「由々しき事態だ」

帝光バスケ部部室にて、赤司を筆頭にキセキの世代の五人が一つの机を囲んで、何やら深刻な面持ちで立っていた。時期は帝光バスケ部が全中三連覇を果たした時だ。帝光理念である勝利のみを追ってチームなど無かった。各々が個人技で点をひたすら取っていく、事務的作業だった。

「お前達、これが何か分かるか?」

赤司がブレザーから取り出したのは一枚の紙。そこに印字されている文字に黄瀬は目を見開いた。だってその紙は彼から一番遠いものだと思っていたからだ。

「………退部届け?」

「正解だ」

そこに書かれた黒子テツヤという文字は紛れも無く黒子の筆跡だ。黒子のノートを借りる常連である黄瀬や青峰にはすぐ分かった。緑間も図書館で使用している貸出カードで黒子の字は見慣れている。

「これが今日部室の机に置いてあった。まぁ個人で行うバスケに耐えられなかったんだろう」

黒子が嫌いな個人バスケを最初に始めたのは青峰だ。それを青峰自身よく理解している。周りとの力の差が開きすぎてどんどん色褪せていく感触を、青峰は決して忘れない。

そんな沈黙の中、五人は同じことを思っていた。

(やりすぎた……!!)



軽くなった鞄を持って、黒子は愛読書片手にゆっくり登校していた。練習着やタオル等が無くなると鞄は凄く軽くなると、中学に入って初めて黒子は感じた。しかしこれから半年はこの感触がずっとなのだ。どこか物寂しい感じもするが、自身が決めたことなのだから仕方ないと諦めを感じた。

「あっテツ!!」

「……ん?」

昇降口から駆けて来るのは間違いなく青峰だ。全中が終わり引退だから部活の物が無くてもおかしくはない。―――まぁ青峰の場合練習に参加しなくなった為今に始まったことではないが。しかし才能が開花する前の輝かしい笑顔は、ここ最近で全く見たことが無いものだ。それを存分に振り撒きながら青峰は黒子の元まで来て、頭をくしゃりと撫でた。

「何だよ、お前いつもより来るの遅くね?」

「えっ……その、寝癖が直らなくて……」

「テツの寝癖ヤベぇからな〜。あっそうそう、テツ英和辞典持ってるか?1時間目に使うんだけど忘れた」

「君は寝ているんだから問題無いでしょう。……青峰くん、何か悪いものでも食べました?」

「悪いものってさつきの料理とか?んなの食べるわけねぇじゃん。アレは料理じゃねぇ、殺人兵器だ」

「確かに桃井さんのはアレですが……」

おかしい、青峰はグレて荒んで完全に不良化した筈だ。部活にも学校生活にも、青峰はいつも退屈さを出していた。それを黒子は誰よりも近くで見ている。なのに何故か青峰が豹変していて、黒子は何が何だか分からなくなった。

「青峰くんどうしたんですか?俺に勝てるのは俺だけだ、じゃなかったんですか?」

「なんだよその病んだ台詞、俺がそんなこと言う筈ねぇじゃん」

青峰大輝本日最大の迷言、どうやら明日は槍が降りそうである。



青峰の才能の開花三日前、バスケ部部室で緑間が急に変なことを言い出した。練習のハードさで頭がやられてしまったのかもしれない。

「黒子は猫みたいだと思うのだよ」

ワイシャツの釦を留めながら急に言い出すものだから他の四人の手も止まる。黄瀬なんか手にしていた携帯を見事に落とした。そして四人が疑念に満ちた目で緑間を見た。

「ど、どうしたのみどちん?」

「そうっス、緑間っち変なこと言わないでよ」

「しかしお前達もそうは思わないか?」

黒子は自分から人に擦り寄るということをあまりしない。大抵は黄瀬や青峰辺りが黒子に構って構ってしている。しかし時々、何を思ってか黒子から擦り寄る時があるのだ。そういう時は相性が悪い云々言っている緑間にでさえ、ぎゅうっと抱き着いてくる。何か悩みごとがあるのかと疑問に思うが黒子が理由を話すことはない。だが貴重な甘えた黒子も長くは続かず、すぐにいつものクールに戻ってしまうのだ。その一連の動作がまるで猫のようだと、緑間は密かに思った。人を疎く思っている癖に気分屋で態度がころころ変わる、まさに黒子を表している。

「テツヤが猫ね……。まぁ確かに猫だな」

「そうか?俺はハムスターに見えるけど」

「しかし猫だと困ってしまうな」

「赤ちん?」

「猫は構いすぎるとその人間を嫌いになるって言われているんだよ。だからテツヤ大好きのお前達は簡単に嫌われるね」

「テツに……嫌われる?」

「黒子っちに……嫌われる?」

黒子に懐いている一位と二位の表情が一気に暗くなる。青峰が元が浅黒いため分かりにくいが、黄瀬の顔色は真っ青になっていた。予想外の二人の反応に三人は思わず少し固まってしまう。猫の特徴を述べただけなのに、緑間の黒子が猫みたい発言で猫=黒子状態になっているのだろう。だから猫に嫌われる=黒子に嫌われるという考えになっていて。まったく馬鹿な奴らだと内心赤司が笑っていたのだが、赤司の言った言葉が二人を大きく変えてしまったことには気づいていなかった。



「いいかお前達、ここからはいかにして僕達の株を戻すかに懸かっている」

時は退部届けを五人が囲んでいた時まで戻る。五人の目は真剣だ。なぜならここでしくじった場合、五人に待っているのは暗黒未来だからである。言い過ぎと思われるかもしれないが、黒子が五人の前から去るなど暗黒未来としか言いようがないだろう。ずっと一緒にいることは無理かもしれない。それでも仲違いという離別だけは嫌だ。

「まず大輝、お前はとにかく戻れ。グレ峰なんて始めからいなかった、いいな」

「了解ボス!」

「よろしい、それからボスではなく主将と呼べ」

青峰がグレ峰になってしまった理由―――確かに才能の開花も原因の一つではあったが、他に“テツから離れなければ”という気持ちがあったのも事実だ。構いすぎると嫌われると赤司に言われて、青峰は黒子が自分を嫌うのではないかという疑念に包まれた。いや、嫌われなくてもウザいと思われるかもしれない。そうした心配から青峰は黒子と少し距離を置こうと考えた。それがなんやかんや面倒臭いことになり、結果こんな感じになってしまった。何故だろう……解せぬ。

「次に真太郎、お前はとにかくツンを消せ。テツヤにはツンデレなんていう芸当は通じない」

「分かったのだよボス」

「……だからボスではなく主将と呼べ」

緑間のもつアイデンティティの一つであるツンデレ。可愛らしい女の子がツンデレならば良いのだが、190cm超えの男子のツンデレなど可愛くもなんともない。需要があるのは一部の女子生徒諸君のみだろう。そんな偏った需要のツンデレが黒子に通じる筈もない。結果黒子にとって緑間は苦手な男子認定である。

「次に敦、お前はテツヤと会ったらお菓子をあげろ。お前とテツヤは妖精と天使だから何も問題はない」

「ん〜分かったボスちん」

「………」

部活を除いた学校生活で一番黒子と仲が良いのは恐らく紫原だ。青峰がまずバスケ以外の全般が合わない。緑間はツンデレが通じず苦手認定されている。黄瀬は思いが一方的すぎた。そして赤司は絶対王なので仲が良い云々の問題では(黒子にとって)ない。そうなると、お菓子好きという同じ趣味をもっていて癒しである紫原の一人勝ちであるわけだ。

「さて、最後は涼太か。お前はデフォで犬だからそれを推していこう。ただ妖狐のようなヤンデレ要素は消せ」

「あいあいさー!ボスっち!」

「死ね涼太」

「えっ!他と態度違いすぎっスよ!」

黒子に懐く様は大型犬のようだといっても過言ではない。耳と尻尾が見えてしまうのはそれ故なのだ。そして黄瀬は犬にある忠誠心というものを黒子に対して持っている。黒子のためになることなら手を汚すことすら躊躇わないだろう。黄瀬は愛犬から忠犬へ、番犬から狂犬へなりつつあった。それを押さえろと赤司は言っているのだ。痺れを切らした黄瀬は黒子を監禁するという手に出る可能性がある。

「“個人プレイでテツヤのパスは必要が無くなった”なんて事実はない。あるのは“僕らが仲良しすぎて困ってしまうくらいだ”という事実のみ。お前達、都合の悪いことは無かったことにしろ」

「了解しました我が主将!!」

「よし、それでこそ僕の部下だ」

こうしてキセキと離別したという事実は無くなった―――キセキ達の中での話であるが。しかしこのことが上手くいくとお思いだろうか?………結果としてキセキの行動に疑問を持った黒子は次第にキセキから離れようと思い始めた。はっきり言って気持ち悪かったのだ、意味が分からなすぎて。だから五人の努力は無駄になってしまった。それでも五人が可哀相だと思えないのは自業自得だからかもしれない。

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