そよそよと柔らかな風が教室を吹き抜けている。その風の波に乗るかのように浅葱色の淡やかな髪がゆらりと揺れた。髪の持ち主は影の薄さと超がつくほどの天然気質である黒子さんだ。朝早いというのに黒子さんは静かに教室で本を読んでいた。たまたまではない、黒子さんはいつも早くに登校して優雅に読書を楽しんでいるのだ。その早さは帝光中が誇るバスケ部の朝練と同じくらいだったりする。
黒子さんの今日の愛読書は『お姫様とお妃様の愛憎劇』である。
《緑編》
緑間くんはとても真面目で頑張り屋さんだ。だけど緑間くんは所謂ツンデレというやつで、なかなか思ったことを素直に伝えられない。だからクラスのみんなから少し距離を置かれてしまっていた。だけど緑間くんにはバスケ部の仲間がいるから、寂しくはないのだ。
そんな緑間くんは最近勉強で悩んでいた。中学一年から勉強で悩むなんてと思うかもしれないが、緑間くんはお母さんとの約束で学年五番までに入らないといけないのだ。一番はいつも赤司くんの居場所で、緑間くんは大抵二番だった。―――いや大抵だと語弊がある、正確には五分五分。緑間くんが三番になった時は、黒子さんが二番の席に座っていた。黒子テツナ、きっとこの順位がなかったら知ることはなかっただろう。それほどまでに緑間くんと黒子さんは無関係に近かった。
「今回は負けたが次は負けないのだよ」
一人順位表を見て呟く緑間くん。その隣に黒子さんがいて緑間くん同様表を見上げていたのだが、黒子さんの影の薄さのせいで認識できていないみたいだ。
「たかが10点の差じゃないですか。緑間くんのほうが頭良いですよ」
「―っ!!お前、いつからそこに……」
「とりあえずさっきの呟きは拾ってます」
恥ずかしいのか緑間くんは赤面だ。変人と呼ばれる緑間くんでも恥ずかしい時は恥ずかしい。けれど黒子さんは気にも留めずに緑間くんを見上げた。黒子さんと緑間くんの身長差は30cm近くあるから首が痛い。
「緑間くんはお勉強好きなんですか?」
「好きとか嫌いという問題ではない。学生にとっての義務だろう」
「偉いです、偉い偉い」
背伸びをして黒子さんは緑間くんの頭を撫でる。だけど二人には身長差がとてもあるから、頭というより額を撫でている感覚だ。いきなりのことに停止していた緑間くんは少しして自分を取り戻すと、口をぱくぱくとさせてうろたえはじめた。
「い、いきなり何なのだよ!」
「偉い子には撫で撫でなんですよ」
「お前に言われても嬉しくないのだよ!」
黒子さんは行動が読めない。だから180cmもある緑間くんをいきなり撫でたりしてしまう。けれど黒子さんには悪気なんてなくて、だから緑間くんは黒子さんを怒れない。焦るだけて慌てるだけで怒らない。
「僕はたまたま山が当たっただけです。けれど緑間くんはきちんとお勉強しているでしょう。だから最後に笑うのは緑間くんです」
いったい何に笑うのかは分からないが、緑間くんは何故だか嬉しくなった。緑間くんは勉強を頑張っているけれど、お母さんに褒められたことはほとんどない。緑間くんの両親はとても優秀でそれが当たり前だと思っているから。だから緑間くんの成績が良いのも二人にとって普通だったのだ。普通のことをこなしたところで褒めてはくれない。けれど見ず知らずの黒子さんは偉いと言ってくれた。心がぽかぽかと温かくなったのを、緑間くんは確かに感じた。
「山と言ったがそれでも勉強しているのだろう?自分の努力を卑下するのは良くない」
「いえ、本当に山勘なので。緑間くんが二番の時僕はいつも学年の真ん中くらいです」
「………山勘で二番をとれるのか」
「頑張りました」
何故だか緑間くんは無性に負けた気になった。
《青編》
青峰くんは帝光中バスケ部でとても期待をされている存在だ。一年なのに試合にも出ていて、なかなかの成績を出している。監督からも未来のエースだと思われていた。
そんな青峰くんは今、蝉を捕まえるために森に来ている。
「ちっ、ここにもいねぇ。あいつら俺を前にして逃げやがったか」
あいつらというのは蝉のことだ。青峰くんは蝉を捕獲するために森に来たのに、肝心の蝉の数が少なかったのである。毎年大量の蝉がいるだけに今年はおかしい。けれどいないものは仕方ないので、青峰くんはいる分だけ狩り尽くそうと考えていた。
「やっぱり蝉少ないよな……」
「…青峰くんですか?」
後ろから話し掛けられ青峰くんは後ろを向いた。そこにいたのは髪を一つに纏め、なんとも暑そうな格好をした黒子さん。黒子さんは大きな虫籠を持っていて、気持ち悪いほどの蝉が中に詰まっていた。
「お前誰?つか蝉とってんじゃねぇよ」
「青峰くんの蝉なんですか?」
「いや……俺のじゃねぇけど。けど毎年ここで蝉とるの楽しみだったんだよ」
「そうなんですか。じゃあ今から放しますからどうぞ」
ぱかりと虫籠を開ける黒子さん。入口付近の蝉は外を目指して飛んでいったが、真ん中くらいにいた蝉や底にいた蝉はジリジリと羽を動かした程度だ。
「……もしかして死んでるんじゃね?」
「えっ……」
青峰くんの言葉を聞いて黒子さんは虫籠をひっくり返し、中にいた蝉を出そうとする。けれど虫籠の壁に張り付いた蝉はなかなか落ちなくて、青峰くんの尽力を得てようやく全てを地面に出した。ほとんど動かない蝉もいれば、なんとか動いて飛んでいった蝉もいる。その光景を見て黒子さんは思わず泣き出してしまった。
「ちょ、泣くんじゃねぇよ!」
「だって蝉さんが……」
「大丈夫、こんくらいならじきに元気になるって」
青峰くんは蝉が大好きだ。だから蝉のことはよく知っている。ひっくり返って動かない蝉も触ればいきなり飛んだりするものだ。ぐしゃりと潰れない限り短時間で絶命することはないだろう。現に死にかけに見えた蝉達が動きはじめた。それに呼応するかのように黒子さんの表情も和らいでいく。
「てか女子が蝉とりって珍しいな。虫とか怖くねぇの?」
「平気ですね、僕は女の子っぽくないので」
「さつきなんか大泣きなのにすげぇな。あ…あと名前、なんで俺の知ってた?」
「僕も同じ帝光中ですから。バスケ部で有名の青峰くんでしょう」
「お前中学生!?小学生かと思った……」
「むぅ、失礼です」
黒子さんがむすっと膨れて青峰くんを睨みつける。けれど身長差で結局上目遣いになって、怒りなんて全然伝わらない。そのことに青峰くんは笑いが堪えられなくて、思わず声をだして笑ってしまった。おもしろくない黒子さんはぽかぽかと青峰くんを叩くが、気にも留められていない。
「でも蝉とるの難しいだろ。あいつら意外にすばしっこいから」
「僕は気配を消せるので大丈夫です。むしろ蝉には興味無くて、ただ僕の技がどこまで通じるか試してただけですし」
「気配消すとか忍者かよ……」
「君の背後を簡単にとる自信があります」
「あー……、まぁさっき気づかなかったのは事実だしな」
黒子さんが言うには、黒子さんはものすごく影が薄い。だから同じ中学の中でもほとんどの人に認識されていないのだ。それを聞いて青峰くんはなんだか悲しい気持ちになった。自分はいて存在を主張しているのに気づいてもらえない。そんなの青峰くんは耐えられないからだ。だから青峰くんは思い切り言い切った。
「じゃあこれから俺達は友達だな。俺がいつでもお前を見つけて、その手をとってやる」
「………プロポーズみたいですね」
「プロポーズってお前………」
「冗談です。ただあまり気持ちをストレートに伝えてもらったことがあまりないので」
にこりと笑った黒子さんが可愛すぎて、青峰くんは思わず赤面してしまった。でも青峰くんはガングロだから見ただけでは分からない。しかし黒子さんの目はごまかせないようで、「照れてる青峰くん可愛いです」と爆弾を落とし、そのまま青峰くんの手を引いて森の奥へ進んだ。
「どこ行くんだ?」
「穴場です、穴場」
黒子さんが連れてきてくれた場所は、青峰くんも知らない蝉の穴場だった。おまけに小さな池があってザリガニもいる。まさに青峰くんにとって聖地のような場所だった。
「お友達記念に、この場所をプレゼントです」
こんなのを貰って喜ぶのは青峰くんくらいだろう。けれどまだまだ子供だった青峰くんにとって、このプレゼントは天に昇るほどのものだった。
《紫編》
紫原くんは甘いものが好き、大好きだ。だからスポーツバッグの中はバスケ用品が4割、お菓子など甘いものが5割というなんともカオスな状況になっている。授業中でも食べるため周りが何度も注意している。けれど聞く耳もたずでもう諦められていた。
そんな紫原くんは作るのが苦手だった。レシピ通りにしている筈なのに美味くいかないのだ。味が薄かったり濃かったり、甘すぎたり淡泊すぎたり。ただ紫原くんは盛り付けるという点では天才的だった。お菓子屋さんで売っているかのようなお菓子を生み出すことができる。けれど味がてんで駄目なので紫原くんはお菓子作りが嫌いだった。
なのに調理実習という道は避けては通れない。テストの成績が良くない紫原くんは実技で頑張るしかないのだ。じゃないと呼び出しというイベントが待ち構えている。
幸いというべきか、今回の調理実習は二人一組で行うものだ。けれど紫原くんには二人一組で組むときに組むような友達がクラスにいなかった。身長故か周りと上手く付き合えない紫原くんは、友達がバスケ部メンバーくらいしかいないのだ。さらに悪いことにクラスの男子の数は奇数で紫原くん以外で二人一組が組めてしまう。どうしようと紫原くんが困っていると、ちょんちょんと背中を叩かれた。
「紫原くん紫原くん、一緒に組みませんか?」
「あんた誰〜?てかもしかして余り?」
「余りという言い方は悲しいです。でも僕達で組まないとできませんし」
「まぁ仕方ないか。あ、名前教えて」
「黒子です、黒子テツナですよ」
「ん、じゃあ黒ちんだね。とっとと終わらせてお菓子食べたいな〜」
とっとと終わらせるといっても紫原くんは製作に関与しない。もう自分の料理音痴を自覚しているからだ。そしてどうやら黒子さんもそれを知っているようで、紫原くんに調理を無理矢理させるということはなかった。
「……ねぇ、黒ちんもしかして料理苦手?」
「料理はあまりしませんね。でも味だけは自信あるんです」
「いや自信あるって何それ!黒ちんが作ってるの暗黒物質にしか見えないし!」
他のクラスメイトと同じ材料を使っている筈なのに、黒子さんのは色も形も全然違う。女の子は料理ができるという先入観は間違っていた、と紫原くんは内心後悔した。自分が関わらなければ美味しいのができて食べられると期待していたのに、黒子さんが作っているのはどう見ても美味しそうじゃない。マンガなどで出てくる黒い物体、まさに暗黒物質である。
「あーあ、なんかどうでもよくなっちゃった」
「何言ってるんですか。これからが君の出番ですよ」
「はぁ?」
「君は飾り付けが得意なんですよね。これを美味しく魅せてください」
目の前にあるのはどうみても手遅れなもの。それを黒子さんは紫原くんの手で変えろと言っているのだ。確かにこのままじゃどう考えても減点されるのは目に見えている。だからこそ紫原くんによる飾り付けで少しでも変えなければ。いつもはやる気のない紫原くんなのだが、黒子さんからの信頼に胸が熱くなり、これをどうにかして良くしたいという気持ちに満たされた。
「……仕方ないなぁ。邪魔だから離れてて」
「はい、離れて見てますからね」
黒子さんはじっと紫原くんの動きを見ている。見られていることに気恥ずかしさを感じたが、紫原くんは期待に応えるべく手を動かした。
「あら、良いわね」
先生の評価は上々で、これなら大丈夫そうだ。紫原くんによる必死の修正作業であの暗黒物質は見る影もない。紫原くんは味を心配していたが先生曰くよく出来ているそうだ。紫原くんも試食したが、確かに見た目に反して味はちゃんとしていた。
「だから言ったでしょう?僕料理得意なんです」
けれど結局は紫原くんによる手直しが必要な訳で。紫原くんはドヤ顔をする黒子さんにイラッときてペチッと頭を叩いた。
疲れたのでここまで、続きは思いついたら書いてみたいです。
結構自分では気に入っていたりする(笑)