「さて涼太、何か言いたいことはあるかな?」

「俺が悪かったですすみませんでした」

「良い謝罪だね、でも行為が足りないな」

「すみませんでしたぁぁぁ!!」

華麗なる土下座をする黄瀬を見下ろす赤司は冷たい目をしている。まさに絶対零度ともいえるそれに黄瀬は身が凍りついた。赤司の怒りは冷たく身に染みていくものだ。青峰のように怒って叫ぶことはない。だからこそ恐さが倍増する。普段なら止めに入ってくれる仲間も今回は全面的に黄瀬が悪いと思っているのか、仲裁に入らずただ傍観しているのみだ。しかし唯一の救い且つ天使は黄瀬を心配しているようで、おろおろと視線を彷わせている。

「あ、赤司くん……別に怒らなくても……」

「甘いよテツナは。犬は悪いことをした直後に叱らないと」

「黄瀬くんは犬みたいですけど犬じゃありませんよ」
「犬だよ、しかも躾のなっていないね」

黒子からの救いの声も今の赤司には効果が無いようで。それならば他の三人の言葉も赤司には届かないだろう。それに元々は黄瀬の失態なので、三人は何も言わなかった。

「まったく……どうしてお前は………」

赤司の目がちらりと新聞にいく。その隣には週刊誌やら雑誌が置いてある。どれも開かれている内容は同じだった。

『キセキの黄瀬涼太に熱愛疑惑!?』

何度見ても変わることの無い見出しに、赤司は改めて溜め息をついた。



事の発端は黄瀬が受けたとあるインタビューだった。ある恋愛映画の主題歌を担当したということで、キセキを代表して黄瀬を向かわせたのだ。本来ならば全員で行くべきなのだが、スケジュールの都合上無理だった。黄瀬が受けたインタビューというのは所謂製作試写会というもので、キャスト数人と同時にインタビューをされるというものだ。キセキ広報担当として動くのは基本的に赤司か黄瀬なので、誰も異論を唱えなかった。他の三人はコミュニケーション能力的に断念、黒子は下手なアプローチ防止のためにソロの仕事は全て蹴っているのだ。もちろん裏で赤司が動いている。

そのインタビューの中の自然な流れとして、話の内容は恋愛に向かっていく。この映画が恋愛映画なのだから当然だろう。キセキで最もルックスが好評な黄瀬に話が振られるのは時間の問題だった。ちなみに黄瀬は顔とは裏腹に案外ピュアである。モデルとして働いていたが女性関係は特に無かった。その理由としては一人を一途に想い続けてきたからかもしれない。

「黄瀬さんは学生時代どんな恋をしていましたか?」

「そうっスね〜、俺はずっと片思いっス」

「えっ、黄瀬さんが片思いですか?」

「相手が外見重視な子じゃなかったんスよ」

「それでも意外です。今はどうなんですか?」

来た、と黄瀬は脳内で少し息を吐く。インタビューの流れ上この話は来ると読んでいたからだ。今を駆けるキセキのネタを掴もうと、どこも躍起になっている。下手な発言で誤解を招くことだけは避けなくてはならない。故に広報は赤司と黄瀬の担当なのだ。

「今は仕事一番っスね。キセキで活動するのが楽しいっていうか……」

「黄瀬さんはモデルとしても活動していますけれど、そちらはいかがですか?」

「元々がモデルっスから、モデルだって楽しいっス。でも一人より六人の方が楽しいかな」

上手く話を転換させて誘導する。赤司が得意とする話法で、黄瀬も幾度と無く恩恵にあやかっていた。向こうも無理に話を引き戻して掘り下げるようなことはしない。観客がいる以上下手な行動は出来ない訳だ。

「お答えありがとうございました。黄瀬さんを魅了するような人が現れたら驚きですね」

アナウンサーが締めの言葉で括る。綺麗に締められたとアナウンサーは思っただろう。しかしその言葉が黄瀬の神経を少し逆撫でした。まるで黄瀬に見合う人間がいないかのような発言、黄瀬が好いている黒子を低く見るような発言に、黄瀬の中の細い糸は切れた。もちろんアナウンサーはそんなことを思って言った訳ではない。ただ、たまたまその言葉が黄瀬に違った認識を与えてしまったのだ。

「驚きなんかじゃないっス。可愛くて天使みたいで抱きしめたら折れちゃうような子で、優しい声で俺の名前を呼んでくれて、一生守り抜きたいって思うような子なんスよ」

「えっと……黄瀬さん?」

「その子がいなかったら俺は今と全く違ってた。今みたいに何でも楽しいって思えてない。でもその子が俺を救ってくれて、だからこその今があるんス。だから―――」

「黄瀬さん!それはもしかしてお付き合いしている方がいるということでしょうか!!」

「――あ、その………」

黄瀬の苦し紛れの言い訳は沸き立つ観客の声で綺麗に掻き消された。




「随分なミスをしてくれたね。あれだけ言ってしまえば友達とは言い訳し辛いだろうに」

「いやホントすんません………」

「この手の問題は始末が面倒なのだよ」

「おまけに顔が取り柄の黄瀬だしな」

「ちょ、青峰っち酷いっス!」

「黄瀬ちんうるさいよ」

四人が一様に黄瀬を責める中、黒子だけは加担せずに蚊帳の外にいた。別段黄瀬を責める気は黒子に無いのだ。むしろ綺麗にあそこまで言わせる女の子が誰か気になる。それが自分だと露にも思わないところが、黒子が鈍感だと呼ばれる所以だ。

「幸いというべきか、どの交友関係を調べても何も出ないのが救いだな」

黄瀬の話でいろいろな人間が相手を突き止めようと動くだろう。しかし目当ての人間は此処にいる黒子だ。黒子に関する情報は身長や血液型くらいしか公開していない。黄瀬の話から黒子に結び付けるには材料が少なすぎた。

仮に黒子だと思う人間がいても、それを公表するのは難しい。黒子が顔を隠している理由として、黒子は「周りの格好良い集団と比べられるのが嫌だから」と発言している。始めはこの言葉をどういう意味で取るか話題になったが、今では「キセキの世代と並ぶほどの顔ではないから」と解釈されていた。これが赤司の狙いで、民衆は見事にそう動いた。黄瀬の相手が黒子だとするとその意見を覆す必要があるのだ。

「問題はこちらの動きだな。涼太はともかくとして、俺達に対する当たりが酷い。涼太の恋愛事情なんて興味無いのにな」

「同じメンバーなのにみんな冷たい……」

「相手には申し訳無いですが、いっそ僕だと言ってしまったらどうでしょう?そしたらある程度収まると思いますが」

「いや、テツだって発表したらもっとややこしくなるからな」

「そうなのだよ。迂闊に黒子の情報など与えたら群がるだろう」

「黒ちん無用心だな〜」

「でも収まらないと困るのは僕達ですよ」

「涼太の不始末をテツナに負わせる気は無い。これは涼太の問題だからね」

「赤司、なんか良い案とか無ぇの?」

珍しく赤司が攻めあぐねている。基本的に冷血即断なのだが今回は少し違うようだ。下手に動けば面倒だと頭を悩ませている。涼太に任せたいのだが、自体がより悪くなる可能性があるので迂闊には出来ない。黒子が言った案は端から選択肢に無かった。

「つーかさぁ、―――」

悩ましげな赤司に青峰が思いついた意見を述べる。すると青峰を除く全員が驚いた顔で青峰を見た。まるで馬鹿の癖になんでそんな案が浮かんだんだというような顔だ。

「ちょ、青峰っち!それは俺がものすごく痛い人間に―――」

「なるほど………それなら(俺達に)被害はなさそうだな」

「後始末は黄瀬ちんに任せればいいしね〜」

「えっ、そんなに良い案だったのか?」

「思いつきとは素晴らしいものだな。大輝にしては良い働きをしたよ」

「いや、だから俺がものすごく―――」

黄瀬の言葉を無かったことにして、赤司は少しだけ口角を上げた。



翌日の新聞には大きく『お騒がせ黄瀬涼太』という、なんとも不名誉な記事が載ることになった。しかしこれは黄瀬が蒔いた種なので文句など言えない。もちろん黄瀬を可哀相と思う者は黒子を除いていなかった。

「でも黄瀬くん可哀相じゃないですか?」

「あいつは存在自体が馬鹿で犬だからな。これぐらいで調度良いさ」

「これに懲りたらアイツはもっと用心するだろう。そのための良い教訓になったのだよ」

「にしても笑えたわ、あの会見」

「アナウンサーの人の笑い顔が、ねぇ〜」

「俺の黒歴史なんスから、デリケートに扱って欲しいっス」

「黒歴史にしたのはお前だろう」

青峰から案が出された後、黄瀬はその件について会見を開いた。それほど大規模なものではない、あくまで関係者達に迷惑を掛けているから弁解したいというものだ。報道陣が集まるなか、黄瀬は意を決して口を開いた。

「実は……この前の発言は恋人じゃなくて愛犬についてなんです」

黄瀬の口から出た言葉に一同が凍りつく。アナウンサーも同様で、その場を静寂が支配した。

「えっ、恋人ではないんですか?」

「そうっス、まぁ俺にとっては恋人くらい大切なんスけどね」

口に出していてとにかく黄瀬は恥ずかしかった。犬が恋人だなんて黄瀬が犬キャラだとしても、笑ってスルー出来ることではない。それを自覚して言っている分、余計に恥ずかしさがこみ上げてきた。

「でも名前を呼んでくれるって……」

「呼んでくれるっス、わんわんって」

どんな電波キャラだよ!と黄瀬自身痛感している。周りの目だって十分に冷たい。穴があったらとにかく入って一生出たくない気分である。仮に黄瀬が報道陣で、有名人が「犬がわんわんって呼ぶんですよ。僕には名前を呼んでくれてるように聞こえます」だなんて言ったら、即刻引いてうわーと思うだろう。

「愛犬について語ったつもりがなんか熱愛疑惑みたいになっちゃって、本当にすみませんでした」

ぺこりと頭を下げてすぐに裏へ逃げる。もうあのアナウンサーとは仕事出来ないなと、黄瀬は何となく悟った。



「まぁ、涼太の恥で今回のミスはチャラにするよ」

「俺の心のダメージは海より深いっス……」

「黄瀬くん、君は格好良いんですからそんな顔してたら台なしですよ」

いいこいいこと黒子が黄瀬を頭を撫でる。それに感激した黄瀬は、今までの落胆など忘れて黒子に抱き着いた。やっぱり天使は天使のようで、黄瀬は満たされた気持ちになる。数秒後に処刑が待っていることなど知らず、黄瀬は束の間の天国を味わった。

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