※決勝戦を最初から書き表せる程の能力を蒼氷は持っていないので、火神くん暴走→黒子様の粛清後からのお話になります。………面倒臭かったとかじゃないよ(棒読み)
「あらあら、仲直りしちゃった感じ?」
「誠凛は一致団結でバスケをしますから」
黒子の拳で目覚めた火神は単独プレイを止める。しかし黒子の方はまだ高尾を攻略出来ていない。その事実に誠凛が頭を悩ませる中、緑間だけが黒子の可能性を先読みしていた。
「気をつけろ高尾、恐らく黒子はお前を攻略しにくるのだよ」
「はぁ?アイツの技は鷹の目が天敵だって真ちゃんが言ってたんだぜ」
「確かにお前の目は天敵だ。だが第2Q出た理由が恐らくあるのだよ。アイツは自分の可能性や実力をきちんと把握しているからな」
観客の目にはきっと無意味に出ていたと写っているだろうが恐らく違う。第2Qの時点で黒子は高尾に対して何らかの攻略のための布石を打ったに違いないのだ。緑間にはそれが何なのかは分からないが、第4Qで完成するのは間違いない。
(予想以上に消耗してますね……)
鷹の目の攻略のために視線誘導を酷使したからか、黒子の左目は明らかに不調を訴えていた。しかしそれを言ってしまえばリコは必ず黒子を下げるだろう。しかしそうした場合、高尾の鷹の目攻略の意味が無くなってしまう。それに第4Qという試合の大詰めで攻撃力を失うのは良ろしくない。
(もう攻略は出来ているんです。後はもうやり切るだけ……)
この試合が終われば目に休息を与えられる。そしてこの試合には勝たなければならない。黒子は思いの強さだけでコートに立っていた。
「悪い真ちゃん、俺黒子のこと舐めてたわ」
「だから言ったろう、アイツはああゆう奴なのだよ」
黒子のパスが活きてくることによって誠凛に勢いがつく。火神の足は限界の筈なのに攻撃に衰えはなく、むしろ最後の執念と言わんばかりに食らいついてきた。絶対防御を誇る大坪も、ここまでのプレイを讃えざるをえない。
「まぁ勝つのはウチだけどね」
鷹の目で安全なパスコースを見て高尾は味方にパスをする。しかしパスをする直前に緑間から声が上がった。
「待て!そっちは――」
緑間の真意に気づいたところでもう遅い。高尾と味方との間には神出鬼没の影が入ろうとしていた。
「しまっ、スティール!」
迂闊なパスに高尾の表情が歪む。黒子のスティールを察した火神と日向はパスを貰うべくゴールの方へ走った。急いで高尾もディフェンスに戻ろうとする。―――しかし黒子の手はボールに触れることなく、空を空振りした。貰うはずだった味方も咄嗟にディフェンスに体勢を変えていたので、ボールは誰の手にも触れずに場外に出た。
(あの距離でスティールミスってらしくねぇな)
タイミングも距離も特に危なくなかった。パス回しを得意とする黒子ならありえないミスである。だが試合とは常にハイスピードで展開していくものだ。小さなミスが起きてもおかしくはない。
「すみません、スティールミスしてしまいました」
「いいから、切り換えていくぞ」
今の流れは両者が同等だが若干誠凛が勝っている。この勢いを殺すわけにはいかなかった。ひとつひとつの動きをミスせずにするために全身の神経を研ぎ澄ませる。
「……高尾」
「なに真ちゃん、今かなり真剣なんだけど」
「………いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「真ちゃん?」
ボールから目を外してはいけないのだがちらりと緑間の表情を窺う。緑間の目には明らかな怯えが潜んでいて、高尾は初めて見る表情に息をのんだ。
「ちょ、真ちゃんってば。顔色めっちゃ悪いよ」
「……自覚済みなのだよ」
見れば指先が僅かながらに震えている。シューターとして異常ともいえる心配りをしている緑間にはありえないことだ。そしてそんな異常事態の緑間の目線は誠凛の影に繋がっていた。
「こんな感覚は久しぶりなのだよ」
「真ちゃん……」
「俺は今……とてつもなくボールが怖い」
黒子の事故があった後、急遽体育館設備の確認をするということで、体育館での部活は全面的に中止になった。幸いというべきか四つの体育館を同時に検査するため、部活の中止は一日で済んだ。しかしそのあとが問題だったのだ。バスケ部員は100名を超え大規模故に一軍から三軍まである。その中で一軍入りしている人数はほんの15名程度で、残りは二軍三軍のメンバーだ。したがって事故が起きたことは誰もが知っていても、大多数のバスケ部員にとってはどこか遠い出来事だった。無理もない、プレイをしたことがない人がどうなろうと自身には関係がないからだ。
だから逆に“黒子と近かった人間”というのは、周りが想像する以上に傷を負っていた。
残り時間が僅かなため最後の力で誠凛が挑んでくる。それを秀徳は正面から迎え撃とうとディフェンスにいっそう力を注いだ。誠凛のパス回しの中の小さな隙を見つけて、高尾がスティールからのパスを緑間にパスを出す。火神は緑間のマークからちょうど外れてしまっていたため、緑間のシュートはほぼノーガードで放たれた。
「くそっ、オフェンスに切り替え―――え?」
緑間のシュートは綺麗な弧を描き、―――そのままリングに弾かれた。一応リバウンド要員をゴール下に置いているが、彼らが緑間のシュート時に機能することは滅多にない。そして誠凛側も緑間のシュート時にリバウンドは取れないと諦めをもっていた。その異常事態に一番早く対応できたのは黒子で、弾かれたボールを咄嗟に拾い、サイクロンパスで自陣のゴールへと投げ飛ばす。なんとか反応できた火神がそれを拾い点に繋げたので、誠凛は貴重な2点を稼ぐことができた。
「おい緑間!てめぇシュートミスしてんじゃねぇよ!轢かれてぇのか!」
「……すみません」
「宮地落ち着けって。まぁお前があそこで外すとは正直思ってなかった。気抜くんじゃないぞ」
「大坪さん違うんすよ。真ちゃんなんか―――」
「高尾黙るのだよ。これは俺の問題だ」
原因は分かっている。しかしそれを解決できるのは他人ではない、自分自身のみだ。たとえ原因が他者にあろうとも、全ては緑間の問題である。
「真ちゃん……」
「………大丈夫だ、俺は常に人事を尽くしている。なにも問題はないのだよ」
そう言いつつも視線が追っているのは誠凛の影。向こうもそれに気づいているのか、なんとも申し訳なさそうな表情をしている。黒子には分かっているのだろう、緑間のシュートが外れた訳も手先が震えている訳も。
「緑間くん……」
「…ん?なんか言ったか黒子」
「あっいえ、なんでもないです」
緑間の名前を無意識に呟いたことを聞かれていたらしい。火神が少し心配そうな表情で覗き込んでくる。大丈夫だと告げると火神は少しだけ訝しげな表情をしてプレイに戻っていった。
(緑間くんは気づいているんでしょうね……)
黒子のスティールミスから緑間の様子がおかしくなった。きっとミスの原因を分かってしまったからだろう。あの時黒子の視界はピントがずれ光景がぼやけていた。だからスティールする位置を正確に把握できなかったのだ。常にピントがずれているわけではないため、プレイが全くできないわけではない。けれどいつピントがずれるか分からないので大きなミスに繋がる可能性もある。真面目な緑間のことだ、黒子のミスを全て自分達の責任だと感じてしまうのだろう。それが嫌で黒子はこの場所に帰ってきた。だから勝って緑間に示すしかない。
「火神くん、勝ちましょう」
「当たり前だっての」
勝っても負けてもあと数分。黒子は最後の力を振り絞り目に全神経を集めた。試合後に支障が出たって構わない。今を乗り切れば未来が拓けていくのだから。
「本当に……みんなお疲れ様。もう…それしか言えないよ」
「泣くなよカントク。みんなで勝ち取った勝利だぜ!」
まさか王者である秀徳に勝つだなんて、以前の誠凛なら不可能だっただろう。けれど火神が入り黒子が入り、誠凛はとても強くなった。そしてみんながお互いを信じてひたすら前を向いて走った。それが結果に繋がり今になったのだ。
「黒子大丈夫か?バテバテだぞ」
「火神くんだってそうでしょう」
「まぁそうだけどさ」
火神の顔には嬉しさがありありと浮かんでいる。その喜ばしい表情を黒子は片目で見ていた。左目はほとんど目として機能していない。目を細めていたら周りは心配するだろう。だから左目は使わないようにして周りを見ていた。けれど分かる人には違和感を感じさせてしまうようで、リコと伊月だけは少し悲しそうな顔で黒子を見ていた。
帰る途中で立ち寄った店で海常の二人との再会を果たした後、まさかの緑間と高尾との再開も果たすことになった。どうやら秀徳は現地解散だったようだ。二人だけ空腹のあまり何処かに寄ることにし、この店に来たというわけである。始めは店を変えようとしていたが、悪天候のため仲良く食事をすることになった。
「にしても勝者と敗者で飯とはねー。マジ運命の悪戯ってやつ?」
「けど変えるわけにはいかないだろう。仕方ない、相席してやる」
高尾の企みで黒子と火神、黄瀬、緑間で四人席を作らされる羽目になったが、食事が終われば解放される。とっとと食べてしまおうと注文しようとした緑間は、あることに気づいた。
「……食べないのか、お前は」
「………夕食があるので」
「腹空かないとかありえねぇわ。あんだけ試合したのにな」
「小食なんですよ」
リスみたいに頬張って食べる火神を優しい眼差しで黒子は見ている。緑間は少し思案した後、目の前にいる黄瀬を睨みつけた。理不尽に睨みつけられた黄瀬は泣きそうな顔でキャンキャンと騒ぎ出す。緑間はそれを見て、ため息をついた。
「お前は本当に駄目な奴だな」
「酷いっスよ!いきなりなんスか!」
「黒子、何が食べたい。お前のことだからシンプルなものが好きだろうが」
「ですから、僕は……」
「お前が勝ったからな、焼いて切り分けるところまでサービスしてやる」
そこで黄瀬は緑間が何故睨みつけてきたのか、その理由が分かった。火神や高尾達は未だにハテナマークを浮かべている。リコと伊月は、はっとして申し訳なさそうな顔で黒子を見た。
「緑間くん……」
「片目で鉄板を扱うのは危険だからな。お前がこれを食べられないのも納得がいく」
黒子の左目はほとんど機能しておらず、目としての役割を放棄しているに等しかった。そんな状態で鉄板を扱うのは非常に危険である。けれど黒子のことだ、人に心配を掛けることを無性に嫌う。だから食べないのが一番楽だと、空腹を我慢していた。黄瀬なら気づいてもおかしくないのだが、試合相手ではなく観客だったからか、そこに注意を払えなかった。緑間も試合相手じゃなかったら失念していたかもしれない。空腹でふらふらしている黒子を帰らせるなど心配で出来はしない。
「ご、ごめんね?気づかなかったっス」
「いえ、構いませんよ。君達が気負う必要は無いんですから」
「つーかそれ、早く言えって。焼いてやったっての」
「すみません、良いムードを壊したくなかったので」
「黒子はこういう奴なのだよ。仮にも現相棒だろう、次からは気をかけろ」
「真ちゃんホント心配性だよな。まぁこれでなんとなく黒子のこと分かったけどさ。黒子の怪我とかいまいち分かって無かったけど、次からは気ぐらいは掛けられる」
「みなさん大袈裟なんですよ。……でもありがとうございます、嬉しいです」
ふわりと微笑んだ黒子に先程までの暗いムードは払拭された。黒子の怪我に関してはこれからも障害として、一生纏わりつくものになるだろう。けれど支えてくれる人達がいれば歩いていける。それが家族だったり仲間だったりライバルだったりと、世界は広がっていく。あと三人、黒子が倒さなければいけない人達はあと三人いる。けれど黒子の中で未来は明るく照らし出されていた。