【戻らない歪み】



赤司と黒子が籍を入れたのは、22歳を迎えた、中学時代に黒子が退部届けを出したその日だった。あの時は道を違えてしまったが、これからは二人で歩んでいこう、そういう意味合いがこめられている。赤司は黒子にとって最愛の存在で、黒子は赤司にとっても最愛だ。だからその意味に黒子は嬉しくなり、頬に伝う涙で惜し気もなくタオルを濡らした。

幸せな時を過ごしていこう―――そう二人はあの日誓ったのだ。






かちゃりと食器を置く。黒子の分しか用意されていない夕食の量は机の大きさと合っておらず、余計に寂しさを助長させた。けれどこれは一日二日の話ではない。ここ半年程こんな生活を繰り返していた。


朝も昼も夜も、黒子は食事を一人で摂っている。理由は簡単、赤司のスケジュールが忙しすぎるからだ。黒子が起きる時間には赤司はもう家を出ていて、帰るのは日付を超える頃である。

赤司が帰るまで起きているように黒子はしているが、夕食を外で食べてくる赤司はシャワーを浴びて睡眠をとるくらいしか家ですることがない。だから赤司との会話ほとんどなく黒子はずっと空虚感を抱いていた。


「忙しいのは分かっているんですけどね……」


それを分かっているだけに文句など言えない。赤司があんなに頑張っているのは、妻である黒子のためなのだと信じている。だからこそ黒子には赤司を待つことしかできなかった。







「明日は僕の誕生日なんですけど、覚えてくれているでしょうか」


自分から「明日誕生日なんです」と急かすようなこと言うことは出来ないため、赤司が気づいてくれるのを待つしかない。けれど黒子の中には少しだけ希望があった。

赤司は記憶力が良く物忘れをあまりしない。だからどんなに忙しくても黒子の誕生日を覚えていてくれているのではないか。プレゼントなんて無くていい、ただ赤司から『おめでとう』と一言だけでも言って欲しい。

けれどそんな儚い願いは無惨にも打ち砕かれた。







結果として赤司から『おめでとう』という言葉は貰えなかった、プレゼントなんて尚更だ。

疲れてきった表情の赤司は相変わらず日付を超える頃に帰ってきて、いつも通りにシャワーだけ浴びて床に就く。冷蔵庫には紫原から貰ったケーキが入っていたが、赤司は冷蔵庫を開けるどころか触れてもないので気づく筈がない。

赤司がシャワーを浴びている間に、黒子は貰ったケーキを一人虚しく食べた。紫原からの気遣いなのか、小さなケーキと普通の大きさのケーキが二つ入っている。

小食なことを考えて小さいケーキが黒子の分、普通のケーキが赤司の分だろう。二つとも食べてしまおうか、迷った末に赤司の分も黒子が食べた。残されたケーキを見て赤司が黒子の誕生日に気づいてしまうかもしれない。気づかされて祝ってもらうというのは、とてつもなく惨めな気持ちになるだろう―――黒子も赤司もお互いに。


「やっぱり紫原くんのケーキは美味しいです」


紫原からはお祝いのケーキ、桃井からは女性らしく可愛らしい化粧品セット、黄瀬からは限定品のブレスレット、緑間からはクラシックCD、青峰からはバスケットボールのクッションと、黒子の部屋にはプレゼントがたくさんある。けれど一番貰いたい人からは何も貰えていない。キセキの世代以外にも火神や高尾、予想外の枠でまさかの灰崎までプレゼントをくれたのに。


「……忙しいから仕方ないですね」


赤司がやっている仕事を詳しく知っているわけではない。しかし今がとても大変な時期ということは分かる。いつもスマートフォンで何かしら調べたり誰かに連絡をしているからだ。けれどどんな仕事をしているのか聞くことはできなかった。妻の分際で会社の経営に関することを聞いてもいいのか、それがとても不安だからだ。


「大丈夫……大丈夫です僕は」


言い聞かせるようなその言葉を聞いたものは誰もいなかった。







久しぶりに桃井に会うことになった黒子は少しお洒落な格好をして、桃井お勧めの喫茶店に来ていた。キャリアウーマンとして頑張っている桃井はいつ見ても輝かしい。今の暗い生活を送っている自分とは違う、と黒子は悪い方向に比較してしまっていた。


「そういえばテツ君は赤司君から何貰ったの?アクセサリーとか?」

「いえ、何も貰ってません。そもそも覚えていなかったようですし」

「え?」

「仕方ないです、征十郎くん忙しいですから」

「………それ変だよ。おかしいと思う」

「僕は大丈夫ですから」


そのあとも桃井は黒子を心配してくれて、黒子は少し罪悪感を抱いてしまった。やはり誕生日のことは桃井に話さないほうが良かったかもしれない。

このままだと桃井からキセキ達などに広まりそうだったので、黒子は桃井に口止めをしておいた。最初は反対していたが優しく人を想える桃井だ、最後は渋々受け入れてくれた。最後まで心配をしてくれた桃井には申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ねぇテツ君、なにかあったら絶対言ってね」

「ありがとうございます。僕は大丈夫ですから」


ずっと前から前兆はあった。それでも明確に、赤司が黒子の誕生日を忘れたときから歯車は狂い始めていたのだろう。だけど黒子はそれに気づかず―――いや、気づかない振りをして、何事もなかったかのように歩みを続けた。




桃井と会った翌日から、黒子の体調は徐々に悪くなっていった。体を動かすのが怠く、何かをしようとする気持ちが希薄すぎて、その場で一日を過ごしたい気分になる。

そうなると手を抜きたくなるのが食事である。朝起きるのがしんどく感じる。わざわざ食事を作るのが面倒になり、一日に一食しか食べなくなった。その一食も簡素なもので軽く炒めたりする程度。ご飯を食べずに味噌汁とサラダだけなんて時もあり、健康状態が悪化していくのは目に見えていた。だけどそれを気にして声を掛けてくれるような人がいない。


(無気力症候群ってやつなんでしょうか……)


部屋を綺麗にしたところで「綺麗だね」と褒めてくれる人はいない。美味しいご飯を作っても「美味しい」と喜んでくれる人はいない。それならば頑張る必要なんてないじゃないか。

ソファに座り青峰から貰ったクッションを抱いて一日を過ごす日も珍しくなくなってしまった。だってこんな生活をしていても怒る人がいないのだから。

黒子の今の状態を分かってくれる人など誰もいない。このまま死んでも気づかれないのではないかと、冗談ではなく本気で思った。








『済まない、机の上にある書類を会社まで持ってきてくれないか。急遽必要になった』

「分かりました。今から行くので30分で着くと思います」


実は赤司の勤める会社に行くのは初めてだ。黒子は内心でドキドキしていた。

もしかしたら仕事をしている赤司を見ることが出来るかもしれない。司令塔として頑張る姿はバスケをしていた時代を彷彿させ、黒子は少しだけ口元が緩んだ。




「あなたがテツナさんかしら」


スラリとしたスーツを身に纏った綺麗な人が黒子に話しかける。中性的な顔立ちと話し方だったが、声までは変えられないので男だとは分かった。


「あっはい。届け物をしに―――」

「分かってるわ、早く渡してもらえる?」


男の言い方は今の黒子の心に少しズキンときた。確かに急いでいるとは分かるがそんな態度はないだろう。

でも言葉を飲み込んで胃の中に収めてしまう。黒子は相手の顔が見れなくて俯いたまま、持っていた書類を男に手渡した。

俯いたまま渡すという態度に少し腹が立ったのか。相手の気が少しばかり逆立つ。書類を受け取ると、男は思った言葉をそのまま口に出した。


「なにその態度。あなた本当に征ちゃんの妻なわけ?」

「………あなたこそ初対面の相手に随分な態度ですね。会社勤めの方ってみなさんそうなんですか?」

「…なにあんた。働きもしていない人間が偉そうに」

「………専業主婦なので」

「そういうあなたは専業主婦としての役割果たしてるのかしら。というか妻の役割」

「……どういう意味ですか、それ」

「最近の征ちゃんすごく疲れたような顔してる。あなたは妻として『夫を癒やす』ってことができてないんじゃないの」


赤司を癒やす、恐らく男は下世話な話をしているのではない。夫を出迎え労い、少しでも疲れがとれるように最善を尽くす、そういうことが妻の役割だと言っているのだ。

黒子の中に男へ反論できる言葉が浮かばなくて、俯いたまま唇を噛む。応えがないことをいいことに、男は言葉を紡いだ。


「征ちゃんはこの会社の要よ。あの人がいないと此処は上手く回らない。そういう人の妻がこんなんじゃホント困るわ。なんで征ちゃんがあなたを選んだのか理解できない」

「それは……」

「まぁ征ちゃんは愛だの恋だのに現を抜かすような人じゃない。あなたのことなんて不在の間の家を守る人程度にしか考えてないんじゃないのかしら」


酷いことを言われている自覚はある。けれど男の言葉はすとんと黒子の中に綺麗に収まった。男の言葉が真実だとすると全てが綺麗に噛み合うのだ。二人の距離が遠いのも、それで全て説明がついてしまう。


「………そうか、そういうことだったんだ。なんだ、全部僕の勘違いだ」

「…ちょっと何よ」

「ありがとうございました。僕、ずっと大切なことが分かっていなかったみたいです」


まるで憑き物が落ちたみたいに、先程まで底にいたような黒子の表情が一気に鮮明になる。男はその変わりように無意識に体を震わせた。

何故だろう、もしかして自分はとんでもないことを言ってしまったのではないかと、今更に自責の念が浮かぶ。違うのだと、仕事でイライラしていて無意味に他人に当たってしまっただけなのだと言いたい。今すぐにでも謝罪をしたい。けれど黒子の紡いだ言葉がそれを遮った。


「そうですよね。僕をあの赤司くんが選ぶ筈ないですよね。赤司くん忙しいから、きっと不在の間のハウスキーパーが欲しかったんです。でも知らない人に家を任せるなんて彼は出来ないから、だから使いやすい僕を選んだんですよ。でもハウスキーパーとして家にただ置いておくのは彼なりに申し訳ないと、仕方なく愛を囁いてくれたんですね。なんでもっと早く気づかなかったんだろう。赤司くんが求めてるのは、ただの家政婦的役割だったのに。僕は赤司くんに愛されているんだって勝手に舞い上がっちゃって。なんだか恥ずかしいですね」


とても恐ろしいことを言っている―――いや、言わせたのだ。男の言葉がギリギリの位置にいた黒子を容赦なく突き落とした。それに抗う術を黒子は当然持っていなかった。

だって赤司は黒子の誕生日すら覚えておらず何事もなかったように過ごしていたのだ。赤司の中にもう黒子に対する意識などない。今だってきっと持ってくることに遅すぎると文句は言っても、なにかあったのではないかと心配はしていないだろう。仮に黒子が途中事故にあったとしても、書類だけ受け取って赤司はきっと仕事を続ける。いや、もしかしたら信用出来るハウスキーパーが消えたくらいは仕事の片隅に思ってくれるかもしれないが。


「お時間とらせてしまってすみませんでした。あなたが責められるようなら僕のせいにして構いませんから」


さっきまでの険悪なムードが無かったかのように黒子は恭しく頭を下げる。黒子の目には男に対する敵意や悪意が一切ない。機械のような目は恐ろしい程に濁って美しさを微塵も感じさせない。その動きを見て、男は本格的に自分がしたことを後悔した。







帰ってきたその日から、黒子の日々はとても輝かしくなった。やるべき仕事があるというのは、こんなにも人を変えるようだ。

リビングの真ん中に立ってぐるりと辺りを見れば、掃除が出来ていない箇所が山のようにある。リビングだけでもこれなのだから、他の部屋もきっとそうだろう。

とりあえず掃除は明日から取り組むことにして、黒子は掃除用具を買うために近くのホームセンターへ向かった。




「征ちゃんどうしよう………」


書類を受け取ってオフィスに帰ってきた実淵は顔を青くして赤司に件の書類を渡す。赤司はパソコンから目を離さずにそれを受け取った。


「どうした、何かミスでもしたか」

「……征ちゃんの奥さんに酷いこと言っちゃった」

「テツナと口論でもしたのか。彼女が怒るなんて珍しい」

「そうだけど違うの!本当に酷いこと言っちゃって……それであの人―――」

「怜央、悪いが今は仕事中だから後にしろ。あとテツナはああ見えて強いから大丈夫だ」


大丈夫?あの様子を見て同じことが言えるのか?そう問い詰めてやりたいが出来る筈もない。自分は赤司の部下であり、二人の間柄に口を出せるような存在ではない。それに今は仕事中で私情は後回しにすべきという意見に一応は同意できる。でもあれは早くなんとかしないと、じゃないと手遅れになってしまうと思うのだ。


「分かったわ、すぐに仕事に戻る。でも一つだけ言わせて欲しいの」

「なんだ」


それでも赤司は視線を実淵に向けない。


「あの子、そんなに強い子じゃないと思うわ」


結局赤司はパソコンから視線を上げなかった。








翌日、一日掃除に時間を費やして分かったことは、家を丸々掃除するためには時間が足りないということだった。

リビングに各部屋にキッチンにバスルームにお手洗いに―――と、やらなければならないことはたくさんあるのに、赤司がいない間では収まりきらない。今はまだ掃除に不慣れだからと考え今後時間を短縮できると考えても、全て終わらせるには少し足りない。

だから黒子は容赦なく睡眠時間や食事の時間を削っていった。元から少食なため一日一食以下でも正直生きていける。

睡眠時間だって最低限取れば死にはしないだろう。

そうすることで黒子は完璧に家事をこなすことが出来るようになった。


(食器だって全部磨いたし……問題ないですね)


家にある食器を全て磨く必要なんてない。けれど赤司が何かの際に適当に選んだ食器を使うかもしれない。そんなときに備えて全てを磨いておく必要があった。

他の場所だってそうだ。毎日掃除したりする必要なんてないが、赤司の行動の中の万が一に備えて、あらゆる場所を綺麗にしておかなければならない。


「赤司くんが気づいてくれなくてもいい……。無意識に不快にならなければいいんですから」


この言葉を桃井やキセキ達が聞いたら顔を真っ青にするだろう。明らかな異常に病院を薦められるかもしれない。けれど今、この空間に入れる権利があるのは異常者と無知者のみだ。だから異常は異常として認知されないまま、無知は無知だと自覚しないまま、二週間を迎えることになった。








ある日、黒子はいつものように食器を磨いていた。

磨いていたそれはティーカップなのだが、普通のティーカップではない。赤司と黒子が結婚する際に記念として購入したものだ。

豪華な装飾を好む赤司と簡素な装飾を好む黒子、二人の意見は真反対なのだが、このティーカップの時だけは二人の好みがぴったり一致した。それがとても嬉しくて値段を気にせず購入してしまったほどだ。

後日値段を確認した黒子はものすごく申し訳ない気持ちになったのだが、赤司はにこりと笑ってこう言った。


「高くて良いんだよ。僕達と生涯付き合ってもらうんだ、それなりのものを選ばないと」


赤司の口から囁かれたのは永遠の愛。愛していると赤司の口から何度も聞いたが、この言葉にはこの言葉しかもてない重みをもっていて。それが黒子の涙腺を崩壊させた。黒子はその時思ったのだ、赤司と二人で一生歩いていこうと。

ではあの時の言葉はなんだったのか。黒子の手元にあるティーカップは二人の何を表していたのか。

赤司と黒子の関係を再認識した今、黒子は持っているティーカップが酷く歪んだ物に見えた。


(あ、しま――)


手にあるティーカップがつるりと手から滑り落ちて静かに落下していく。それがとてもスローモーションに見えた。落ちている時間がとてつもなく長く感じる。

途端に響くのは食器が割れた際に響く甲高い音。白いティーカップが砕け散り床に散乱していくのを、黒子は何もせずにただただ見ていた。


(拾わなきゃ)


やらなければいけない事は分かっているのに手が動かない。まるで体が硬直してしまったかのようだ。脳の指令は止まってしまっている。


(拾わなきゃ)


何故だろう。割れたティーカップが、まるで、何かを暗示しているようで――。


(拾わなきゃ)


そう、まるで―――。


(拾わなきゃ)


二人の関係みたい。








(……もう寝たのか)


明かりの灯っていない家を見て、赤司は黒子がもう寝たのだと思った。いつも赤司が帰ってくる時間まで起きているため、この時間に電気が消えているのは珍しい。

天帝の眼で最近の黒子の様子はなんとなく分かっている。体重がかなり減っていたのだが、それは黒子の少食故だろう。昔は食トレと称して食事量の管理をしていたが、今はそんなことしなくなっていた。

黒子だって大人だ、そんなことしなくても自分で管理出来るだろう。


「………鍵」


赤司が帰ってくるから鍵を開けておいたのだろうか。くるりと回ったノブに赤司は少し眉をひそめた。いくら防犯システムがしっかりしているといっても、かなり遅い時間だ。夜に鍵を開けておくなんて常識として不用心としか思えない。赤司が鍵を忘れるなんて無いのだから閉めておいて問題はないのに。


(これはちゃんと言った方がいいな)


ぱちりとリビングの電気をつけてソファに座ろうとした赤司は、キッチンで立ちすくむ黒子を見てびくりと驚いた。まさか真っ暗な部屋に黒子がいるとは思わなかった。そもそも黒子はもう寝ていると思っていたのだ。


「テツナ、電気もつけないで何して―――」


ここで赤司は床に散らばる白い欠片に気づいた。この家で白いティーカップといえば結婚記念のものしかないので、それだとはすぐに分かる。

けれどそれを呆然と見つめている黒子のことが理解できなかった。


「……テツナ?」


ぴくりとも動かない。まるで機械仕掛けの人形が止まってしまったかのようだ。赤司はそこで、ようやく黒子の異変に気づいた。


「テツナ?…テツナ!」


肩を掴んで前後に揺さ振る。欠片を踏んでしまったがスリッパのおかげか怪我はせずに済んだ。しかし赤司は欠片のことなど考えずにひたすら黒子の名前を呼んだ。


「テツナ!テツナ!」

「――あ、赤司くん?」


おかしい。黒子は結婚してから赤司のことを『征十郎くん』と呼ぶようになった筈だ。もしかしたら昔の癖が出てしまったのだろうか。敬語も抜けきらなくて結局諦めた節がある。そんな暢気なことを考えていた赤司は、黒子の意識が戻ったことだけに安堵した。


「どうしたんだテツナ。帰ってみればこんな――」

「あ…僕何をしているんですかね。掃除どころかゴミの片付けも終わってないなんて。すぐにやりますから赤司くんはソファで休んでいて下さい。………ホント僕何してるんだろう。任された仕事すら出来ないなんて此処にいる価値がないのに。次からはちゃんとしないと捨てられちゃう。赤司くんの好意で此処にいさせて貰ってるのに。僕の代わりなんていくらでもいるんだからちゃんとしなきゃ。今日はもう寝ないで残った掃除とかしないと埃が溜まって赤司くんがきっと不快になってしまう。今からやって朝昼抜いたらなんとか終わるかも。そしたらまた明日から……えっと―――」


手のひらで顔を覆ってぶつぶつと呪詛のように呟かれる言葉に赤司は何も言えなかった。目の前にいる人間が赤司の知っている黒子に見えない。赤司の愛した黒子は優しい笑みで赤司を受け入れてくれる、聖母のような存在なのだ。

そこで赤司は、最後に見た黒子の笑顔はいつのものか、思い出せない自分に気づいた。


(………いつから、いつから僕達はこんなに離れた)


赤司自身仕事が忙しくて黒子に構えなかったことは自覚している。けれどそんなこと理解して受け入れてくれる、そんな押し付けを黒子にしていた。

だって今までも赤司はとても忙しい人生を送っているのだ。結婚するまでも一悶着あり、忙しない生活を送ってきた。それを黒子も傍で見てきた筈だ。

赤司と共に生きるということはそんな赤司についてきてくれるという意思表示なのだと、赤司は勝手に錯覚していた。


「………赤司くん」


焦点の合っていなかった瞳が赤司を捉える。正気を取り戻した黒子に赤司は安心―――


「僕達、どうして結婚したんでしたっけ」

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