黄瀬一族は表では大して力のない一族であったが、裏家業では名の知れた名門だった。ここでいう裏家業というのは暴力団や薬関係などではない。古来から日本に強く根付いてきた所謂陰陽師というやつである。今の御時世陰陽師など必要あるのかと思われるのだが、この現在にも妖怪という存在は実在しているのだ。それを秘密裏に消すのがこの世での陰陽師の仕事である。

黄瀬(涼太)はその黄瀬一族のたった一人の後継ぎで、劣りつつある一族の力の中天才的な技術をもって生まれてきた。たった一人しか後継ぎがいない以上黄瀬が継ぐのは決定事項。しかし黄瀬は自分の人生を陰陽師だなんてもので縛りたくなく、陰陽師としての仕事もする代わりに普通の生活も送りたいと頼み込んだ。陰陽師としての仕事なんて週に一度あるかないかくらいだったため、両親達も黄瀬の必死の説得になんとか折れた。

こうして黄瀬は、中学生兼モデル兼陰陽師という不思議な人生を送ることになった。



その存在に会ったのは本当に偶然だった。帝光中は私立とはいえ、ものすごいマンモス校として有名だ。三年間過ごして顔すら見たことがない人がいてもおかしくないと言われるほどまでに。元々の気性から人付き合いは広い方だったから、会ったことない人などいないと高を括っていた。

目の前にいる彼は、目を離したら消えてしまいそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。国語の課題を片付けるために初めて図書館に来たのだが、まさかこんな出会いがあるとは。彼はこちらに気づいていない様子で、視線は本に落ちたままである。

図書館に入った瞬間感じた違和感は彼が原因だったようだ。廊下とは明らかに違う空気の澄み具合に正直驚いた。けれど見たらきちんと視える。清浄な気は彼から滲み出るように出ていて、量は少ないながらに濃度がとても濃かった。

(………早めに対処しないと)

今はまだ量が少ないからいい。しかし徐々に量は増していき、よくないものを惹いていくだろう。幸い気づいたのがまだ早いからなんとかなる。まずはお近づきになるために彼に声を掛けた。



「今日から一軍入りした黄瀬涼太っス!よろしくお願いします!」

体育会系らしい大きな声が体育館に響く。一軍メンバーは異例の出世に困った顔をしつつも、俺のことを迎えてくれた。青峰っちも歓迎すると言わんばかりの笑顔を浮かべている。

「今日から一軍ですね。教育係からは外れますけど、これからもよろしくお願いします」

「当たり前じゃないっスか!むしろ黒子っちとは一生よろしくしたいっス」

あながち嘘じゃない言葉を言えば黒子っちが困った顔をした。さっきの先輩達とは違う表情だ。きっと俺の言葉をどう受け止めるべきか困っているんだろう。そのまま受け取ってくれればいいのにと内心ため息をつく。そして黒子っちに掛けた結界がきちんと作動しているか視た。

(大丈夫……綻びとかはない)

黒子っちから出る気を抑えるために、俺は黒子っち自身に結界を張った。これで溢れる気は漏れることなく黒子っちの体内を巡るだけになる。それともうひとつ、万が一に備えて黒子っちに危害が加えられれば俺に連絡が入るようにした。危害というのは怪我や病気ではなく、あくまで妖怪からの攻撃である。強大な妖怪なら黒子っちの存在に気づいてしまうかもしれない。

「お前達、早く練習に戻るぞ」

緑間っちが急かすように言う。早く練習に戻らないと赤司っちがうるさいからだろう。怒った赤司っちは正直勘弁してほしいので黒子っちの手を引いて練習に戻る。それを見た青峰っちに蹴られ黒子っちと引き離されるのはそう遠くない話。



「なんか最近黄瀬くん疲れてますね」

「あーえっと、モデルの方がちょっと忙しいんスよ………」

「倒れてしまっては元も子もないんですから気をつけて下さいね」

嘘を、黒子っちに嘘をついてしまった。確かにモデルの仕事は前より増えたが大した問題ではない。問題は黒子っちにかけた結界と妖怪の活動だった。黒子っちから溢れる気はだんだん増していき、それにともなって結界も強くしなければいけない。そのうえ何故か妖怪の活動が最近活発になり、仕事に繰り出す回数が増えていた。

(黒子っちの気が問題なんスかね……)

黒子っちの気に影響を受けて妖怪が活発化したという可能性は十分にある。そうなるとこれからもっと活発化していくということになるのだろう。黒子っち自体の気をどうにかできれば一番良いんだけど、現時点で俺にそんな手段はなかった。



「最近疲れているみたいだな」

「赤司っちにまで言われるとは……」

「大切な部員だからな、いつも見ているさ。仕事が原因か?」

「……そうっスね、予想以上に多くて手が回らないんスよ」

「仕事が増えたというのはそれだけお前に対する期待が大きくなったということだろう。部活外のことに関して口を出す権利はないが、期待を裏切る真似はしてほしくないな」

「………期待じゃないから困ってるんスけど」

ぼそりと赤司っちに聞こえない音量で愚痴をこぼす。妖怪に関する仕事が増えるのは俺に対する期待なんかじゃない。ただあいつらの活動が活発になっているからというだけだ。喜ばしい点なんてひとつもない。

「夜遅くまで大変だと思うがお前なら両立出来ると信じているよ」

赤司っちからの労いの言葉に乾いた笑みを浮かべて俺はありがとうと答えを返した。



黒子っちの気はどんどん増えていき、ひとつの結界じゃ足りなくなってきていた。今では三つの結界を複雑に入り組ませる形で発動させている。そして今回もうひとつ、この複雑な形には強大な利益とリスクがあった。この結界は俺がもつ技術で作れる最高傑作ともいえる。というのは外部からの攻撃をすべて無効にし自動で反撃してくれるのだ。今までのでは黒子っちに危険が及んだとき俺が近くにいないとどうしようもない。けれど今回の結界なら俺が向かうまで十分な迎撃をしてくれる。これに対するリスクとは術者に対する反動――意味は違うが呪い返しに近い。強い結界故に破られた時の反動が大きいのである。

幸い部活が忙しくなってきたためモデルの仕事はしばらく休業することにしていた。だから結界が安定するまで黒子っちの傍に長くいられる。三重にしている分対象者との適応が遅れるのは仕方ないことだった。

「黄瀬くん大丈夫ですか?僕が言えることではないですが、息上がってますよ」

「平気っスよ〜、ちょっと寝不足なだけ」

普段なら青峰っちとともに先頭だけど、しばらくは黒子っちを見ていたいから、黒子っちのお目付け役を赤司っちからいただいていた。不満そうな顔を黒子っちは一瞬したが倒れることは否定出来ないため大人しくしている。

「黒子っちこそ大丈夫?バテてない?」

「馬鹿にしないで下さい。まだ大丈夫です」

むすりと顔を膨らませて黒子っちは少し怒りぎみだ。でもそんな顔してても本気じゃないことを俺は今までの経験から分かっていた。今はちょっと拗ねちゃっているだけ、少ししたら戻るだろう。

「あっそうだ、黒子っ―――」

俺が黒子っちに声をかけようとした瞬間、心臓を引き裂かれるような痛みが体中を駆け巡る。近づいてくる地面に反応することも出来ずに俺は地面に臥し落ちた。痛みは変わることなく続き、血が皮膚という皮膚から吹き出そうな感覚。黒子っちはそんな俺に駆け寄ろうとしていたが、俺に辿り着く前に黒子っち自身も倒れ込んだ。俺が動けたら抱きとめて怪我なんてさせないのに、倒れ込んだ時に小石に当たったのか顔が少し切れている。黒子っちと名前を呼びたいのに、口から溢れるのは言葉ではなく血だった。

(なんで、なんでいきなり―――)

自問自答をするなかで俺の視界に映ったのは、この場で本来見るはずのないイキモノだった。

(なんで妖怪が……まだ昼なのに)

3メートルくらいの大きさの巨体に顔の半分を占める大きな口。目は単眼族なのか顔の残り半分を目で占められている。けれどどんな妖怪でも活動は夜間のみと決まっている。稀に変異種もいるが単眼族では変異種はでない。

その妖怪は明らかにこちらを狙っていた。動きは鈍いほうなようでゆっくりだが、確実に縮まっていく距離。俺は応戦すべく体を起こそうとするが、痛みが邪魔をしてなかなか動かせない。ふと黒子っちの方を見れば、黒子っちは怯える表情で妖怪の方を見ていた。

「な、なんなんですか……アレ」

「………黒子っち見えるんスか?」

「黄瀬くんも?」

信じられない。だって黒子っちにアレが見えるはずがないのだ。アレが見えるということは力が覚醒―――。

「――は、はは。そういうことっスか」

黒子っちに妖怪が見えているのも、俺が謎の痛みに苦しんでいるのも、全ては結界が壊れたから。三重にしても黒子っちの気は抑え切れず、結界が切れたことで黒子っちは本来の力が覚醒したのだ。あの清らかな気は黒子っちがもつ潜在的な能力を示していたのだろう。

「黄瀬くん……」

「大丈夫っスよ。あんなのに負けないから」

いろんな意味で俺は覚悟を決めていた。まずひとつ、三重の結界の反動は予想以上に俺の体を蝕んだこと。おそらく寿命の半分は削り取られただろう。そしてもうひとつ、覚醒した黒子っちは今までのような生活を送れないこと。その気に魅せられて引かれる妖怪は五万といるだろう。俺のように力の扱い方を知って生きてきたわけじゃない。だから黒子っちの一番可能性の高い末路は―――妖怪に喰われること。

「ねぇ黒子っち、俺黒子っちには幸せになって欲しいんスよ」

「黄瀬くん?」

寿命を更に削ることになるが、俺は感覚を麻痺させる術を体にかける。おかげで何も感じずに体を起こすことができた。俺の力に怯えをなしたのか、妖怪の動きがさらに鈍くなる。俺はそのまま術で妖怪を消し払った。何故昼間から活動しているのかは分からずじまいだが仕方ない。

「黄瀬くん……他にも―――」

分かっている。黒子っちの気に釣られて辺りの妖怪が活性化を見せていた。おそらく一帯を滅さない限りいくらでも湧くだろう。

「……黒子っち、おまじないかけたあげる」

「おまじない?」

「そう、今までのが全部夢になるおまじない」

黒子っちの回りに陣が浮かぶ。黒子っちは訳が分からないようでおろおろはしていたが、その場から動きはしなかった。俺が詠唱している間にもちらほら視界の隅で何かが動いている。けれどそれらに意識を払っていては詠唱できない。

「黄瀬くん、何かきてます……」

「黄瀬くん!」

「黄瀬くんってば!」

分かってる、分かってるよ黒子っち。きっと今頃俺達の回りを妖怪が囲むように犇めいている。けれどここでそいつらを滅したら意味がない。俺に出来る最後の術を止めるわけにはいかない。

「黄瀬くん!」

「………できたよ、黒子っち」

術から意識を外して回りを見る。妖怪との距離は3メートルもなかった。けれどもう十分だ。

「黒子っち、大丈夫だよ。起きたら全部終わってるからね」

「黄瀬くん……何言ってるんですか」

「大丈夫、力がない人間には妖怪は反応しない。今の、『覚醒を自覚していない』黒子っちにあいつらは反応しないから」

「……黄瀬くんは?」

「力を使い切った残り粕みたいな存在だけど、元が結構なものだからね。黒子っちみたいにはいかないかも」

「逃げて下さい早く!!」

「逃げるだけの体力残ってないんスよ。こうなるって分かってたらロードワークもっと頑張れば良かったかも」

「君は体力無尽蔵でしょう?早く…早くしないと」

「黒子っち」

俺が黒子っちに触れたら存在を認識されてしまうから、だから触れずに手を伸ばす。黒子っちの目にはどんどん涙が溢れていって、アスファルトに染をいくつも落としていった。黄瀬くんと小さな声で名前を呼ばれて、初めて俺の頬を何かが伝った。

「大好きだよ、黒子っち」

初めて会った体育館で、俺はきっと恋に落ちていたのだろう。最後に見た水色を心に残して、俺は静かに目を閉じる。生まれ変わりがあるのならもう一度黒子っちに出会いたい。けれどそんな楽しい未来を描く前に俺の体は真っ二つに砕け、貪り喰われるただの肉と化した。






「……テツヤどうした?泣いてるぞ」

「赤司くん……」

夢を――夢を見ていた。黄色に眩しく輝る男が僕を助けてくれる夢を。現実離れした内容だったのだが、僕はその夢を見て涙が抑えられなかった。いったい彼は誰なのだろう。少なくとも僕の記憶にはあんな輝かしい人間はいなかった。だけどどうしてか懐かしさだけが巡る。

僕の格好からして夢の内容は中学二年くらいの時だ。当時帝光中の赤司くんを始めとする緑間くんや青峰くん、紫原くんと灰崎くんの五人はキセキの世代と呼ばれていた。個性の強いメンバーで衝突は何度もあったが、実力が伴うだけに彼らは絶対権力者で。六人目として僕は扱われていたが、僕には才能なんてものはなくパスが上手い程度の存在だった。

あれから十年、僕達はお互いに違う道を歩んでいる。だけど赤司くんと僕だけは社長と秘書という関係で同じ時間を過ごしていた。何故だか分からないが、赤司くんが僕との未来を望んでくれたのだ。断る理由がなかったので、僕は彼の誘いに乗りこうして秘書業に勤しんでいる。

「なんか……不思議な夢を見たんです」

「不思議な夢?」

「僕がピンチなところを知らない人が助けてくれて」

「それが不思議な夢?」

「いえ、その知らない人が知らない人じゃないような気がするんです。ただ思い出せなくて。あんなキラキラした格好良い人を忘れるわけないと思うんですが」

「そんなに格好良かったのか。僕以上に?」

「赤司くんとはタイプが違いますよ。金髪ですごくキラキラしてました、モデルさんみたい」

彼はどうしてあんな悲しい顔をしていたのか。ただの夢ならいいが、何かが違うと心が訴えている。ただはっきりと確証が無いので、僕はそれ以上突き止めることができない。

「へぇ、涼太のことを思い出したのか。十年保った、あいつにしては上出来かな」

「……りょーた?」

「黄瀬涼太、覚えてないかい?テツヤを庇おうとして身を犠牲にした男だよ」

ギシリと僕の隣に赤司くんは腰を下ろす。その目が僕に逃げることを許さなくて、僕は金縛りに遭ったかのように体が硬直した。赤司くんは愉しそうな笑みを浮かべて、僕を見ている。

「涼太のやつ、テツヤは僕が先に見つけたのに勝手にマーキングしてさ。おかげでテツヤの覚醒が少し遅くなってしまったよ。まぁ涼太の三重結界が不安定なうちに覚醒したのは僕のせいなんだけど。そうしたら術の反動で相当手負いになるから、僕が手を回さなくても僕の眷属に喰われてくれるしね。だけどまさかテツヤの記憶ごと封印して改竄して覚醒を止めるとは思わなかった。どんなに力が強くても、自覚がなければ食べたって意味はない。だけど今のテツヤは術が綻び始めてるね。この分なら僕でも壊せそうだ」

いただきます、そう告げた赤司くんの目には、『狩られる存在の』黒子テツヤしか映っていなかった。







「ごめんなさい、君が守ってくれた命を守りきれませんでした」

「けどずっとこれからは一緒っスよね?」

「―――えぇ、ずっと一緒ですよ黄瀬くん」

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