「そうだテツナ、今日からしばらくバニラシェイク禁止だから」

赤司からの死刑宣告に、黒子は凍りついた。



「えぇ!!黒子っち何かしたんスか!!」

「テツからシェイク奪うとか鬼畜にも程があんだろ」

「赤ちんは黒ちんのこと殺したいの?」

「シェイク無しの黒子など見るに堪えないのだよ」

「お前たちシェイクを何だと思っているんだ」

「黒子っち/テツ/黒ちん/黒子の生命源」

見事に揃った台詞に赤司は溜め息をつく。バニラシェイクを糧に生きる人間が何処にいるのか、いや此処にいるけれど。黒子のシェイク中毒は今に始まった話ではない。中学時代から部活終わりには高頻度で通っていたりする。黒子の機嫌もシェイク一つで左右するので分かりやすかった。

「お前見てみろよ、あの絶望に満ちたテツの顔」

「そうは言っても仕方ないだろう。落ちてしまった事実は変わらないよ」

「あっ、そういえば理由聞いて無かったっス。なんで禁止令?」

「落ちてしまったとは何のことだ?黒子が何か、受かる云々の問題に直面しているとは聞いていないが」

「あっ、もしかしてあれのこと?」

紫原だけは心当たりがあるらしい。まいう棒を食べる手は止めずに赤司に窺いを立てれば、赤司は是の意味をこめて頷いた。

「え〜紫っち知ってるんスか」

「赤ちんが前怒ってたの聞いただけ〜。みんなその時どっか行ってたし」

「勿体振らずに早く教えるのだよ」

キセキのメンバーは総じて気が長いほうではない。青峰なんかは顕著な例であるが、緑間も同様だった。自分に関係の無いことならどうでもいいのだが、関係する話を遠回しにされるのが嫌だからだ。ちなみに黒子に関することは全て関係ある話なので、それを勿体振られるのは酷く腹立たしかったりする。

「んー…黒ちんさ、この前の健康診断で体重落ちてたんだよね〜。それで赤ちん怒っちゃって」

「女子にとって体重が減ることは良いことです」

「えっ、黒子っちその前でも減ってなかった?」

「つーかあれより減ってよく生きてられるな」

「その原因は多分シェイクだからね。ということでテツナはしばらくシェイク禁止」

黒子には食に対する執着がほとんどない。だから普通に一日に一食なんてこともある。しかしそれでお腹が空かないかといったら答えは否だ。その空腹を埋めるのに、黒子はバニラシェイクを頻繁に飲んでいた。下手をすると一日に三杯は飲んでいる時もある。シェイクの売上が伸びたなら、マジバは黒子に感謝すべきだろう。

そんな生活は人間として大丈夫と思ってしまうが、何故だか今まで黒子は生きてきている。しかし体重の減少だけは止まらない。マネージャーとしてバスケに毎日携わっていた時期は食トレをして維持は出来ていたが、芸能活動をしてからは食トレも出来ず不健康な生活になってしまっていた。その減少が止まる兆しが見えず、結果赤司によるシェイク禁止令が出されたのだ。

「まぁ赤司っちが今回は正しいっスよ。シェイク止めないと黒子っちいつまでも不健康なままだし」

「シェイク無しで僕にどう生きろと?赤司くんは僕を殺したいんですね分かりました。僕の遺言がシェイク飲みたいでみんな困ればいいと思います」

「シェイク一つで大袈裟っスよ〜」

「大袈裟なわけないだろ!!」

がたんと机を叩いて黒子が立ち上がる。普段の敬語は何処へ行ったのか。緑間戦で火神へ喝を入れた時以来だなと、密かに思った。

しかし敬語が外れただけでここまで変わるのか、そう思ってしまうほどに黒子の豹変ぶりは凄まじかった。無表情と言われるが慈愛に満ちている目は、ありありと不満不平を訴えている。それは本来赤司へ向けられるべきものだが、我を忘れた黒子は何故か黄瀬に対してまくし立て始めた。

「いいか、僕からシェイクを奪うことは君達からバスケを奪うことと同義だ。君達はバスケ無しの生活に耐えられるのかいやきっと耐えられないだろう!たかだか体重が二キロ減ったくらいで人生の楽しみを奪われるこっちの身を考えたことがあるのか!!」

完全に黒子は自分を見失っている。シェイク一つでここまで人間は変われるんだなと、黄瀬は少しだけ悟りを開いた境地にいた。黒子からの罵倒やら何やらを受け入れるだけの器はあるが、その変わりようだけは慣れようもない。何故だろう、黄瀬の目には涙が溜まりはじめた。

「ちょ、テツ落ち着けって!」

「落ち着いていられますか!?シェイクが無かったら僕は―――」

「おかしいなテツナ、僕は二キロも減っただんて聞いてないけど」

にっこりと笑っているが目は据わっている。普段は犠牲に黄瀬や青峰がなるのだが、珍しくその目は黒子に注がれることになった。自分の失言に気づいたのか、あぅとしどろもどろになる黒子。対して赤司は愉しそうに笑っていた。鋏が召喚されないだけましなのだが、氷点下の空気は黒子を容赦無く追い詰めている。

「芸能人は体重管理が必要だと言われるけど、テツナには逆の意味で必要かもしれないね」

「あ、赤司くん?」

「可哀相だから数日で止めてあげようと思ったけど、まさか僕に嘘をついてるとはね。もう一度聞くよテツナ、今体重何キロ?」

「―――――キロです」

桃井が聞いたら倒れるだろう軽さに、赤司はこれみよがしに溜め息をつく。黄瀬と青峰は黒子の歳の平気体重など知る筈も無いので、軽いなー程度にしか思わなかった。緑間は興味は無いがそのくらいの知識はあるため、相変わらず貧弱なと呆れている。紫原は女子の体重など興味は無いようだ。

「とりあえず減った二キロを取り戻すまでは禁止だからな」

「赤司、二キロは厳しいと思うのだよ。仮にシェイクを止めたとしても反抗で食べなくなるかもしれない」

「反抗で食べないって…どこまで手の掛かる子なんだろうね、うちのお姫様は」

シェイクを禁止しなければシェイクが食事の代用品になってしまう。かと言って禁止すれば強行手段として断食を行う。シェイク一つにどこまで真剣なんだと思うかもしれないが、それだけシェイクは黒子の中で大切な役割を占めていた。赤司だって本心は禁止などしたくない。シェイクを嬉しそうに飲んでいる黒子はまさしく天使、目の保養だからだ。しかしシェイクのせいで健康に悪影響を及ぼすのならば、リーダーとして仲間として放って置くわけにはいかない。たとえ嫌われたとしても悪役に回らなければ。

「テツナが何と言おうと禁止は禁止だよ。それは絶対に変えられない」

「だからっ―――」

「ほい、一回落ち着こうなテツ」

後ろから抱きしめるように黒子を腕の中に捕らえる。そしてそのまま黒子の視界を青峰は塞いだ。人工的な闇に不安を覚えたのか、黒子は少し気を抜いて背中を青峰の胸へ凭るようにした。

「お前がさ、シェイク好きなことは俺達もよく分かってんだよ。シェイク飲んでるお前は上機嫌だし可愛いしな。だからこそっつーか、そのシェイクでお前が何か悪くなるならさ、俺達は何か嫌なんだよ。お前の幸せそうな顔見るたびに不安になるっていうかさ、うん、そんな感じ」

拙い言葉ではあるが想いが重々に詰まっている。かつてから相棒としてどこか別枠だった青峰の飾らない言葉は、黒子の心にいとも容易く侵入してきて、黒子の心を掻き乱していった。何も言わない黄瀬が慌てだす。緑間も掛けるべき声が分からないのか、事態を静観するようだ。紫原はお菓子を食べながらちらりと赤司を気にしている。

「………別に赤司くんの言うことに反抗しようとかじゃないんです。ただ、何て言うか………」

「ん、分かってるから。でも赤司の言うことは正しいだろ?」

こくりと黒子が頷く。その頷きに赤司はあからさまにホッとした顔をした。黒子からの反抗に少なからず不安を感じていたに違いない。その表情を見せたくないから青峰は黒子の視界を塞いだのだ。赤司が発してきた威圧的な空気はいつのまにか霧散していた。

「………すまない。こちらも一方的に禁止を言い渡した自覚がある」

「あ、謝らないで下さい!赤司くんは僕の体調を心配してくれてるんだって分かってますから。確かに一方的に決められたことに不満はありましたけど、最後の方は僕も意地になってて………」

「テツナ………」

危惧していた事態にはならないようで、四人は無意識に安堵の息をはいた。赤司の機嫌が悪いということは恐ろしいことだ。しかし同時に赤司が参っているときも恐ろしいのだ。普段から絶対君主を唱える赤司が凹んでいるなんて、四人から見たら恐怖でしかない。そして決まってとばっちりを受けるのは四人なのだ。

「体重………頑張って戻しますから」

「………シェイクは適度に控えるように」

赤司の言葉に黒子の表情が華やぐ。嬉々としているのが目を隠した状態でもよく分かった。黄瀬ではないが、きっと尻尾があればぶんぶんと振っているだろう。

「良かったっスね」

「全く心配を掛けさせて……」

「黒ちん〜お菓子食べる〜?」

「あっいただきます」

青峰の腕から抜け出して紫原のお菓子を受け取りに行く。しかし伸ばした手は赤司によって阻まれてしまった。

「体重管理しなきゃいけないんだから、お菓子は控えるように」

「え〜、食べなきゃ太らないよ?」

「お菓子じゃなくてきちんとした食事で太らせなきゃね」

「太らせるって……」

黄瀬が思わず苦笑してしまう。メンバーから太るように言われるなど中々無いことだ。黄瀬だって減量しようかと考えているのに。

「よし、じゃあ今日の夕飯は焼肉行こうか」

「おっ焼肉!」

「良いっスね、みんなで焼肉」

「店は俺が調べておこう。家から近場で良いか?」

「ん、賛成〜」


その後、都内某所で目立つ五人+一人がわいわいと網を囲んで焼肉をしている光景が目撃された。たまたま店に居合わせた客によると『青と黄による肉戦争の中、緑は黙々と野菜を、紫が持ち込んだお菓子を、赤は親のように二つの皿に肉と野菜を盛っていた』ようである。

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