「僕にシュートを教えて下さい」
黒子から衝撃的なお願いをされて、最初はぐだぐだ言ったものの、青峰は始めからそのお願いを受けるつもりだった。自分を再びバスケへ導いてくれた恩というのが一つの理由。そしてこれを機に溝を埋めたいと考えていた。中学時代からの軋轢が簡単に消えるとは思っていない。それでもまた笑って過ごせるような、そんな関係に青峰はなりたかった。
「とりあえず何回かシュート打ってみろよ。話はそれからだ」
相変わらずのフォームに青峰は少し嘆息した。バスケをかなりの間やっている筈なのにどうして出来ないのか、やはり青峰にはよく分からなかった。しかしこれは青峰だけではないだろう。緑間を除けば誰もが打ったら入ると言うに違いない。むしろ外すことが難しい。そんなことを黒子に言ったら機嫌を損ねられるが。
「違うっス!こう……もっと手先を使うんスよ!」
「まったくお前は相変わらずシュートが下手だな。きちんと人事は尽くしているのか?」
おい、どうしてお前達が此処にいる。いきなりの乱入者に青峰は頭を悩ませた。黄瀬が最早黒子信者なのは知っていたが、まさかストーカーだとは思わなかった。緑間も間接的心配性、所謂ツンデレなわけだが、ここまでくると笑いの域である。
「君達……どうして此処にいるんですか」
「えっ、いや黒子っち尾けて……見かけたからっスよ!!」
「黄瀬くん君とは短い付き合いでしたが楽しかったです死んでください」
容赦無くイグナイトを黄瀬の腹に叩き込む。中学時代に培った耐久性のおかげで死は免れたが、地面に這いつくばる残念なモデルがそこにいた。
「で、緑間くんは?」
「おはあさのラッキーアイテムがバスケットゴールなのだよ」
「そうですか。君の家から遥々一時間半ありがとうございました」
嫌味を込めた言葉にうっとなる緑間だが黄瀬よりマシだ。二人ともストーカー行為をしているのだが、この差はきっと普段の信頼だろう。高校生として初めて会った際に「黒子っちください」と言った時点で黄瀬はもう駄目だったのだ。それに対して緑間は華麗なる執着を見せつつも過度なスキンシップは控えている。ある意味でキセキの中の唯一の常識人だった。
「っていうか青峰っち狡いっスよ!」
「あぁ?何が狡いんだよ」
「黒子っちと練習してるなんて聞いてないっス!」
「そりゃそうだ、言ってねぇし」
「そういう抜け駆け精神に腹を立てているのだよ」
「抜け駆けって……」
青峰の場合誘ったのではなく誘われたのだ。青峰の非ではない、強いて言えば黒子の非である。この機に溝を埋めたいという気持ちは否定しないが、そこに意図的な要素は無かった。
「第一何故青峰なのだよ。シュートならば俺に相談すべきだろう」
「すみませんが緑間くんのシュートからは学ぶものが無いので」
「なっ………」
失意のあまり膝から崩れ落ちる緑間。足りなすぎる黒子の言葉のせいで、キセキの世代NO.1シューターが破滅した。
「テツ、もっと詳しく言ってやれって」
「えっと……君のシュートは君しか出来ないたった一つの貴重な技ですから、君からは何も技を盗めない、という意味なんですが……」
「言葉が足りなさすぎるのだよ!!」
見事に復活した緑間は顔を赤らめて眼鏡のブリッジを上げる。照れた時の仕種なのだが黒子が気づくことは無かった。
「じゃあ俺は?俺じゃない理由って何スか?」
「ちょっと表現が違いますね。僕は黄瀬くんが嫌な訳ではなくて、青峰くんが良いだけです」
落とされた爆弾に三人が硬直する。―――そして次の瞬間、青峰がそのまま地に臥した。
「青峰っち!?」
「あー俺今なら死んでもいいわ」
「何言っているんですか。僕にシュート教えてくれるんでしょう?」
「黒子……そういう意味では無いのだよ」
呆れ半分に溜め息をつく緑間。なんとか青峰は復活出来たようだが顔は依然として赤い。黒子が照れて赤くなるなら眼福だが、190超えの色黒スポーツマンの赤面なんて見るに堪えないものである。しかし青峰の赤面姿などなかなか見れるものではないので、少しだけ気分が晴れた。
「で、でも!俺の方がきっと教え方上手いっス!」
「どっちもどっちだと思いますよ」
「おい、さっきの台詞はどこいった」
「確かに青峰くんが良いとは言いましたが教え方が上手いとは言っていません。第一君は天才肌ですから教え方が感覚的なんですよ」
少し不服そうに言えば青峰は少し困ったような顔をした。それは青峰自身に自覚があるからだろう。誰にも真似出来ない驚異的なシュート力をもつ青峰だが、それを説明することはとても難しい。こんな感じだとかあんな感じだとか、抽象的な表現になってしまう。当然の如くそれで黒子に伝わる筈も無い。仮にキセキの世代相手なら少し位分かってもらえるかもしれないが、並より下の黒子相手では無理だろう。
「じゃあこれでどうっスか?三人それぞれが黒子っちにシュートを教えて、一番上手い人が黒子っちのコーチってことで」
「おいふざけんな!俺に教えて欲しいってテツは言っただろうが!」
「だが黒子がシュートを練習するのは陽泉の為だろう?お前が教えて間に合わなかったでは洒落にならん」
「緑間っちの言う通りっス!」
「僕としては早く練習を再開したいんですが」
誰が黒子の指導役になるかで揉めている中、黒子はそれを冷ややかな目で見ていた。黒子からしたら今大切なのはシュート力をつけることだ。青峰に教えて欲しいと思っているが、この際どうでもいいと思い始めていた。とにかく争いを終わらせて誰か僕に教えて下さいと、黒子は心の中でそう呟いた。
「呼んだかい?」
「呼んでませんね。あえて言うなら読まないでください」
「テツヤの心の中が読めるのは今更だろう」
「本当にいらないスキルですよね、それ」
「まぁいいじゃないか。それより僕がいるんだ、教えようか?」
「………遠慮します」
黄瀬と緑間が来た時点で薄々思っていたが、キセキの世代のキャプテンはよほど暇のようだ。いつも一緒にいる紫原がいないのは幸いだった。陽泉への対策を作っているのに紫原がいたら話にならない。それを見越しての単独行動だろう。
「あれっ、赤司っち?」
「どうしてお前が此処にいるのだよ」
「その質問はお前達に返したいね。大輝とテツヤが秘密の特訓をしているって聞いたからね、気になっただけだよ」
「お前の情報網と行動力は相変わらず怖ぇな」
赤司だからという言葉で済んでしまうところが恐ろしい。しかしこれでなんともカオスな空間が出来てしまった。小さなストバスコートにキセキの世代が四人、黒子を入れたら五人だ。バスケ好きから見たら素晴らしい状況だが、状況自体は全く素晴らしくない。むしろどんどん悪化している。青峰は黒子との仲を改善していきたいのに、これでは何も進まない。
(なんでお前らはこうも邪魔すんだよ……)
「強いて言えば………抜け駆けは許さないってことかな」
青峰の心を読んだ赤司が返事をする。心を読まれて不快にならない訳がない。眉をひそめて赤司を見れば、赤司は少しだけ肩をすくめた。
「……ってか抜け駆けって何だよ」
青峰がそう言えば赤司は青峰に近づく。青峰の前に赤司が立ち、次の瞬間胸倉を下に引き青峰の顔を自身の顔と同じ高さまで下げた。突然のことに青峰は息が詰まる。
「お前だけテツヤと仲直りイベントだなんて……おかしいだろう?」
オッドアイの目をちらりと見れば、笑っているのに恐怖しか感じなかった。視線を黄瀬と緑間に移す。黄瀬は笑って、緑間は少し呆れた様子で、赤司と同じようなことを物語っていた。
「……青峰くん?」
どうやら元相棒と縒りを戻せるのはまだまだ先のことらしい。