休日の昼時、黒子は目当ての書店に行くために電車に乗ろうとしていた。地元に書店はもちろんある。しかし黒子が行く書店ではフェアが行われているのだ。好きな作家のサイン本が買えると、黒子は無表情ながらウキウキしていた。

(あ、れ……?)

黒子の視界に入ってきたのは見覚えのある人物。いや、もしかしたら程度だ。試合で一、二度会っただけなので確証はない。しかしなんとなく彼だろうなという確信はあった。

(さて、話しかけるべきでしょうか……)

相手がキセキの五人の誰かなら向こうから先に話しかけてくる。あんな長身と話すだけで目が集まるのだから正直止めてほしい。次にキセキの学校のチームメイト、彼らは恐らく黒子に気づかないだろう。まぁ一人例外はいるのだが。その場合黒子から話しかける形になる。特に険悪な関係の人はいないので、話しかけて疎まれたりということは無いだろう。長く話すのは難しくても困難にはならない。

(彼には正直良い印象無いんですよね……)

ラフプレーを専門とする彼とはどう考えても馬は合わないだろう。向こうもイイコちゃんは嫌いだと言っていた。つまり両方に利は全く無いわけである。

(よし、無視しましょう)

彼の存在など無かったことにして、黒子は手持ちの小説を開い―――

「開いてんじゃねぇよ。先輩を無視だとは良い度胸してんな」

「ちっ、気づいてたんですか」

「生憎てめぇが入ってきてすぐ気づいた」

「………」

「あぁ?何ぽかんとした顔してんだよ」

「いえ………」

花宮の台詞に黒子は素で驚いた。まさか黒子に気づくとは思わなかったのだ。それこそ鷹の目や鷲の目がないと難しい。それに嫌いと言っていたのに話しかけてきたことにも驚いた。黒子が無視しようと決めた時点で花宮にも無視をするという選択肢はあったのに。

「花宮さんは何処に行くんですか?」

「花宮先輩じゃねぇの?」

「誠凛の先輩以外の年上の方には基本的に“さん”なので」

「あっそ、まぁ良いけど。近くのでかい書店にサイン本買いにな」

「………え?」

予想外の展開だがお互い同じ場所に行くらしい。同じ場所に行くのなら途中で撒くのも難しいだろう。黒子の方から花宮に対して話したいことなど無いので、黒子は話題に困ってしまった。

「奇遇……ですね。僕もサイン本買いに行くんですよ」

「同じ目的地かよ、まじありえねぇわ」

「じゃああなたが行き先変えて下さい」

「イイコちゃんの言うことなんか聞いてやらねぇよ」

「なんなんですか、そのイイコちゃんって」

「バスケに対して誠心誠意、虫酸が走るくらい一生懸命じゃねぇか。つーかやっぱりバスケしてるとは思えねぇ体だよな。筋トレしねぇと筋肉つかねぇぜ」

「これでもノルマこなそうと頑張ってますから」

「はいはい、そうかよ」

黒子が花宮に対して気を許したわけではない。それでも花宮は黒子の心の隙間をかい潜って、黒子にダイレクトに接触してくる。気づかないうちに黒子は花宮から言葉を引き出されていた。まさに話術に富んでいると言うべきだろう。

(この人……性格悪いけど話し上手です)

火神を始めとして黒子の周りには言葉が上手い人が少ない。だからか、性格が悪く嫌っていた筈の花宮の中に灯を見つけたような気になった。

「花宮さん言葉上手です。尊敬は出来ませんが感動しました」

「尊敬出来ないって馬鹿にしてんのか?つーか言葉上手ってなんだよ」

「無自覚かもしれませんけど、花宮さん相手から話を聞き出すの上手いですよね。だって僕さっきまであなたと話したくないなって思ってましたけど、いつの間にかあなたと話せてますから」

「お前……オブラートって言葉知ってんのか?………まぁどうでもいいけど」

がたんごとんと電車は揺れる。ちらりと駅地図を見れば、目的地の駅まであと三駅だということが分かった。目的地が同じだから一緒に行けばいいのだが、もしかしたら迷惑なのではないかという考えが頭を巡る。あくまで退屈凌ぎに話しかけてきただけで、興味などないのかもしれない。ならば降りて別れるべきだろう。―――目的地は同じだが。

黒子は必要以上に思考に飲み込まれる時がある。影の薄さが影響してか、他人の目線を気にしてしまうのだ。相手が何を思っているのか、相手が何を考えているのか、それらをとにかく気にしてしまう。それが今花宮相手に発動してしまっていた。

「お前……よく書店とか行くのか」

「えっ?あっ…はい」

「なんだよその態度、今更じゃねぇか」

「いえ、ちょっと考えごとしてました」

「考えごと……ねぇ」

扉にもたれるように花宮が立つ。吊り革や手摺りに掴まらないのかと聞けば、潔癖症だからという返事が返ってきた。つまり他人が触ったところに触りたくないらしい。

「あと一駅か……、早く降りてぇな」

ぼそりと言った言葉に黒子の肩がぴくりと跳ね上がった。早く降りたい―――つまり早く黒子と別れたいという意味だろう。どうやら黒子が予想した通り花宮は黒子を面倒臭く思っていたようだ。そのことに少し胸を痛め、でも表情は変えずに黒子はそうですねと返した。

「着きましたよ」

「ったく、やっとかよ」

不機嫌そうな顔で花宮が電車を降りる。黒子はその少し後ろを歩いていた。だが改札のところで、黒子が隣にいないことに花宮が気づいた。すると花宮は黒子が改札に来るまでわざわざ待っていたのだ。意外すぎて思わず目をぱちくりさせてしまう。改札を抜けた後に、黒子は花宮に何故待っていたのかを聞いた。

「あぁ?同じ書店行くんじゃねぇの?」

「いえ、さっき早く降りたいと行っていたので僕といたくないんだと思いまして」

「違ぇよ。ただ近くにいた女共がちらちらこっち見てきてウザかっただけだ」

まるでいつものことだと言わんばかりの口調に、黒子は花宮を凝視した。確かに性格云々を抜きにすれば花宮は格好良い。初対面で何も知らなければ一目惚れしてもおかしくないくらいに。

「性格知らなければ花宮さんは格好良いと思います」

「お前の周りには顔面偏差値チート集団がいるじゃねぇか」

「顔面……キセキの世代のことですか?」

花宮の言う通り、キセキの世代は実力だけでなく容姿も備えている。その顕著な例がモデルをしている黄瀬だろう。中学時代、特集で表紙を撮った時、どこぞのアイドルだと思ったことは未だに覚えている。

「……黄瀬くんとかには申し訳無いんですが、黄瀬くんは格好良いけどモテないと思うんです」

「へぇ……、根拠は?」

「花宮さんは日本女性の平均身長を知っていますか?」

「平均身長?……だいたい160cm前後だろ」

「160cmの人から見て、189cmの人って最早怖い域だと思うんですよね。黄瀬くんでそれですから、正直他の三人も同じというか……」

「あぁ、納得した」

モデルとしてなら良いがお付き合いするなら別といったところだろうか。その点なら黒子と赤司の方が好印象な気がする。

「だから花宮さんはその分モテるのでは?179cmはとても良いと思います」

「………最初は散々だったのに随分だな」

「性格は嫌いですけど、客観的評価は別です」

そうこうしているうちに目的の書店に着いてしまった。いつもはそこまで混んでいないのだが有名作家の名が人を呼んだのか、人がぎっしりといて見ただけでくらりとする程だ。花宮も黒子も大人数の中にいることをあまり好まないので、無意識に皺が寄る。そして二人は何故かお互いに右手を出し合っていた。

「……奇遇ですね、同じ考えですか」

「悪ぃが手加減しないからな」

真剣な表情で互いの顔を見合う。そして一呼吸置いたあと、黒子と花宮はまるであらかじめ決めていたかのように綺麗にハモらせた。

「じゃんけん―――」



(じゃんけんって頭の良し悪し関係あるんですかね………)

全力をこめたものの見事に負けてしまった黒子は、花宮の分を含めて二冊を買うべく人の群れに挑戦していた。購買の時のような人混みだ。ただ購買の時は比較的楽に買えたのだが、如何せん今回は上手くいかない。それどころか影の薄さにより存在を感知してもらえないため、人にぶつかられることが多々あった。

(やっと……買えました)

よろよろと花宮の待っている喫茶店まで歩く。足元が危なかっしいがなんとか辿り着き、黒子は花宮の前にどさりと本を置いた。

「買ってきましたけど」

「遅かったがまぁいいか。ミルクティーで良いか?」

「えっ?あ、…お願いします」

花宮が注文する様は慣れた感じで、よくこういう店を使うのだと黒子は内心思った。中々高校生で喫茶店などは使わないため、花宮がなんだかとても大人に見える。まぁ彼は大人しくしていれば完璧なのだ。

「奢りだ、気にすんじゃねぇよ」

「ではありがたくいただきます」

ミルクティーなど家かファミレスのドリンクバーくらいでしか飲まないが、少なくとも今飲んでいるミルクティーの方が格段に美味しいことは分かった。なんというか根本からして違う気がする。美味しいですと一言言えば、そうかよとコーヒーを飲みながら軽く返した。

「で、これからどうするんだ」

「そうですね……、とりあえず早く読みたいです」

「相変わらず真面目だな」

花宮は本の入った袋から本を取り出す。そして自然な動作でそれを読み始めてしまった。本に集中しているのか、視線がページの上をかなり早いスピードで進んでいる。お金は先に払ってもらったため黒子はいつでも席を外せたが、なんだか此処で読みたい気分になってきた。幸い花宮が頼んでくれたミルクティーもまだ残っている。

「――早く家に帰りたいんじゃなかったのかよ」

「意地悪な質問ですね。まぁいつもと違う場所も良いかなと」

お互い視線は本に向けたまま会話をしている。読むスピードがあまり変わらないからか、二人のページを捲る音はほとんど同じだった。そんな小さなことに黒子の胸は何故だか踊っていて。黒子の喜びを密かに感じていた花宮は、少しだけ自然と口角が上がっていた。



「おい………そろそろ帰んぞ」

「えっ?………もうこんな時間なんですか」
完全に本の世界に入っていたため時間の感覚を失っていたようだ。読み始めたのが2時くらいだったのだが時計が指しているのは6時。外も太陽が落ちて暗闇が空を支配していた。

「花宮さん読み終わりました?」

「読むペースが同じなら同じくらいだろ」

「そうですね。……出来れば感想を言い合いたかったです」

中々同じ趣味をもつ人と出会えるものではない。緑間も読書を好むが黒子とは方向性が全く違った。赤司も実用書しか読まないため話が合わない。黒子が少し落ち込んだような顔をすれば、花宮は急に黒子の鞄から何かを奪い自分の手に収めた。

「読み終わったら連絡しろ。感想ぐらいなら付き合ってやる」

「え?」

アドレス帳を見ればハ行に花宮の名前が加わっていた。こんな展開になるとは思っていなかったので、黒子は呆気にとられる。間の抜けたような黒子の顔を見て、花宮はいつものような笑みを浮かべた。

「僕花宮さんのこと大嫌いでしたけど、考えを改める必要がありそうです」

「おい、前より悪化してんじゃねぇか」

向かうべくは同じ駅、もしかしたら地元の最寄り駅も近いのかもしれない。なんだか木吉や日向に悪い気もしたが、黒子自身花宮と仲良くなれたことを嬉しく思っていた。



2012/11/01 by蒼氷

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