黒子テツヤにとって人生とはただの時間だ。そこには山も谷もなくて、ただただ平坦な道があるだけである。黒子は今までその道をただ歩いてきた。生きるための工夫や努力をした覚えなどない。必要なものは始めから全て身につけていたからだ。黒子がどう足掻いても出来ないことは、最早時を進めたりすることしか無かった。
「けれど別にこんな自分が嫌いという訳ではないんですよ」
「お前は人生がチートイージーコースだからな。なんか大人びすぎてて気持ち悪ぃ」
「……僕の数少ない友人からそう言われると傷つきます」
黒子と笠松は幼稚園からの付き合いだった。周りから一人離れていく黒子を見て、笠松は本能的に傍にいなければと思ったのだ。その時は黒子の異質さを理解していたわけではない。それでも心で警鐘が鳴り響いていた。笠松は知らないかもしらないが、黒子の世界に笠松が現れた瞬間に黒子はとても嬉しくなっていた。自分と付き合ってくれる存在というのに当時の黒子は焦がれていたのだろう。
(君は僕にとっての救いでしたからね……。まぁそんなこと言ったら怒られちゃいますけど)
黒子と同年代で黒子と付き合ってくれている人間は、笠松の他に今吉や宮地などが上げられる。彼らは黒子の異質さを知っていながら離れないでいてくれた人達だ。特に笠松は黒子を普通の人間として見てくれる。それが黒子にとって何よりも嬉しかった。
「あぁ、そういえば宮地から伝言な。なんでもアイツ日本に帰って来るらしい。お帰り会してやろうぜ」
「良いですね、今吉くんも呼びましょうか。笠松くんと今吉くんの料理美味しいので楽しみです」
にこりと笑った黒子はまるで天使のようだ。笠松は柄にもなく素直にそう思った。普段から奥手な笠松だが黒子に対してなら感情をそのまま表に出す。そうしないと黒子が不安がってしまうからだ。子供のようだと思わず笑ったこともある。
「そういや帝光中全中優勝したんだってな」
「はい。元々強豪ではありましたけど中々優勝まではいかなかったんですよ。だから彼らの才能は凄いと思います」
「そうか。……で、“ご褒美”やるんだろ?」
「えぇ。既にあげてしまいました」
二人の言うご褒美というのは、黒子が持つ才能のお裾分けを意味している。本来人間が持てる才能というのは一つ二つが限度であるのだが、異端児である黒子は才能のキャパシティが無い。簡単にいえば全てに関する才能を無限大に持っているのだ。分かる人なら安心院さんを想像して欲しい。そして黒子のもう一つの才能は、その才能を分け与えることが出来るということだ。もちろん分け与えた才能が黒子から消えるわけではない。だから幾つ配布しようと黒子自身が損なわれることは無かった。
「彼らとは全中優勝で約束をしましたからね。来年も出来たらもう一つあげる予定です」
「ホント切り売りが激しいな………」
黒子はそういう体質だからか才能に対して執着というものがない。一つの才能に対しての感情が低すぎた。だから欲しいと言われたら簡単に渡してしまう。それが笠松にとって残念でしかなかった。笠松は黒子にもっと普通に生きて欲しいのだ。それは今吉も宮地も同じである。
黒子が四人にあげた才能は《先読み》と《絶対防御》、《変幻自在》と《不可侵》だった。どれが誰に対してかというのは改めて説明する必要は無いだろう。
《先読み》は体格に恵まれなかった赤司が欲したものだった。肉体的な限界に行き着いた彼は、技術的な面での飛躍に目をつけたのだ。元々先読みの才能を赤司は持っていた。その才能を更にパワーアップさせたのが黒子の与えた才能なのである。結果《先読み》を備えた赤司の前では全てが無に帰すことになった。しかしこの才能は扱いがかなり難しい。中一の全中で与えたとしても、中二の全中までに完成した才能を使いこなせているかも疑問だ。それでも赤司はきっと努力するのだろう。
紫原に与えた《絶対防御》は実に紫原らしいと言える。負けず嫌いである紫原の意地は、決してボールを通したくないという気持ちに通じていた。だからその体格を活かしたプレイスタイルを与えたのだ。そんな紫原にとって一番の問題は体の強度だった。《絶対防御》を使いこなすだけの体がまだ出来ていない。黒子は彼らのコーチだ。だから彼らの未来を潰すようなことは決してしない。
青峰に与えた《変幻自在》は、青峰の「コートの中で誰よりも自由に動きたい」という気持ちを反映させたものだ。枠にセオリーに捕われない青峰のプレイは、これから青峰にとって一番の武器になる。黒子は青峰の中に帝光バスケ部エースの面影を見た。誰にも止められない奪われない、青峰はきっとそんな選手になるのだろう。
最後に緑間に与えた《不可侵》、これは緑間独自のスタイルになるであろう高ループのシュートを示している。本来シュートはループが高くなる程命中精度が下がるものだ。それを敢えて高くしてその上百発百中にする。恐らくこの技は緑間にしか出来ない。前述の三人も同じなのだが、四人は元から持っている才能の域値が高い。だから黒子が才能を与えるといっても、それは四人の才能を効率良く使えるための工夫をしてあげるだけなのだ。そして緑間は最初から空間把握能力がずば抜けて高かった。だから高ループのシュートを打っても落ちない。見事な距離把握能力である。
「でも大丈夫か?」
「笠松くん?」
「いや、そいつら元から凄いんだろ。そんな奴らにお前が手を貸したら鬼に金棒っていうか……他との差が開き過ぎるんじゃないか?」
その時の黒子は四人を少し軽視していたのかもしれない。笠松にでも分かるような未来を、黒子は来ないだろうと否定視していた。たとえ四人の才能が凄いといってもそのような事態にはならないだろうと。この時の笠松の言葉をもっと気にしていたら、この先の未来は回避出来たかもしれないのに。
「……全中二連覇おめでとうございます」
黒子は部員からの信頼が高かったので、引き続きコーチを受け持っていた。二年になってからの黄瀬の入部で、黄瀬を含めた五人は次第にキセキの世代と呼ばれ神聖視されていく。それでも純粋でいられたのは、まだ五人が他より少し上手い程度で収まっていたからだろう。灰崎の退部など色々あったが、帝光バスケ部は無事二連覇を果たしてしまった。
「黒子っち聞いたっスよ!優勝したらご褒美くれるんスよね?」
「がっつくな涼太、見苦しいぞ」
「黄瀬ちんうざい〜。黒ちん引いてんじゃん」
「えっ嘘!?黒子っち引かないで!」
「いえ……別に引いてなんか………」
引いてなどいない。ただ予想外過ぎて黒子は内心ものすごく焦っていた。笠松が言っていた通り黒子は人生チートイージーコースで走ってきた自覚がある。その要因として、黒子は何となくだが先のことが読めていたのだ。あの教師は次に誰を指名するだとか、あの女子はそろそろあの男子に告白するなとか。だから黒子は人生を楽に生きてきた。
そんな黒子が五人の成長スピードを読み違えた。黒子の予想を遥かに超えるスピードで五人は先を歩いていく。あと一年、いや下手をしたら半年程で彼らの才能は完全開花するだろう。そうなったら彼らを止める術はほとんど無くなってしまう。もしそうなった場合、責任は100%黒子にある。
「笠松くん笠松くん笠松くん……」
全中が終わって一人になった時に、黒子の手は無意識に笠松を求めていた。指が震えるだなんて初めての出来事だ。
「はい、もしもし」
「笠松くん!ど、どうしましょう……僕は…僕は…」
「落ち着け!今何処にいる?」
「……みんなと別れて家にいます」
「すぐ行く、待ってろ」
笠松が到着するまでの間、黒子はひたすら震える体を抑えるために腕を摩っていた。なにかしていないと駄目になりそうなのだ。とにかく何かしていないと―――。
「……事情は分かった。で、お前二連覇の褒美はやったのか?」
「……断れなくて」
「お前馬鹿か!?開花を早めることしてどうすんだよ!!」
語調が荒ぶるのは最早仕方なかった。びくりと肩を震わせるが、今の状態ではそれに加護欲は湧かない。ただただ黒子のしたミスに頭を悩ませるのみだ。
「とにかく……もうそいつらをどうこうするのは無理なんだろう」
「………はい」
「だったら外から攻めるしかないだろ」
「…外?」
「お前の才能を有能な奴に与えていく。そうすれば全体の底上げになるだろ。全体レベルが上がればあいつらとの差も少しは埋まる」
「けれど有能な選手って………」
「色んな試合行ってお前が直々に査定しろ。労力云々言い出したらシバくからな」
「い、言いません!頑張って探してきます!」
「じゃあこれ行けよ。ストバスの大会があるらしいからな」
「………ありがとうございます」
「困った時はお互い様な。まぁこれに懲りたらお前も少しは落ち着け」
笠松はきっと黒子の両親よりも黒子に対して親身になってくれている。笠松の存在無しでは黒子はもう過ごせないかもしれないくらいに。黒子と笠松との間には依存とは違う距離感があり、それを理解しているのは今吉と宮地だけだろう。
「本当にありがとうございました」
「ったく……少しはしゃきっとしろ!お前はもう社会人だろうが」
「………そうですね」
立ち止まって目を塞いだらそこで終了だ。黒子にはやるべきことがあるのだから。それを完遂するまで黒子の業は消えない。たとえ取り返しがつかなくなってしまっていても、黒子が逃げるわけにはいかないのだ。
こうして黒子は様々な場所を巡って様々な才能を見つけだした。俯瞰による空間把握能力を持った者、リリースまでの時間が異常に短い者など。その中で一つの技に長けている五人を無冠の五将と呼んだ。キセキの世代と呼ばれた彼らには及ばないが、それでも彼らは確かに才能がある。そして友人であるアレックスから紹介された二人の男。アメリカまで行って見た黒子には分かった。一人はキセキの世代と並び立つ程の才能を持っている。もう一人は残念ながらそこまでの才能は持っていなかった、所謂秀才だ。ただ彼からはバスケを愛する気持ちが誰よりも感じられた。
「絶対に彼らを孤立になんかさせません」
黒子が手を貸した人達がもうすぐ同じコートに揃う。たとえキセキの世代の才能が秀でていたとしても、それを囲む選手は生半可なものではない。そうなるように、黒子はキセキの世代が全中二連覇してからひたすら力を注いだのだ。
そして帝光中は全中三連覇を果たし、帝光中開校以来の偉業を果たした。そのことに対してバスケ部は表彰されたが、キャプテンである赤司以外はつまらなそうな顔をしている。黒子はその頃バスケ部コーチを辞めていて、バスケ部との関わりを絶とうとしていた。
「あと半年で春ですね―――」
黒子の努力が実を結ぶのかは誰にも分からない。それでも黒子は、昔のような五人にもう一度会いたかった。
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ちなみに全中二連覇後にあげたご褒美はこちら
→緑間くん……オールコートをシュートレンジとしたシュート(すごく難しい技だから練習とかがたくさん必要で、完成したのが高一という設定)
→青峰くん……ゾーン(自分の意志で入れるようになるのは中三終わりくらい)
→黄瀬くん……完全模倣の調整や補完(当初は荒削りな才能を酷使していたのでその辺りを効率良く補正)
→紫原くん……面倒臭いからという理由で辞退
→赤司くん……キャプテンとしてのカリスマ性(バスケ技術は眼で十分なため部を率いるだけのカリスマ性を所望)