(……ラッキーアイテムが無い)
おは朝で告げられたラッキーアイテムの鬼畜さに、緑間は朝から憂鬱な表情をしていた。普段からおは朝のラッキーアイテムは常軌を逸しているが、今回もまた想像を遥かに越すものだったのだ。
(西陣織だなんて手に入らないのだよ!)
アナウンサーが爽やかに告げてくれた西陣織を手に入れる術を緑間は持たない。ラッキーアイテムの無い緑間は不調中の不調で、登校だけで幾度か死にかけている。ラッキーアイテムさえあれば問題解決なのだが。
「……もう頼るしかないのだよ」
彼の部の部長様に頼めば何とかなるかもしれない。赤司の家の大きさは以前聞いていた。家の権力を使わせるようで申し訳ないのだが、命が懸かっているので仕方ないだろう。
「西陣織……いったいいくらするのだろうな」
「西陣織が欲しいのですか?」
突然聞こえた声に緑間は思わず振り返る。しかしそこに誰もいなかった。だが確かに声がしたのだ。
「下です!下!」
緑間が視線を下にずらす。するとそこには淡い髪色の少女がいた。しかしどうにも影が薄い。少し気を抜けば小さい云々関係無しに見失いそうだ。
「……誰なのだよ」
「緑間くんですよね?征十郎様から聞きました」
「征十……あぁ、赤司のことか」
赤司を下の名前で呼ぶ人間などいないので、征十郎という音に慣れていない。久しぶりに聞いた名前に、そういえばという気持ちしか浮かばなかった。
「……赤司の知り合いなのか?」
「はい、征十郎様に用があります。それで西陣織が必要なのですか?」
「あぁ、西陣織がないと死んでしまうのだよ」
「そ、それは大変です!僕のあげますから死んじゃダメです!」
羽織っていた上着を脱いで緑間に渡す。緑間に着物を判断する目は無いが、それが西陣織であることはよく分かった。なにせ朝から西陣織について調べ尽くしたのだ。西陣織の特徴など自然に覚えてしまう。
「俺にくれるのか?」
「あげますあげます!だから死んじゃダメです!」
必死そうに彼女はそう主張した。そこまで言われて断れるわけもなく、緑間はありがたく上着を受け取る。しかし今はそこまで暖かい季節ではない。上着を脱いだ姿は寒そうだった。
「では俺の上着をお前に貸そう」
緑間は着ていたブレザーを脱いで黒子に渡す。しかし着物の上からブレザーを着ることは出来ない。それに気づいた緑間は上着を肩にかける形で羽織らせた。
「……大きいです」
「だろうな。身長差が大きい」
緑間はそこでどうしたものかと思案した。西陣織を借りた以上彼女に返さなければならない。しかし緑間は彼女が赤司の知り合いということしか知らなかった。名前を聞いて後日返すという手もあるが、出来れば早く返したいものである。
「緑間くん……学校はいいのですか?」
「え、しまっ――」
腕時計を見たがどう足掻いても駄目な時間だった。そうなってしまえば走る意味など無くなってしまう。(ちなみに体育館整備で部活は休みだ)
「俺はこれから学校に行く。お前はどうするのだ?」
「僕も帝光中に行きたいんです」
「そうか、なら一緒に行こうか」
ラッキーアイテムを貸してくれた相手に緑間の悪態は出てこない。それに何となく、彼女に余計なことを言ったら終わりのような気がしたのだ。
「あれ、緑間っちが遅刻とか珍しい」
「緑間が遅刻?明日槍とか降るんじゃね」
「……なんか女の子連れてる。妹とか?」
「緑間に妹いんのか?つか学校に連れて来る訳ないだろ」
「そうっスよね〜」
「……テツナちゃんだ」
窓の外を見るように桃井が身を乗り出す。一歩間違えばすぐ落ちてしまいそうな体勢だったので、すぐに黄瀬は桃井を教室に引き戻した。同時に青峰も身を乗り出して外を見る。
「青峰っちも危ないっスよ!」
「危ないとか誰に向かって言ってんだよ。なぁさつき、あのガキお前の知り合い?」
「私じゃないよ、赤司くんの知り合い」
「赤司っちの?」
緑間は彼女を連れて昇降口に向かった。しかし教室に入る前に職員室か何処かに行くに違いない。野性の勘で何かを掴んだ青峰はすぐさま教室を飛び出した。黄瀬も青峰に続く形で教室から駆け出す。その黄瀬を追うように桃井も教室から姿を消した。残ったのは事情が分からずポカンとしている生徒と教師のみだ。
「………とりあえずHR終わるか」
教師の声と共に再び教室にざわめきが戻った。
『二年の赤司征十郎くん、今すぐ応接室に来て下さい。繰り返します、二年の―――』
「赤ちん呼ばれてるよ?」
「職員室なら分かるが応接室とはな。一応敦も来い」
「りょーかい」
言われた通りに応接室へ向かう。あと数分で授業ということは、あまり大きな案件ではないのだろう。まぁ仮に授業へ遅れたとしても怒られることはないが。
「失礼します」
「あ、赤司君!これはいったいどういう―――」
「征十郎様!!」
聞こえた声は此処で聞く筈のないものだ。そう思っていたのに赤司の体は無意識に黒子を受け入れる体勢になっていた。見事なタイミングで黒子がぎゅうっと赤司に抱き着く。その姿を緑間や青峰、桃井や黄瀬が驚きの目をした。
「赤司っち!?もしかして妹っスか!?」
「違うよ。それにしてもどうしたの?今日来るなんて聞いてないよ」
心配をこめた目で赤司は黒子を見る。しかし黒子は逆に怒られたと勘違いしてしまい、瞳をうるうると滲ませた。そして赤司から離れ何故か立っていた緑間に抱き着いたのだ。抱き着くといっても身長差があるので、腰辺りにぎゅうっとくっつく感じである。面白くないのは赤司の方で、先程までの優しい笑みは消えて緑間を睨みつけた。
「随分と懐かれてるね。僕のテツナに何をした?」
「な、何もしてないのだよ!!ただ迷子の彼女を帝光まで連れてきただけだ」
緑間に同意するように黒子の頭が縦に振られる。どうやら事実のようだ。そんな中、蚊帳の外状態だった校長が赤司に詰め寄ってきた。
「赤司君!黒子の令嬢が来るなんて聞いてませんよ!」
「黒子の令嬢?」
「お前達は知らないかもしれないが、帝光中は赤司と黒子の資金で運営してるんだよ。だから実質テツナの方が校長より立場が上なんだ。ちなみに校長、その問いに関しては僕も知りませんでした」
赤司と黒子の家の本家は京都にある。ただ赤司は高校に上がるまで分家のある東京にいることになっていた。理由は帝光中に進学するからである。しかし黒子にはそのような義務はないため、普段からずっと京都に住んでいた。東京に来るのは定期的な挨拶か会合があった時のみである。
「俺ら全く事情が分からないんスけど……。その女の子と赤司っちってどういう関係なんスか?」
「僕にとってテツナは所謂婚約者かな」
「……婚約者って現実にいたんスね」
黄瀬にとって婚約者なんてテレビの中での存在でしかない。それは青峰や緑間にとっても同じで、視線はおのずと黒子に向かった。
「けどその子まだ小さいっスよ?ちょっと犯罪臭がするんスけど……」
「そうか?今時八歳差なんて珍しくないだろう」
赤司が八歳差と公言したことによって黒子が六歳であることが判明した。しかし歳の差婚が一般化したとはいえ、やはり犯罪臭がするのは否めない。けれどそういう世界では当たり前なのだと無理矢理納得することにした。
「……初めまして、黒子テツナです」
簡単な自己紹介だけして黒子は再び緑間に縋り付く。その時間が長くなるにつれて次第に赤司の機嫌は悪くなっていった。それが如実に緑間に伝わってくるから引き剥がしたいのだが、手荒に扱ったら扱ったで文句を言うに違いない。
「テツナ、抱き着く相手が違うだろう?」
「征十郎様怒ってるから嫌です」
「怒ってないと言っているが」
「………怒ってます」
完全に緑間に懐いてしまったようで、まるで緑間の妹のように離れようとしない。赤司の怒っていないは黒子に通じていなかった。それもその筈、不機嫌な赤司はその不機嫌さを丸々表情に出している。だから黒子はそれを読み取って、赤司は怒っていると思っているのだ。
「つか赤司、お前顔を鏡で見てみろって。テツ怯えさせるような顔してんぞ」
「赤ちんの不機嫌は顔に出るからね〜。黒ちんが怯えるのも無理ないかも」
「………僕が悪いのか」
少し考えた後、赤司は黒子に目線を合わせるように屈んでにこりと微笑んだ。普段の赤司を知る緑間達にとって、それは何かを企んでいる魔王の表情でしかない。しかし黒子には安心させるものだったようで、黒子は緑間から離れて赤司に抱き着いた。
「なんか……赤司っちには似合わないくらい聡明な子っスね」
「黙れ涼太。それからテツナが天使なのは今さらだよ。とりあえず良い思いをした真太郎とテツ呼ばわりした大輝は外周十周追加だ」
「横暴なのだよ!!」
「テツでいいじゃねぇか。つかテツだって喜んでるし」
見ればあだ名で呼ばれたのが嬉しいのか、黒子は少し笑顔を浮かべていた。黒子が喜んでいるならと、青峰の外周追加は取り止めになる。結局緑間のみが外周追加という結果になってしまった。
「お前達、僕のテツナに手を出したら容赦しないからな」
今日も見事に魔王様は降臨していて、六人は素直にこくこくと頷いた。
「ちなみに真太郎、その西陣織の値段軽く百万は超えるからな」
「ひゃくま……」