はぁはぁと荒い息が肺から湧き上がる。それを止めようと必死に深呼吸を繰り返すが、荒い息は止まるどころかどんどん深刻になっていた。

(どうして……)

週に一度くらいの頻度で起きる発作に赤司は頭を悩ませる。病院に行きはしたものの、診断結果は原因不明だった。しかし発作は実際起きて赤司を苦しめている。ただただ発作が終わるのを待つこの時間が、赤司は大嫌いだった。

(早く部活に行かないと……)

遅刻の連絡は入れていない。故に赤司は早く部活に参加しなければいけなかった。しかし発作が起きている状態で部活など出来る筈もなく、赤司はその場にうずくまってひたすら終わりを待った。

「……赤司?」

「あぁ……緑間か、どうした?」

「どうしたではないのだよ。部活に来ないから見に来た。それより体調が悪いのか?」

「気にするな……いつものことだ。少ししたら治まるさ」

「……お前も?」

「え?」

緑間の言葉に赤司は疑問を浮かべた。緑間に喘息などの持病があるとは聞いていない。もしかしたら身内などにいるのかもしれないが。

「お前もとはどういう意味だ?」

「いや……俺も急に息苦しくなることがあるのだよ。もちろん喘息などではない。赤司は喘息持ちか?」

「いや、僕も急に苦しくなるんだ。僕だって喘息じゃないさ」

「……対処法が同じなら待つしか無いな。先輩には俺から伝えておく、治まってからで部活は良いだろう」

「済まない」

去る緑間の背を赤司は訝しげに見る。まさか緑間も同じ発作をは持っていると思わなかったのだ。自分だけではないということに赤司は少し安堵を覚えた。同時にこの発作について知りたくなった。緑間と赤司に共通しているものが何かあるはずだ。それが発作を治す手掛かりになるかもしれない。

(………もう大丈夫)

発作が治まったのを感じて赤司は立ち上がる。いつまでも休んでいるわけにはいかないのだ。もうすぐレギュラーを決める昇格テストがある。それに受かりレギュラー入りするまでは休んでなどいられない。

(今度のテストで真太郎と大輝は上がるだろうな。敦はやる気さえあれば問題無いが)

後輩だから先輩を立てるという常識は帝光では通じない。実力ある者が上に立てる。赤司達がレギュラー入りすることで落ちる人間もいるが、そんな些事に構ってなどいられない。とにかく赤司は早く勝利への陣営を組みたかった。



「赤司、体調はどうだ?」

「問題無いよ。真太郎こそ少し苦しそうだったけど」

「試合の最中じゃなくて良かったのだよ。あれではシュートなど打てん」

「なになに?お前ら体調悪ぃの?自己管理ぐらいちゃんとしろよ」

茶々を入れに来た青峰が緑間の肩に手を回す。それを拒むように緑間が青峰を睨むが、青峰はそれを見て笑っただけだった。

「何でもないのだよ。たまたま息苦しくなっただけだ」

「あー分かるわその感覚。息が出来なくなってどうしようもなくなるんだよな」

「………青峰?」

「大輝、今の話詳しく聞かせろ」

「あぁ?まぁ良いけど」

赤司と緑間の反応の原因が分からずに青峰は首を捻る。いつになく真剣な赤司の様子に、青峰は肯定するしかなかった。そして二人に紫原も同じ発作が起きていると伝えれば二人共驚愕で目を見開く。結果部活後に紫原も呼び寄せ、部室で話し合いが開かれた。

「僕達は今同じような問題を抱えている、そう考えて構わないか?」

「………正確に言えば少し違うな。赤司は息苦しさがかなり酷いようだが、俺はそれほどではない。ただ赤司と違って時々遠近感覚がおかしくなるのだよ」

「俺も息苦しさは赤司程じゃねぇぜ。でもなんかさ、周りの時間が極端に遅く見える時があんだよな」

「俺は息苦しさより空腹かなー。なんかすごくお腹空くの、なんでだろうね」

四人とも症状が同じではないため、同じ問題かは分からない。しかし同じ部の同じ仲間でこんな発作を抱えているのが四人というのは異常だった。恐らく三人が病院に行ったところで診断結果は赤司と同じだろう。ならばこの手のことに経験がありそうな人を探すしかない。

「けど赤ちん病院行ってダメだったんでしょ?じゃあ無理じゃない?」

「先輩などでその類いの話をしていた人間はいなかったと思うのだよ」

「別にバスケに支障が無きゃ俺はいいわ」

そう言った青峰が練習中に倒れたのはそれから三日後のことだった。



「大輝どうだ?」

「あ?……確か練習中に………」

「いきなり倒れて驚いたのだよ。保健医ももう少しで来る」

「峰ちん大丈夫?」

「………」

倒れた時のことを青峰は少しだけ覚えていた。急に肺から空気が抜けていく感触は、今思い出すととても恐ろしい。視界が急激にぼやけていって思考が遠くなっていく。赤司であろう声が呼んでいるのに返事も出来ず、青峰の意識は深く底まで落ちていった。

「っ!」

「青峰?」

「あーわり。なんか倒れる瞬間のこと思い出してたわ」

「無茶をするな、体を壊したら元も子も無いだろう」

「真太郎の言う通りだよ。お前はもう少し自分に気を配るべきだ」

「……赤司に言われたくねぇよ」

軽口を叩いていても空気はどこか重たい。きっとそれは青峰が倒れた原因を何となく察しているからなのだろう。表向きには体調不良で通すつもりであるが、もちろんそれでは根本的解決にはならない。下手をすればこれから頻繁に起きる可能性もあるのだから。

「そういえば青峰がいない間に新コーチが決まったのだよ」

「新コーチ?」

「前のコーチは余り試合結果が伸びなかっただろう?だから解任されたんだよ」

「悪い人じゃなかったけどね〜」

「それでね、その人帝光出身らしいよ」

「しかもかなり期待されていたらしいのだよ。彼なら任せられると監督が喜んでいた」

「新しいコーチか……」

聞けば明日からそのコーチは参加するらしい。青峰は正直コーチというものをあまり頼りにしていなかった。理論的に説明をされても青峰はそれをプレイに反映できないからだ。感覚的にバスケをやる青峰は体で感じてバスケをする。前のコーチも青峰の苦手なタイプの人間で、結果的に頼ることは出来なかった。

「明日には復帰できそうか?」

「大丈夫だろ」

「とりあえず今日は休むことを勧めるのだよ」

「お大事にね〜」



「今日からバスケ部のコーチをさせてもらう黒子です。よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる存在にバスケ部一同は信じられなかった。バスケをする人間とは思えない程小柄で華奢だったからだ。正直赤司の173cmというのでもバスケをする人間には足りないくらいである。それなのに黒子の身長は168cm、それよりも5cmも低い。

「黒子は元帝光バスケ部出身でな、あの時は凄い成績を残したもんだ」

「大した貢献は出来ませんでしたよ」

「こいつ謙虚だからな。唯一の一年からのレギュラーだ、何かあったら頼りにすると良いぞ」

監督の評価がものすごく高いということは素晴らしい選手だったのだろう。しかし今のバスケ部員は赤司達天才四人を間近で見ている。だからたとえ黒子が凄い選手だったとしても赤司達には及ばないのでは?という疑念を捨てることは出来ない。そして四人も黒子の凄さを若干疑いの目で見ていた。

「とりあえず今日はみなさんの練習を見させて下さい。みなさんが普段どんな練習をしているのかまだ知らないので」

黒子が見ている中バスケ部の練習が普段通り行われる。基礎練習やチーム練習、最後はミニゲームをして練習は終わった。その後は自主練習のため監督やコーチに残る義務はない。しかし黒子はプレイが見たいという理由で最後の一人が帰るまで残ると主張した。

「そうだ。赤司くんと紫原くんと青峰くんと緑間くんは少し残って下さい」

「えっ?」

「少しお話があります」

四人とも最後まで残るので問題はない。しかしわざわざ話がしたいという黒子の行動に四人の心は少しざわついた。

(………なんでこんなときに……)

突然の胸の痛みに赤司は眉をひそめた。しばらく治まっていたから安心していたのかもしれない。治まっていた期間の分まで痛みが強くなり、赤司は思わずその場にうずくまった。幸いこの場には赤司を除く三人しかいない。………いや、黒子を含めれば四人か。赤司の抱える事情を知る三人は赤司の異変にすぐ気づいた。しかし対処法が無いため三人にはどうすることも出来ない。不甲斐なく思うことしか出来なかった。

「………これはまた、かなり重症ですね」

入口に立つ黒子が言葉を漏らす。赤司が黒子を視認したその時、赤司の体に異変が起きた。―――胸の痛みが急に治まったのだ。息苦しさの消滅に赤司は驚き―――それから黒子を見た。黒子はすたすたと赤司の元まで来て、赤司の欲しかった言葉を言った。

「胸の痛みは治まりました?」

「どうしてそれを――」

「赤司のそれを知っているのか?」

「えぇ。青峰くんが急に倒れたと聞きまして、青峰くんが倒れたなら君達四人とも同じなんじゃないかと」

「僕達の抱えているものの答えをあなたは知っているんですか?」

「僕も君達と同じものを持っていますからね。対処法などは君達よりも心得てますよ」

黒子の答えに四人は内心安堵した。今までこの問題をどうすることも出来ず四人は苦しんできた。しかし目の前の人間は答えをもっている。

「少し長い話になります。聞いていきますか?」

黒子の問いに四人は間髪入れず縦に首を振った。



「単刀直入に言えば君達は今体の中に化け物を飼っています」

黒子から告げられた事実は四人を深く揺さ振った。四人が飼っている化け物は一般的に人が才能と呼ぶものだ。才能をもつ人間はみな体内に化け物を飼っている、そういう論理である。しかし時に才能が大きすぎて手に余ってしまう、そういう人間がいるらしい。そしてその人間が赤司達四人と黒子だった。結果身に余る才能をもつ人間はそれを管理することが出来ず、時に暴走させてしまう。赤司の発作は暴走した結果の一つだった。

「けれど君達には才能を管理する器量があります。やり方さえ覚えれば問題無いですよ」

「もしかしてアンタも管理するやり方を身につけてんの?」

「僕の場合は自力でしたけどね。なにしろ暴走が始まった時期が幼稚園児の時だったので」

黒子が園児だった時黒子の様々な才能が突然開花し暴走した。母親は天才だと純粋に喜んでいたが、急激に周りと離れていく息子に次第に気持ち悪さを感じていく。母親の喜びは数ヶ月で終わり、とうとう奇異の目でみるようになった。その時黒子は感じたのだ、これをどうにかしないと自分は世の中で生きていけない。だって世間は異端を弾くように出来ている。だから自分は異端として見られないよう生きなければ、と。そう考えた日から黒子は才能を押さえ付ける方法を日々模索した。そして幼稚園を卒業する頃には“普通の子より少しだけ優秀な子”になることが出来たのだ。

「まぁ僕の場合は代償として影が薄くなりましたが、その程度で済めば良いと思いますよ。君達も才能で永遠に苦しむより少しの弊害を抱える方が楽でしょう?」

「黒ちんの話が俺らの理解の斜め上を行くからびっくりしたけど」

「信用するしないはご勝手に」

「そういう話では無いのだよ。ただ才能だなんて話に行き着くとは思わなかったからな、少し困惑している」

「でもコーチの説明でしっくりくる。才能故の暴走だなんてな」

四人の才は周りからも認められている、決して自惚れではない。そしてこの才はこれから花を開かせていくのだろう。バスケだけに留まらないかもしれない。その可能性を見ていけば、黒子の言う管理方法とやらの重要性が手にとるように分かる。

「コーチ、俺達に教えて下さい」

「喜んで、君達のそれを上手く飼い馴らしてしまいましょうね」

こうして四人は才能を管理する術を得た。しかしこの時四人はまだ知らない、目の前にいる人物がどれほど異端で世界から嫌われているのかを。



+++

すみません此処で一度切ります。というか四人編は序章ですから!ホントは黄瀬くんの下りを書きたいだけなんです!あと花宮との絡みや笠松さんとの絡みも書きたい!というか笠松さんとの絡みが無いとこの話の目的達成出来ないので。

でも需要無かったら消します(´・ω・`)

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