キセキの世代が初コンサートをするという知らせは世の中を大いなる興奮に引き込んだ。キセキの世代が生で見れるのは今まで音楽番組のみだったのだ。(時間枠の影響なのかスケジュールの影響なのか、キセキの世代は冠番組をもっていないのである)だから今まで会えなかった人々が躍起になって買いに走り、結果受付から5分掛からずにドームチケットは売り切れになった。



「チケット5分で完売ですって。みなさん買ってくれて良かったです」

「事務所も予想以上の売れ行きだって喜んでたっスよね〜」

黒子を膝に乗せて楽屋で悠々自適に過ごしているのは黄瀬である。他のメンバーはコンサート準備で駆り出されてしまい、黄瀬が黒子のお守りを任されているのだ。ちなみにここでいう“お守り”とは、黒子の正体を暴こうとしている人間や黒子を良く思わない人間から守る役割である。一方黒子はお気に入りのバニラシェイク片手に雑誌をめくっていた。

「黄瀬くん黄瀬くん、このページ黄瀬くん特集ですよ」

「本当だ。この前受けたインタビューこんな感じになったんスね」

実際嫌々受けたインタビューだったが黒子が喜んで読んでいるので、まぁ良いかななんて気持ちになってしまう。インタビューする側がきちんと黄瀬の予定を把握していなかったため、その日多忙なスケジュールに無理矢理インタビューを組み込む形になったのだ。本当なら文句を言いたい立場だが、黄瀬はこの世界の厳しさをよく知っている。だから胸の中の気持ちは全部押し込めて、いつもの笑顔を貼りつけてインタビューに臨んだ。

「黄瀬くん、コンサート成功させましょうね」

「うん、頑張ろ」

黒子の前髪を上げて額にキスを落とす。慣れたスキンシップに黒子はきょとんと首を傾げるだけだった。



コンサートを2時間後に控え、五人は楽屋で最終確認をしていた。黒子はバニラシェイクが飲みたいと主張して買いに出ている。本当なら誰かを付き添いに行かせたかったが、進行の打ち合わせで手が離せない。それにマジバは近くにあるので大丈夫とも思っていた。

「にしても遅くねぇか?マジバそんなに時間掛からねぇだろ」

「心配だな。少し見てくるのだよ」

「待て、もう客が前に列を作り始めてる。今僕達が出たら混乱を起こすだけだよ」

黒子が平気なのは顔出しをしていないからだ。それに影の薄さから中々認識すらしてもらえない。赤司はスタッフを呼び出してその旨を伝えると、そのまま探しに行かせた。

「寄り道をしているだけならいいんだけど……」

赤司の願いは見事に打ち砕かれる結果になるのだが、その時はまだ知らなかった。



「先程こんな手紙が届いたそうだ」

赤司が机に置いたのは一枚の紙だ。そこには『少女を誘拐した』という内容が記されていた。そしてその理由が『キセキの世代のコンサートを中止させる』ことなのだ。もしコンサートを始めたら少女に暴行を加える、そう手紙には書かれていた。

「どういう理由があってコンサートを中止させたいのかは知らない。だけどこの犯人が誘拐した相手は間違いなくテツナだ」

「恐らくキセキの世代のボーカルだとは知らないのだろうな」

黒子がいなければコンサートは出来ない。それなのにわざわざ中止にしろと言うのは、黒子がボーカルだと分かっていないことを表していた。そもそもキセキの世代のボーカルを知る者などほんの一部しかいないのだが。

「コンサート開始まであと1時間半だ。それまでになんとしても見つけるぞ」

「「「「当たり前だ!」」」」



手始めに赤司は道路の映像を把握するためにハッキングをした。ハッキングが犯罪だなんて言うまでもないことだが、赤司にそんな常識は意味を為さない。しかしここで問題が起きた。―――黒子が映像に映らないのだ。恐らく影の薄さが映像にまで影響してしまっているのだろう。

「黒子っちの居場所が分かんない限り探すのは無理っスよね……」

「だが範囲はだいたい絞れるのだよ。黒子を誘拐してあの手紙を仕込むのはかなりの時間が必要だ。それを短時間で出来るというのは近くにいる証拠だろう」

「……携帯、黒ちんの携帯のGPS使えないの?」

「携帯なんて最初に取り上げられんだろ」

「……いや、いけるかもしれない」

赤司は急いで警察へハッキングをする。携帯番号でGPS検索が出来るプログラムだ。そこに黒子の携帯番号を入れる。しかし案の定電源が切られているのかヒットしなかった。

「赤司、そっちの番号じゃない。黒子の前の携帯だ」

「……そういうことか」

急いで番号を打ち直す。すると検索結果がはっきり表示された。時計を見ればコンサート1時間前にもうすぐなってしまう。赤司は財布と携帯だけ手にして立ち上がった。

「お前達、行くぞ」



コンサートの二日前、黒子は利便性の点を考慮してスマートフォンを購入していた。しかしスマートフォンにしか出来ないことがあるように、携帯にしか出来ないことがある。ちなみに、ここで言う携帯というのはガラケーのことだ。だから黒子はスマートフォンと携帯の二台持ちをしていた。犯人は恐らく所持している携帯は一つだと勘違いしたのだろう。結果上手くGPSを使うことが出来た。

「ここだな」

公園の中の奥まった小屋をGPSは指していた。本来なら扉を開けて中に入るが、苛立ちが最高潮の青峰は見事に扉を蹴り飛ばす。激しい音が立ったが、おかげ中に入りやすくなった。

「やぁこんにちは、誘拐犯さん」

「あっ、え……キセキの世代?」

ご本人の登場は全く予想していなかったのだろう。生半可ではない威圧感に犯人は腰を抜かしてしまった。軟弱だと緑間が呟いたがその通りである。

「とりあえずその子、離してもらえるかな」

ゆっくりと赤司が指差す先には、縛られた黒子の姿があった。結び方が下手だったのか跡が残ってしまっている。白い肌にちらちら浮かぶ赤に、五人は知らぬうちに眉をひそめていた。

「痛そうだね、大丈夫かい?」

気がつけばいつの間にか赤司が黒子の紐を解き始めていた。呼吸の裏に入り込むかのような動きに、まるで赤司が瞬間移動したのではないかという錯覚に捕われる。人質に手を出すなと伸ばした手は黄瀬に掴まれ、一瞬のうちに組み敷かれる結果になった。

「俺格闘技とか中途半端にしか習ってないっスから痛いかもね」

その割にはきっちりと技が決まっている。下手に技が決まると激痛が走るのだが、黄瀬の技は上手く決まったらしく押さえ付けるだけに留まった。

「おとなしく警察っスかね〜」

「大事にすると問題なのだよ。確か青峰の叔父は警察関係者ではなかったか?」

「あー、んじゃ俺から頼んどくわ」

青峰が携帯を取り出してどこかへ電話を掛ける。上手く繋がったようで、青峰が話をとんとん拍子に進めていった。その様子に犯人の顔が青ざめていくが五人にはどうでもよかった。

「引き取りに行くから5分くらい待ってろってさ」

「5分って……近くにいたんスか?」

「んー、いやあの人クロ厨だからコンサート来てたらしいわ」

「それはなんとも……」

それから少しして到着した叔父に五人は犯人を手渡した。後日見返りとして黒子のサインを渡すことになるのだが、それくらいで大事にならないのなら軽いものだろう。急いで会場に戻った五人は着替えと準備を済ませ、その日のコンサートを無事に終わらせた。結局バニラシェイクを飲むことが出来なかった黒子は、コンサート中どこか元気が無かった気がする。



「さて、コンサートも終わったからゆっくりお説教でもしようか、テツナ」

「誘拐されたことに関して僕に非は無いと思います」

「じゃあ君を探しに行ったスタッフや君を心配したスタッフに同じこと言える?」

「……言えません」

「………ったく、本当に手が掛かる子だ」

黒子は大したことではないという風に思っているが、五人にとってはそうではない。もし危害を加えられていたら、怖い思いをしていたら、そう考えるだけで拳が震える。コンサートなんて無くアイドルでも無かったら、今頃あの犯人を再起不能にしていたかもしれない。いや、現実に何も肩書きが無かったらしていただろう。特に青峰辺りは気が短いので、加減を間違えてうっかりだなんてありえそうで怖い。

「とりあえず無事で良かった……」

「……ご心配おかけしました」

「本人がどうしてこうも冷静なのかな……」

黒子は可愛い。本当はきちんと自覚させたいのだが、一筋縄ではいかないだろう。それならばまだしばらく勘違いさせた方がいいかもしれない。だから赤司は何も言わなかった。

「飲み損ねたバニラシェイクは大輝達が用意している。だから早く行くよ」

「青峰くんがマジバなんか行ったら大混乱ですよ?」

「なんのために高尾をマジバで働かせていると思ってるんだ」

そう言って赤司は黒子の手を引く。行き先は六人が帰るべき場所である家だ。紫原と黄瀬が晩御飯を作って待っているだろう。コンサートの後に本来なら作る気力など無いのだが、黒子が無事に戻って来た記念だとはしゃいでいた。緑間は緑間で部屋の掃除など準備をしているに違いない。

「………本当に無事で良かった」

「……はい」

不安を抑えるように赤司が黒子の手をきつく握る。黒子は赤司の不安を消すかのようにぎゅっと握り返した。

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