※黒子ちゃんの家族とか捏造してます(>_<)
「テツナおいで」
汗をかいたユニフォームの上にウィンドブレーカーを羽織った赤司は、黒子に向かって両手を広げるような体制になる。それを見た黒子は喜びを表情に浮かべて赤司に抱き着いた。試合後で暑いというのにウィンドブレーカーを羽織ったのは黒子の着物に汗がつくのを防ぐためである。
「びっくりしたよ。テツナ一人で来たの?」
「はい!征十郎様のバスケが見たかったんです!」
「嬉しいことを言ってくれるね。とりあえず僕達は二泊してから京都に帰る。だから一緒に帰ろうか」
「でも泊まる場所なんて………」
「僕と同じ部屋にしよう。そうすれば大丈夫だよね」
「はい!」
事情を知らない人間から見たらなんとも奇妙な光景である。実渕達でさえ赤司の婚約者という情報しか知らなかった。
「えっと、征十郎様と一緒にバスケをしていた方々ですよね?」
「そうよ。貴女の婚約者様が私達の主将なの」
葉山と根武谷のコミュニケーションスキルは低いので、代わりに実渕が対応をする。一般家庭生まれの実渕にでも黒子の育ちの良さはよく分かった。行動の端々まで教育されているのだろう。赤司にも黒子に近い教育の洗練さを感じる。
「京都から一人で来たなんて偉いわ」
「ホントですか!?」
ぱあっと黒子の表情が明るくなる。褒められて嬉しくなるところは如何にも子供らしい。そんな黒子が可愛くて頭を撫でようとしたが、赤司に止められてしまった。
「黒子の家は髪を重んじていてね。身内と旦那以外触れることが出来ないんだ」
「あら、そうだったの。ごめんなさいね」
「いえ、気になさらないで下さい」
可愛い、可愛すぎる。赤司が溺愛する理由が何となく分かった。歳の差という問題があるような気もするが、お偉い様の世界ではこのくらいの差は当たり前なのかもしれない。テレビの中だけにしかない政略結婚というのを間近に感じた。
「僕は少し監督と話してくる。玲央、テツナを少し頼むよ」
「分かったわ。髪に触る以外で何かタブーはあるかしら?」
「特には無いが念のため何か食べさせる真似は控えてくれ」
出来る人間実渕は些細なことにまで気が回る。葉山や根武谷には出来ない芸当だ。安心して黒子を預けることが出来たので、赤司は監督と話をしにその場を離れた。すると途端に黒子が実渕のユニフォームの端をくいっと掴む。実渕が首を傾げてどうしたの?と聞けば、黒子は瞳をゆらゆら揺らして実渕を見上げた。
「……お邪魔でしたか?」
「え?」
「いきなり来てしまってご迷惑でしたよね。征十郎様だってきっと……」
「テツナちゃん……」
「我が儘で……ごめんなさい」
先程までの笑顔は消え失せて申し訳なさそうな表情になっている。きっと赤司の負担になったと思っているのだろう。此処に赤司がいれば全力で否定して愛を囁くのだろうが、部外者である実渕達に赤司を代弁する権利はない。しかしこのままではいけないのも事情である。何と答えを返そうか思案していた時、黒子の前にしゃがんだのは葉山だった。
「えっとテツナちゃんだっけ。赤司の奴テツナちゃんが来たこと喜んでた」
「それはきっと優しいから………」
「赤司は本心にないことは言わないよ。自分の婚約者なんだから信じなって」
「……ほんと?」
「うん、ホントホント」
頭を撫でることが出来ないので手をぎゅっと握る。葉山の笑顔で少しだけ安心したのか、実渕のユニフォームを掴む手が少し緩んだ。黒子が根武谷を見れば、根武谷もゆるりと笑って黒子を見ていた。
「んじゃ赤司が来るまで俺達と遊んでよっか」
「ダメ、此処から離れたら征ちゃん怒っちゃうでしょ」
「それに赤司もこの娘置いて長居はしないだろ」
「…別に少しくらい良くね?」
「あぅ……もしかして怒ってますか?」
「えっ、いやいや怒ってないからね!二人が融通聞かないって思っただけだからね!」
「……小太郎、テツナに何した」
振り返れば魔王様が不機嫌マックスで佇んでいた。黒子の少し怯えた表情から葉山が何かしたと思ったらしい。黒子は赤司が戻ってきたと分かると実渕から手を離し赤司の元へ向かう。もちろん赤司は万遍の笑みである。しかし抱き着く直前で黒子は動きを止めた。
「テツナ?」
恐らく先程気にしていたことをまだ考えているのだろう。大人の世界に囲まれて生きている黒子は、他の人からの視線や考えに敏感な気質がある。赤司が黒子に伝えている愛は正真正銘の真実だが、黒子の家の生まれだからという理由で、嘘に塗り固められた言葉を周りは投げてくるのだ。もしかして赤司は黒子の家を気にして言葉を選んでいるのではないか、黒子の心配は決して消えることはない。
「……まったく、僕のお姫様は心配性だね」
止まってしまった黒子を赤司は抱きしめる。着物が皺になってしまったような気もするが、そんなものは買い直せば問題はない。言葉だと疑われてしまうから、赤司は行動で愛を示した。
「じゃあ行こうか」
手を握り引くように赤司が歩き出す。これからWC優勝のインタビューなど受けなければいけないので、しばらく東京に滞在することになっていた。けれども今日は試合が終わったばかりなので帰って休むだけだ。赤司は元々一人部屋を確保していたので、黒子が増えたところで問題はない。
「征十郎様、たくさんバスケの話が聞きたいです」
「もちろん良いよ、僕が知っていることなら何でも教えてあげる」
端から見ればまるで兄妹のようである。その温かな背中からはいつもの冷静沈着な赤司は感じられない。かえってその裏表に、実渕達は少し薄寒く感じた。
「テツナ、少し出てくるから待っていてくれる?」
「分かりました」
携帯と鍵を片手に赤司は部屋を出る。このホテルはオートロックなので、黒子が中に入れるか赤司の持つ鍵が無ければ開くことはない。幼い頃からセキュリティ面できちんと教育されているので黒子に関しては問題はないだろう。
「お待たせしました」
「済まないね、急に呼び出してしまって」
「いえ、大丈夫です。けれどもうお帰りになっていたかと思いました」
「なんだ、会場にいたのはバレていたのか」
「残念ながら会場であなたを見つけることは出来ませんでした。けれどテツナが一人で家を出て此処まで来れるように手配したのはあなたでしょうから。だからあなたも会場にいると思っただけですよ」
「相変わらずの優秀さだ。俺も安心して君に妹を預けられる」
「そう言って頂けると光栄です、義兄さん」
赤司が頭を少し下げれば、黒子の兄である辰哉は少し困った顔をした。赤司の家と黒子の家の地位はほぼ対等である。なのに赤司は黒子の兄ということで辰哉を敬視していた。もちろん年上というのも要因だろうが。もう一人兄がいるのだが、ここでは割愛しておこう。
「最近のテツナは少し落ち込んでいてね。だから君に会わせて良かったよ」
「……家の問題ですか?」
「……黒子の家が髪を重視していることは知っているね。名の通り黒子が重んじる髪は本来黒だ。しかしテツナは異例の水色を宿して産まれてきた。君がテツナの婚約者になってくれたから少しは緩和したけどね、未だにテツナを差別する目は多い」
「………」
「この前も酷く言われたようなんだ。だからテツナを元気にするなら君が適任だと思った。……俺の目は間違っていなかったみたいだね」
産まれた当初、黒子は忌み子として周りから蔑まされていた。それでも黒子が生きていたのは、黒子の兄の力が大きかったからだろう。黒子の二人の兄は艶やかな黒を宿して産まれたため、黒子の家を継ぐことは確実だった。そんな二人だからこそ黒子の家の中での発言権が強いのだ。
「しばらくテツナに仕事はないからね。君達が京都に帰るまで任せていいかい?」
「もちろんです。テツナには傷一つつけさせませんから」
赤司が恭しく頭を下げれば、辰哉は赤司の手を握った。大切な妹を愛して守ってくれる存在に、心からの感謝を示すために。
「次会うのは京都だね。それまで妹を頼む」
「………はい」
辰哉が東京に来ていることを黒子は知らない。ましてや此処まで連れてきてくれたとすら思っていないだろう。そもそも重大な権力をもつ黒子の令嬢が簡単に家から出て東京に来れるものではない。そんなことが出来たら黒子に仕える近衛は全員クビである。だから赤司は辰哉が東京に来ていると分かったのだ。道中、辰哉の指示で黒子の見守りをしていた人間がかなりいるのだろう。
「本当に義兄さんはテツナに甘いな……」
長男の辰哉同様に次男もテツナに甘い。この状況を黒子の家はあまり良く思っていなかった。しかし兄の二人と赤司の力は絶大で、軽視することなど出来はしない。
「とりあえずテツナのために東京観光だな。今からでも計画を練らないと」
最近できたスカイツリーに興味津々だったから、行ったらきっと喜ぶだろう。展望デッキは混んでしまうが、赤司の力を使えばどうとでもなる。あとは東京駅の地下街も良いかもしれない。愛する婚約者と楽しく帰れるように、赤司は完璧な計画を練ろうと部屋に向かった。
※黒子ちゃんの兄役で氷室さん登場です。この話では黒子辰哉設定なので、辰哉の方で書かせてもらいました。あと設定の関係上、赤司くんが高1で氷室さん高3です。氷室さんは黒子を継ぐのでバスケしてません。あくまで趣味程度です。もちろん秋田にも行ってませんよ。次男が誰かはお楽しみに★彡