黄瀬涼太が入部して赤司に会った時、初めて言われた言葉を今でも黄瀬は覚えている。その時は「何を言っているんだこの人は」と理解出来なかった。しかしバスケ部の活動に参加して、黒子という教育係をつけられて、黒子の力に心から尊敬して、黒子が抱えている爆弾を知って初めて黄瀬は認識出来た、

「テツヤの言動について何も口を挟むな」

赤司の言った言葉を。




黒子テツヤは礼儀正しいと言えば聞こえは良いが、言い換えれば感情の起伏が無い。黄瀬が黒子に何を言おうとも黒子の心は揺れなかった。いや、正確には心の揺れが全く表情に出ないのだ。喜びや悲しみ、楽しみや怒りなど人間を構成している要素が無いかのようだった。………しかしこの考えは青峰といる黒子を見て180度改まる。バスケの技術は拙く始めたばかりの黄瀬にも劣るのに青峰と1on1をして、結果呆気なく惨敗。そんな黒子に軽口を叩く青峰に対する黒子は、黄瀬の知る黒子とは全く違う。練習しても上達しない技術に少しふて腐れる黒子は黄瀬と同じ紛れも無い中学生だった。

「黒子くんって、よく分かんないっス。なんであんなに青峰っちに好かれてるんだろ………」

「それは青峰と黒子の波長が最も合うからなのだよ」

独り言が返ってくるとは思っていなかったので思わず黄瀬は驚く。隣には神懸かったシュートを決める緑間が立っていた。周りより群を抜いて高い黄瀬よりも高い身長は威圧感しか与えない。その時の黄瀬も緑間とはほとんど関わりが無かったので、緑間の良さなど知りもしなかった。

「………波長っスか。でも黒子くんと戦って楽しいんスかね」

「黒子を相手にするくらいなら二軍相手にした方が張り合いはあるだろうな」

「………緑間くんって黒子くんと友達?」

「俺とアイツは合わないのだよ、色々とな」

そう言いながら緑間は黒子にやけに構う。これが俗にいうツンデレというものなのかと黄瀬は一人納得した。しかしそうなると黒子はキセキの世代と呼ばれる人間達のうち二人から好意を向けられているということで。黄瀬には黒子の魅力が分からなかったためそれが理解出来なかった。

「俺には分かんないっス、無表情で何考えてんのかさっぱり」

「―――黄瀬、次にその台詞を吐いてみろ。俺はお前を許さないのだよ」

黄瀬の一言であからさまに不機嫌になった緑間が横に立つ。普段から目つきは良い方では無いが、明らかにいつもと違うことは明確だ。緑間の突然の変貌に黄瀬はただ驚くしかない。ここで赤司が言った言葉と結びつけられるだけの頭があれば話は別だったが、黄瀬は何も分からなかった。

「緑間くん?」

「………すまない、今の台詞は忘れてくれ」

忘れられねぇよと内心思いつつ、黄瀬は表面上分かったと言った。



「今日から一軍入りする黄瀬っス!」

異例の速さ成長した黄瀬は今日から一軍デビューだ。二軍とは全く違う設備や環境、優遇に思わず声が漏れてしまう。何より憧れ達と同じコートに立てるという事実が黄瀬を奮わせた。

「とりあえず設備に関してはテツヤに確認してくれ。今まで教育係だったんだし気が楽だろう」

「分かりました。教育係ではありませんが分からないことがあったら聞いて下さいね」

「了解っス!」

一軍入りした日は練習に慣れる為に基礎的なことしかしない。しかし同じようなポジションで嬉しいのか、練習後に青峰が黄瀬を1on1に誘ったため、結果的に帰る時間がいつも通りになってしまった。キセキの世代はみんな残っていて、一緒に帰るようだ。当たり前のように黄瀬を混ぜてくれる五人に、黄瀬はとても嬉しい気持ちになった。



「じゃあ先に出て待ってますから、五人共早くして下さいね」

黒子がいなくなったロッカールームは少し騒がしくなる。キセキの世代と呼ばれようとも中学生男子であることには変わりは無い。話の内容が少し如何わしくなるのは御愛嬌である。黒子はその類いの話にあまり好意的ではないため、黒子がいなくなってからという暗黙ルールが出来つつあった。

「そういや思ったんスけど、何で黒子っちってあんな感じなんスか?」

「お前のあんな感じが分からないのだよ」

「ほら、表情とか口調とか。黒子っち、敬語は相変わらずっスけど何か今日笑ってたから」

気軽に疑問をぶつけたつもりだったが、黄瀬の言葉で部室の空気が瞬間的に淀んだ。まるでそれが禁句の様な反応である。黄瀬はふと以前緑間が言っていた台詞を思い出した。もしかしてあの時と同じことをしてしまったのではないかと、黄瀬は少し前の自分の行動を後悔した。

「あ、えっとその――――」

「その話、もしかして黒ちんにした?」

「えっ、いやしてないっスけど……」

「っていうか黄瀬ちんは知らなかったんだね」

「いや今日一軍入りした黄瀬が知らねぇのは当然じゃね?」

緑間の再来が起きるかとビクビクしていたのだが、その心配はなさそうだ。そして青峰の台詞から、どうやら一軍の中では衆知の事実らしい。ならば黄瀬にだって聞く権利はあるだろう。それに教育係として黒子を近くで見て尊敬したからこそ、その理由を聞きたかった。

「涼太もいずれは僕達と同格のプレイヤーになる人間だ。知る権利はあるだろう」

「なんだかんだで黄瀬ちんって黒ちんに懐いてるしね」

バタンとロッカーを閉めて黄瀬に向き直る。まだ何も言っていないのに心臓を掴まれたような気分だった。それはきっと赤司が発しているオーラのせいなのだろう。

「簡潔に言えば、テツヤは線引きをしているんだよ」

「線引きっスか?」

「敬語を話すことで僕達と一定の距離を保っているんだ。無表情なのもその一つかな」

「えっ、でも黒子っちとみんなは一番仲良いっスよね。線引きっていうのはおかしくないスか?」

「………黄瀬、お前は黒子の家族構成を知っているか?」

いきなりの緑間の質問に黄瀬の息が詰まる。黄瀬は今黒子について質問している訳で、家族構成など聞いていない。しかし緑間の表情はとても真剣だった。黄瀬は察した、緑間はそれを通じて言いたいことがあるのだと。

「え、両親と……あれ、黒子っちって一人っ子っスかね?」

「前提が違うのだよ。黒子は母子家庭だから父親はいない」

「そうなんスか……」

思えば黄瀬は黒子についてあまり知らない。正確に言えば黒子の好きなものなどは知っているが、黒子の周りは知らなかった。

「その母親がな、なんか父親の面影がテツにあるとかで溺愛してんだよ」

「溺愛じゃないよ、あれは最早依存でしょ」

「確かに敦の言う通りだ。あれはもう溺愛なんてものじゃない」

はっきりと言い切った赤司の表情は少し苦々しいものだ。そしてそれは他の三人にも共通していた。まるで自分の無力さを痛感しているかのようで、黄瀬は何となくだが目を伏せた。しかし母親からの依存と黒子の行動に繋がるものがあるとは思えない。先程の線引きの意味も黄瀬はまだ理解出来ていなかった。

「それでねー黒ちんが俺達と仲良くしてると怒るんだよ、その人」

「テツが母親以外と仲良くすることが許せないんだとさ。それってある意味虐待だと思わねぇ?」

青峰の問いに黄瀬は何も答えられない。頭の回転速度が追いつかないのだ。黄瀬の両親は割と放任主義者ではあるが悪い人間ではない。比較的温く甘い環境で育ってきたという自覚があった。だからなのか黒子の母親の思考原理が理解出来ない。息子が母親以外と仲良くすることを許さないなんておかしすぎる。

「黒子には母親しかいない。同様に母親にも黒子しかいないのだよ。だからその思考を拒むことが出来ない」

「それがテツヤの敬語と無表情の理由だ。自分はあくまで他人と一定の距離を置いているっていう一種の洗脳なんだよ」

「そんなことしている時点で駄目だって、あの女分かんないのかな」

「だからもうこの話は終わりな。テツの前では絶対すんなよ」

青峰の言葉に黄瀬は頷く。しかし脳内にはどうやったら黒子を救えるかということしか無かった。一番最初に思いつくのは母親への説得だが、そんな簡単なことではないのは確かだ。黒子は見た目と反対に意志が強い。きっと母親からの依存に対抗しようとしたに違いないだろう。それでも改善されず結果今に至っている。では第三者の介入を求めるか。しかし現状黒子に異常はない。肉体的な虐待や育児放棄など明確なものがあれば相談出来るが、それが無ければ話を聞く程度で終わってしまう。

「じゃあ……消すしかないっスね」

「黄瀬?」

思わず口にしてしまった台詞に緑間が疑問符を返す。その内容が内容なだけに黄瀬は言った後に思わず口を塞いだ。自分が無意識に何を言ってしまったのか、理解したくなかった。

「えっ、今………」

「っははは!まさか涼太からその答えが聞けるとはね。短時間なのに恐ろしい奴だね、君は」

赤司の高笑いに三人は苦笑する。黄瀬の物騒な発言を全く気にしていない。聞こえなかった訳では無いのに、黄瀬は四人の行動が分からなかった。

「みんなどうして……」

「いや、涼太の発言が他と変わらなかったから意外でね。お前とテツヤにはそこまでの時間が無かったから、その結論に至るのが意外だったんだよ」

「結論が同じって………えっ?」

「簡単に言えばお前が出した結論が俺達のと変わらねぇってことだよ」

バスケットボールを手でくるくると器用に回して青峰が言う。その表情はどこか呆れたようなもので。緑間もため息をつきながら眼鏡のブリッジを上げていた。紫原は相変わらずまいう棒を頬張っている。いつも通りの空気に毒気を抜かれた黄瀬は持っていたバックを思わず落としてしまった。それと同時に扉が開かれ黒子が顔を出す。気づけばかなりの時間が経っていた。

「嫌がらせですか君達………」

「わりぃな、黄瀬の馬鹿の質問に答えてたら時間経ってたんだよ」

「死んでください」

「酷いっス!!」




赤司から後日聞いた話によると、最初にそれに気づいたのは意外にも緑間だった。部活のロードワークをしていた緑間に母親が話しかけてきたそうだ。最初は息子がバスケ部で上手くやれているかという心配だったが、段々と内容が変わっていき、終いにはキセキの世代と呼ばれる人間達が息子を誑かしたのだという叫びに変わっていった。そこへ黒子が来たから何とかなったものの、来なれけばどうなっていたか分からない。それを赤司に相談した結果、四人は黒子が置かれている状況に辿り着いた。しかしどうすることも出来ず、今はバスケをしている時が救いの黒子に気を掛けることにしている。

そして黒子の状況が分かった時に、彼らはこう言ったそうだ。

「もう消すしかないんじゃねぇの?」

「捻り潰したら黒ちん楽になるかな?」

「根本的解決をするしか無いのだよ」

「簡単じゃない、答えは一つだよ」

十五になれば、中学を卒業すれば大丈夫だと赤司は言った。高校に入ればもう僕の行動可能領域だとも言った。その言葉の意味は、その時にならなければきっと分からない。

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