黒子の死が五人に告げられたのは、黒子が病院に搬送されて1時間後のことだった。始めから即死だろうと思われていたが、医師達が懸命に処置をしてくれたからである。バスケ部の練習はもちろん中止になり部員は家に帰された。仲の良かった五人のみが病院に行ったのだ。救急車に乗ることは出来なかったので走ったため、病院に着く頃には汗だくだった。
「自殺……ですか?」
「えぇ。黒子くんはどうやら屋上から投身自殺をしたようですね」
警察が告げる事実を五人は信じられない。なぜなら黒子が自殺をするなどとは考えられないからだ。いつもひたむきにバスケと向き合っていた黒子を容易に思い出すことが出来る。五人の記憶の中には黒子が自殺する原因など一つも無かった。
黒子が自殺を図ったのは青峰が開花する前日である。そのため黒子が自殺した理由を五人が知る筈も無かった。まさか黒子が未来を知っていてそれに絶望したからなどとは誰も思わないだろう。
「何か自殺の原因など心当たりはありますか?」
「全くありません。部活だって何にも………」
「まぁ中学二年生ですからね、多感な年頃でしょう。交友関係や……いじめとかは?」
「………」
レギュラーに昇格した時かなり嫌がらせを黒子は受けていた。これに関しては黄瀬を除く四人が認める。しかしそんな嫌がらせは昇格直後の話で二年になった今では無かった筈だ。仮にあったとしたら番犬兼猛犬の黄瀬が黙っていないだろう。もちろん赤司達だって黙っていない。
「とにかく何かあったら連絡を下さい」
そう渡された名刺を見て、赤司はこの番号に掛けることは無いと思った。
「黒子っちが死ぬなんておかしいっス……」
病院からの帰り道、何となく気持ちが煽られて五人は部室へ向かった。黒子との思い出がいっぱいに詰まった部室にいると息が苦しい。それでも黒子を忘れたくなくて、感じていたくて、五人はただその場にいた。そんな中黄瀬が発した言葉に、四人の視線が黄瀬に向く。黄瀬は臥せていた顔を上げて、四人の目を見て言った。
「だって黒子っちに死ぬ理由なんて無かったっス!!みんなだってそう思うっスよね?」
「それについては同意だ。だが現実黒子は自殺をしている。……俺達の知らないところで何かがあったとしか思えないのだよ」
「紫原、テツと同じクラスだったろ。何か変なとことか無かったのかよ」
「………あったら言うに決まってんじゃん」
「お前達、少しは落ち着け。そのことについては僕達が話したところで無駄だ。だからこそ、僕達は違う方面から動かなければいけない」
赤司の言葉に四人の視線が集まる。赤司の中に真実が見つかるという確証は無かった。しかしそれでも見つけなければならない。黒子が何故死という選択を選んだのか、選ばされたのか。
「とりあえず今日は帰宅だ。お通夜に関して後日僕から連絡する、いいな」
有無を言わさずに赤司は四人を率いて学校を出る。当然の如く部活は中止だ。学校に残ったところで意味など無い。
「何かテツヤに関して思い当たることがあったら僕に連絡をくれ」
それだけ言い残して、赤司は校門前で解散させた。いつもなら一緒に帰るが今はそんな気分になれない。四人も同じように思ったようで、五人はそれから話すことなく帰路についた。
―――次の日の朝のニュースで、有名私立中学の生徒が六人亡くなったという事件が報道された。
「へぇ、とりあえずみんな同じ体験をしたみたいだね」
くるくると指先でボールを回しながら、赤司は目を細めて三人人を見た。この場に黒子はいない。黒子は今図書委員会の仕事で図書館なのだ。四人は秘密会議をするために部室に集まっていた。ちなみに緑間は黒子を部室へ近づけないためのお目付け役だ。
「えっと、とりあえず俺達は過去に戻ってきたってことっスか?」
「そうとしか考えられねぇだろ。現に日付戻ってんだし」
「びっくりしたよね〜ホント」
もしゃもしゃとお菓子を食べ続ける紫原に緊張感はない。しかしそんな紫原が、この世界で黒子を見て最初に泣き出した張本人だった。幸い黒子には見られていなかったので問題にはならなかった。
「にしても全員が自殺とか笑えねぇ……」
「ちょ、青峰っちだってそうだったくせに!」
「テツがいねぇ世界とか地獄じゃん」
黒子の死の真実を暴こうと決心したにも関わらず、結局黒子のいない世界に耐えられず五人は自殺という手段をとった。青峰なんて別れた直後に道路へ自ら踊り出たのだ。その後黄瀬は歩道橋の上から黒子と同じ飛び降りをした。黄瀬が言うには、「黒子と同じ死に方をしたら黒子の気持ちを理解出来る」と思ったらしい。緑間は帰宅後直後に両親にお礼を言い、部屋に鍵をかけ首吊りをした。両親が夕食を食べに来ない緑間を心配して部屋に向かい、返事が無いことに恐怖を感じて扉をぶち破ったようだ。その時点で緑間は完全に息を失っていた。紫原は睡眠薬の大量投与で危険な状況まで陥り、そのまま息を引き取った。元々紫原は体格がとても良い。適性投与数を少しくらいオーバーしたところで大して影響はないのだ。だからこの時紫原が投与した数は瓶の半分ほどだったらしい。赤司は四人の死の連絡を聞いたあと、にこりと笑って首を掻き切った。もしかしたら赤司は分かっていたのかもしれない。四人がこの世界に耐え切れなくて退場する可能性を。それを示すかのように、赤司の部屋は綺麗に整頓されていた。
「どうして僕達が過去に戻ってきたのか、そんなことはどうでもいい。お前達、やるべきことは分かっているだろうな」
「黒子っちが自殺した原因を調べて、それを消すんスよね」
「けどホントにテツが嫌がらせとかに遭ってたのかよ。俺達ずっとテツといたけど気づかなかったぜ」
「……もしかして家族に問題があったとか?黒ちんあんまり家の話とかしなかったよね〜」
「家庭環境に問題か……。テツヤの母親には会ったことはあるが父親はないな。大輝や涼太は?」
「テツの父親なら会ったことあるぜ。けど普通だった、何か一般的な父親をそのまんま形にした感じ」
考えても黒子が自殺した原因に行き着かない。ならばこの世界で原因を見つけなければ。そうしないと黒子はこの世界でも自殺という手段を選んでしまうかもしれない。そうなれば五人もまた自殺するのだろう。
「テツヤが自殺する日までかなりある。それまでになんとしても見つけるぞ」
手にしたボールを無造作に投げる。緑間ではないがボールは綺麗な弧を描いて、そのまま籠に吸い込まれていった。
「最近みなさん過保護過ぎません?……僕何かしました?」
バニラシェイクを啜りながら黒子は青峰に問う。青峰を見上げる黒子の瞳は純粋に疑問を訴えていた。確かに部活の際、授業の際、休み時間の際、五人は必ず最低一人黒子に付けるようにしている。黒子から見たら、それが過保護と見えたのだろう。
「だってテツ、存在感無さ過ぎですぐ何かに巻き込まれんだろ。それが心配なんじゃね」
「君達は僕を何だと思っているんですか。今までちゃんと生きてきたんですから大丈夫です」
そんなこと言う癖に自殺すんじゃん、青峰はそう言いたかった。しかしそれがタブーだということは流石に理解している。現に赤司からきちんと口止めもされていた。
「まーお前が心配なだけなんだし甘えてろって」
「むむ……」
気にしすぎだと黒子自身思ったらしい。現に五人が過去に戻ってきた時点より前から、五人は黒子のことを可愛がっている。結局それ以上追求することは無かった。
それなのに五人は黒子の死を止めることが出来なかった。まず黒子の死の原因が分からない。学校関係家庭関係どちらも調べたが問題など見つからなかった。黒子が内面で溜め込んでいたのかと探りを入れてみても判明しない。本人に聞いてしまいたい気持ちでいっぱいだが、そんなことをしたらどうなるか分からない。
黒子の死は毎回違った。最初は投身自殺だったが次は自宅での首吊りだった。その違いに意味があるのかは分からない。ただ学校内では五人がべったりいたので、自殺だなんて暇を与えなかったのは事実だ。もしかしたら学校では出来ないと悟って家でしたのかもしれない。黒子の家に泊まりたいと主張した日もあったが、次の日が試合ということもあって叶わなかった。よく考えれば試合なんてキャンセルしてしまえばいい話だが、監督やコーチがいる手前そんな無理は利かない。
そんな苦痛の中、五人は五回目の世界に来ていた。そして今日が黒子の死ぬ日だ。ひたすら原因を探したり阻止しようとしたが結局ダメだった。そんな時に黒子から五人への呼び出し。そして黒子の口から語られた真実。どれも納得して理解出来てしまうもので、黒子が死へ歩き出しているのに引き止めることが出来なかった。
(でも大丈夫、これからはずっと一緒にいられる)
黒子に五人も同じだと伝えたら驚くだろうか、いやきっと驚くに違いない。そしたら六人でまた世界を築くことが出来る。今度は絶対に黒子を一人になんかさせない。青峰の開花から物語の綻びが始まるなんて、そんな未来を許すわけがない。
(今から行くよ、だから少し待っていて)
次の世界ではきっと上手くいく。そんな確信を胸に五人は目を閉じた。
「なるほど、だから君達の動きだけ毎回違ったんですね。全くその展開は想像してませんでした」
体育館のステージに黒子が座っている。その右隣には赤司が立っていて、左隣には緑間が立っていた。青峰と黄瀬と紫原は体育館の床に座り込む形でいる。五人から見たら六回目、黒子から見たら十六回目の世界の話だ。赤司は嬉しそうに黒子の手を握っている。
「でも良かった。これで一緒にいられる」
「でも僕は高校一年生までしか生きられませんよ。それでも良いんですか?」
「お前がそこで消えてしまうなら俺達も消えるだけの話なのだよ」
「黒子っちがそこまでしか生きられないなら一緒の高校行きたいっス!」
「そうだな、テツからのパス受けてぇ」
「俺も賛成〜」
時を越えた思いをもつ六人の団結力は強い。元々黒子はキセキの世代のために誠凛に入ったとも言えるため、それは言うまでもない話である。だから黒子が消えるなら自分達もという考えに落ち着いてしまう。黒子は不謹慎ながらもとても嬉しく感じていた。
「みなさん大好きです。だからまた一緒にバスケをしましょう?」
黒子の手から放たれたボールは綺麗に受け止められる。そのことに黒子は思わず涙を流してしまった。
「未来なんていいです。君達との今が大切ですから」