん、そんな不機嫌そうな顔してると幸せ逃げちゃうっスよ☆」
「………で?」
無視しなかっただけでもありがたいと思って欲しい。というか僕は基本的に礼儀正しいから無視とかはしないのだ。だけどここで「ありがとう黄瀬くん!黄瀬くんのおかげで今日も一日楽しめそう☆」なんて返事などしない。無視もしないし相手の望む応えも返さない、僕の取るべき道は一文字返答だ。今まで数々の相手にこの技をお見舞いしてきた。結果翌日にはその相手は僕に言葉を掛けなくなってきたのだ。素晴らしい返答方法だろう?
(な、なんスかこいつ……。俺から話し掛けられて応えがたった一文字だなんて…。くそっ、一筋縄ではいかないってことっスか)
―――ん?
「そんな冷たいこと言わないでよ〜。ちょっと心配になっただけなんスから」
食 い つ い て く る だ と ?
そんな、なんてメンタルが馬鹿――強いんだ。今まで僕の技を食らって再起した者などいないというのに。というか自意識過剰にも程があるだろう。どれだけ自分が他人に愛されていると過剰に見積もっているのか。たとえ世界中の人間が黄瀬くんに惚れても僕は絶対に惚れない。仮に惚れるとしたら黄瀬くんの声とか骨格であって人格に惚れることはない。なのに自分は完全だと思い込んでいる黄瀬くんは意地になっている。まぁ僕以外が相手なら完璧と言えるかもしれないけど。
「放っておいてもらえませんか。別に君に興味ないので」
ここまで言えば黄瀬くんも手を引くだろう。僕なんかに構ったところで黄瀬くんにメリットはない。今は気まぐれに話しかけているだけで、すぐに僕への興味も関心も無くなるはずだ。
「……初めてっス、そんな風に言われたの」
「そうなんですか良かったですね、初めての体験ができて」
「うん、ありがと」
「は?」
ありがとう?何故僕は礼を言われた?黄瀬くんが何を考えているのか聞けば、彼は僕の理解力を超えるような思考をしていた。
(なんだろうこの気持ち……、こんな気持ち初めてだ。今まで俺が話しかければみんな花を散らせて寄ってきたのに、全然この人見向きもしないなんて。焦りもしないし顔も赤らめない。こんな人初めてだからどうすればいいのか分かんないよ。……いやいや、俺に落とせない人間なんていないはず。俺が街を5分歩けばスカウトなんて当たり前だし本気出せば富豪だって落とせるし。この学校の連中だって俺を見れば一日の幸せが保証されたも同然っス。俺を見て「おっふ」ってならない奴なんていないんだから!)
残念すぎる、本家の照橋さん並みに残念すぎる。美形の中身が残念というのは本当の話だと今証明された。全力で黄瀬くんに対して引きつつ、僕は彼の好奇の呪縛から逃げ切る算段を必死に立てていた。