(38.7℃……見事に熱が出ましたね……)

昨日から怠いと思っていたが、どうやら風邪を引いていたらしい。黒子は体温計を眺めてもう一度溜息をついた。しかし溜息をついたところで熱は引かない。とりあえず今日は学校を休もうと、黒子は火神に連絡を入れた。本来なら自分で直接伝えるべきであるが、黒子は教師からの評判は良い。たとえ火神越しだとしても信じてもらえるだろう。

(でもご飯用意しないと……、そろそろ赤司くん起きちゃいますね)

本来ならば今すぐにでも休むべきだが、五人を放って置くことが黒子には出来なかった。恐らくあの五人には五人分の朝食を用意することなど無理だからだ。とりあえず五人を送り出してしまえば大丈夫だと、黒子は辛い体を叱咤してリビングへ向かった。



「………味付け変えた?」

怪訝そうな表情までとはいかないが、少し曇らせて赤司が問う。それは四人とも思ったようで、四人も少しだけ暗い表情をしていた。対して黒子にはそういう認識が無かったので素直に驚く。きちんと味見はしたのだが変なのだろうか。

「いえ、味付けは特に。味見はしたのですが変でしたか?」

「んー、変っていうか濃いなぁって」

「テツって味付け割りと薄味派じゃん。だからなんか変な感じするわ」

「………今日濃いめでしたか。それは気づきませんでした」

素直に謝罪されれば五人の立つ瀬が無くなってしまう。味付けが濃かろうと薄かろうと、自分達は関与していないのだから強くは言えない。黒子が毎朝早く起きて作ってくれること自体にとても感謝しているので、五人は追及はやめて食事に戻った。最後に机についた黒子が食事に手を付ける。それでも黒子にはいつもの味付けに感じていた。



『あっ、もしもし黒子?お前大丈夫か?』

五人を見送った後、黒子はすぐにばたんきゅーしてしまった。しかしそれでもなんとかベッドに潜り込むことには成功した。その時携帯のバイブがブルブルと鳴り出したのだ。時間はまだ始業前、電話主は火神である。

「すみません……メール見てくれました?」

『見た見たって。で、お前は大丈夫なのかよ?看病してくれる奴とかいねぇんだろ』

「………学校休んだら承知しませんからね」

『授業も大事だけどお前の方が大事なんだって』

「………よくそんな天然タラシの台詞を言えますね」

流石帰国子女と言わんばかりに火神は物事にアタック精神がある。その一つとして物事へのストレートさなどが上げられる。思ったことを包み隠さず言うものだから、恥ずかしくなるのは聞いている側なのだが。

「大丈夫ですよ、寝ていればこんなの治っちゃいますから。それにあの子達が帰るまでに治さないと」

『今日ぐらいガキ共放り出したって良いんじゃねぇの?無理するから風邪引いた訳なんだし』

「……あの子達だけに家を任せるのは心配なので」

食事に関しては買ってきてもらえばいいのだが、黒子はなるべく五人に惣菜慣れさせたく無かった。 五人には人が作ってくれる手作りの味を覚えて感じて欲しいのだ。境遇が恵まれなかった彼らに人の温かさを黒子は教えたかった。

『ったく……お前ってホント強情だよな。分かったよ、早く寝ちまえ』

「ノート、代わりにお願いします」

『………頑張る』

通話を切って携帯を枕元に置く。すると途端に睡魔に襲われた。どうやら体は欲求に正直のようだ。五人が帰るまで少なく見積もっても六時間はある。それまでに治せるように、黒子は布団を被って床に就いた。



(………電話出ねぇ)

部活が始まる前に、火神は黒子が心配だったので電話を掛けた。しかしコール音が続くだけで待っている相手が出ることはない。寝ていて気づかないだけならば良いのだが、どうにも何かもやもやしていた。

「火神どうした?なんかそわそわしてんぞ」

「あっ、いや……黒子が電話出ないから………」

「寝てるだけなんじゃないの?」

「そうなら良いんすけど………」

火神の勘はよく当たる。その勘が火神に違和感を訴えていた。もしかして電話に出れない程黒子の具合が悪いのかもしれない。そうだとしたら、その状態の黒子を五人が介抱するのは難しいだろう。介抱してもらう側がいきなりする側になっても出来るかどうか。パニックを引き起こす可能性もある。

「行ってこいよ」

「伊月先輩……」

「黒子が心配で練習に身が入らない。それで怪我でもしてみろ、悲しむのは黒子だぞ」

「―――すみません!ちょっと行ってくるです!」

着替えかけていたが制服を改めて着直す。荷物を乱雑にスポーツバッグに詰めて、火神は体育館を急いで出た。家に何があるのか分からないので途中でお粥の材料を買うのを忘れずに。黒子の家は行ったことが無いが、近くまで来たことはあったので大丈夫だろう。いざとなったら黒子という表札を探せばいい。

「あった……」

大きな一軒家だった。本来なら二世帯で住むような家なのだろう。けれど結局六人で使っているのだから、実質二世帯と変わらないかもしれない。

「って……俺黒子んちの鍵持ってねぇし」

インターホンを鳴らすが案の定返事はない。黒子と火神は合い鍵を持つような関係ではないので困ってしまった。

(……鳴らしても出ないってことはガキ共帰ってないのか………)

以前五人がバスケをしていると黒子から聞いたことがある。とても上手くて輝かしい五人が誇りであるとも語っていた。中学生の通常帰宅時間が何時なのか火神は知らない。ただ強豪らしいからきっと練習に力を入れていることは容易に分かる。もしかしたらまだ部活なのかもしれない。

(帝光中だったっけ……って何処だ?)

どうすることも出来ない火神は待つことしか出来ないので家を背に座り込んだ。定期的にインターホンを鳴らせば黒子が気づくかもしれない。それか五人が帰って来るだろう。その時までがそんなに長くないことを火神はひたすら願っていた。



「………誰かいる」

赤司の目が人の姿を捉えた。赤司と同じ赤の髪をもつ人間に心当たりはない。四人にも確認したが知り合いではなかった。五人の知り合いでなければ黒子の知り合いということになる。

「あの……どちら様っスか?」

「あっ、やっと帰ってきた。つうか今の中学生って帰宅時間こんくらいなんだな」

「家に何か用で?」

「いや黒子の奴が風邪引いたって言うから見舞いに。さっきからインターホン鳴らしてんだけど出ねぇんだよ。だから鍵開けてくれ」

「……テツナの知り合いだという保証は?生憎と知らない人間を家に上げる程警戒心は低くないが」

「うわっ面倒臭ぇ。いやまじでそういうこと言ってられる事態じゃねぇかもよ。連絡が全く取れないのって中で倒れてんじゃ……」

「っ!!」

ポケットから鍵を取り出して赤司が開ける。ただ慌てすぎて赤司の手は震えていた。そのまま靴を乱雑に脱ぎ捨てて中に入る。リビングに続く扉を開けるが誰もいなかった。続いて黒子自身の部屋に向かう。鍵のかかっていない無用心な部屋に入ると、床にばたりと倒れている黒子の姿が目に入った。

「テツナ!!」

駆け寄った赤司が黒子の背を支えるように起こす。意識が朦朧としているのか、黒子は譫言を口にするだけで目の焦点が合うことは無かった。

「早く何とかしないと―――」

「いきなり行くな一回落ち着け。ったく、準備してくるから黒子はベッドに寝かせとけ。そこの黄色と緑、物の場所とか分かんねぇから教えてくれるか」

「……分かったのだよ」

「あと、黒子寝かせたら着替えさせるから着替え用意してくれると助かる」

「敦、棚から一式出してくれ」

「了解」

赤司と紫原と青峰が黒子の元に残り、黄瀬と緑間が火神と共に準備をする。てきぱきと支度をする姿に、五人は自身達がどれほど無力かを思い知った。

「あの……もしかして火神さんスか?」

「そうだけど……黒子の奴何か言ってたか?」

「大切なエースだって言ってた」

「……大袈裟なんだよコイツは」

火神の黒子をみる目はとても優しい。まるで恋人のようである。その様子に赤司は隠すことなく苦虫を噛み潰したような表情になった。自分達の大切に虫が寄り付くなど考えたくもない。黒子はいつも五人にとって唯一で至上なのだから。

「あれ……火神くん?」

「起きたか。今お粥持ってくるから待ってろ」

お粥を運ぶために火神がリビングへ向かう。その間に五人は擦り寄るように黒子の傍へ来た。

「ごめんテツナ。テツナが具合が悪いことに気づかなかった」

「良いんですよ。僕が隠しただけですからね」

黒子が赤司の頭をぽんぽんと撫でる。その気持ち良さに赤司は目を細めて布団に顔を埋めた。次は紫原、次は緑間というように黒子は五人の頭を撫でていく。まるで本当の姉弟のような温かい風景に、戻ってきていた火神は和やかな気持ちになった。始め黒子が五人を引き取ると聞いた時、火神は正直反対の立場だったのだ。黒子に五人の面倒を見るだなんて到底無理だと、火神は黒子の決定を押し止めた。―――最終的には黒子の押しに負けたのだが。だが今、黒子が五人を引き取って良かったと火神は思っていた。

「とりあえずお粥はまだ残ってる。そいつらに一通り看病の仕方教えたら帰るわ」

「何から何までありがとうございます火神くん。君達もお礼を言わなきゃダメですよ」

「………ありがとうございました」

渋々といった言い方であるが、火神はなんだか嬉しくなって五人の頭をわしゃわしゃと撫でた。黒子とは全く違う撫で方であるが、優しさというものがひしひしと伝わってくる。まるで兄のようだと、五人は内心でそう思った。

「じゃあ黒子、早く元気になれよ」

「はい、早く元気になりますね」

五人は看病について教わるために火神と共にリビングへ向かった。全員がいなくなったのを見計らって黒子は大きく息をつく。五人や火神に伝えていなかったのだが、黒子は元々体が強くはない。だから季節の変わり目などに体調を崩すことなど頻繁だった。そしてそのたびに引き取ってくれた人達は優しく黒子を看病してくれた。

(やっぱり人がいてくれるのは良いですね……)

人肌が寂しくなるとはまさにこのことなのだろう。早く治さなければと思う半面、構ってくれて嬉しいだなんて考えている自分がいた。しかしそれではみんなに迷惑をかけてしまう。だから黒子は少し寂しいが、早く治すために布団に潜った。

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