※ジャンプネタバレあり!




キセキの世代の一人である紫原がいる陽泉を倒すと誰が予想していただろうか。桐皇に勝っただけでも誠凜は賞賛を受けた。それに加えて今回の試合で、世間は誠凜を強豪校だと認識することになるだろう。偶然などではなく誠凜は強い。この試合をもって、バスケ界は覆る瞬間を迎えていた。



勝利に喜び合う誠凜に対して陽泉は当然落胆の色に染まっている。キセキの世代を引き抜くという時点でそれは強豪校である証だ。幻の六人目を獲得した誠凜も後に強豪校になったのだから、その方程式に間違いは無い。ただ誠凜と違い陽泉を含めた五校は引き抜き時点で強豪校として名を広めていた高校だ。当然の如く吟醸というものがそれぞれにある。その五校のうち四校が既に墜ちてしまった、その事実がバスケ界にとって前代未聞の状態にしている。

だが、陽泉が失意と悲しみに浸る中、紫原はただ安堵していた。そこに悲しみなどは無い、あるのは疲労のみだ。黙って何も言わない紫原を周りは見守る目で見ている。きっと彼らは「紫原は悔しくて黙っているのだ」と思っているのだろう。しかし現実紫原の頭の中には重圧から抜け出せたという気持ちしか無かった。

(これ失敗したらみんなに怒られるとこだった……)

黄瀬から積み上げてきた演技は紫原でようやく一区切りだ。あとは赤司がどうにかしてくれる。ここで失敗などしたら四人から何を言われるか。特に緑間は五月蝿そうであるし赤司は純粋に怖い。

(けどやっと終わり。あとは赤ちんに任せていいんだよね〜)

青峰には黒子の指導という役目を追加していたが、四人の仕事は赤司まで上手く持って行くこと。それを達成しなければ周りからとやかく言われるし、赤司からは制裁を加えられる。そんな緊張下でよく動けたものだなと紫原は今さらながら感心した。上手く負けるというのは言うほど簡単ではない。今回は氷室に予想外のトラブルがあった為試合のレベルを上げざるをえなかった。天才ではなく秀才である氷室の葛藤など紫原にとってどうでもいいが、あの場面で紫原自身熱くならなかったらきっと一方的な試合だっただろう。それは上手く負けることにはならない。だから紫原はゾーンまで使った。正直素で紫原のディフェンスを破った誠凜はすごい。しかし紫原がフルに自身を使っていたら恐らく誠凜の点は五割程度まで減らせただろう。そしてもしもっと早くゾーンに入っていたら三割か二割まで抑えられた確率は高い。とにかく紫原は適度に抜くことで、なんとか両者の均衡を保った。

(終わったら赤ちんから召集だろうな)

部活のミーティングがあるだろうが、少し一人になりたいと言えば抜け出すことは出来る。赤司は長々と話すタイプではないので、時間的にも問題は無いだろう。久しぶりに本心で四人と会えることに紫原は内心わくわくしていた。以前黒子を含めて会った時は黒子が居たため踏み込んだ会話が出来なかった。今回は純粋に五人のためその心配は無い。

(あっ携帯……)

メールの受信を示すランプが点灯する。なめらかな動作で携帯をポケットに入れると、紫原はあらかじめ決めていた理由で退出した。メールを見ればやはり赤司からのもので、集合場所は体育館の裏だ。誠凜はもう帰校しているらしく問題は無い。

(遅れたら怒られちゃうな……)

少し駆け足をして紫原は集合場所へ向かった。





「遅かったね、敦」

「ごめん、ちょっと迷った〜」

「試合お疲れっス」

「よぉお疲れ」

「まぁ悪くない試合だったのだよ」

キセキの世代だけがもつ独特の雰囲気に紫原は安心した。これはきっと彼らしかもたないものだからだ。誰に理解されなくても彼らに理解されれば良い、紫原はこの閉鎖的な世界が大好きだった。

「これでようやく一段落だね〜」

「長かったっスよ本当」

黄瀬が嬉しそうな目をする。それは他の三人も同じだった。やっと待ち望んでいた影が堕ちて来る。その過程が非人道的だとしても躊躇いなど無かった。あの光り輝いていた時代を構成していたピースがやっと戻って来るのだから。

「どうした赤司、やけに暗い顔をしているが」

「………敦がテツヤに上手く負けてくれたことは吉報だね。でも同時に凶報だ」

「あぁ?言ってることが分かんねぇんだけど」

「………バレたよ」

「えっ?」

「多分テツヤに僕達の計画がバレた」

一瞬の沈黙の後、それを破ったのは緑間だった。

「どういうことなのだよ!!」

赤司の言葉に緑間が声を上げる。他の三人も緑間の言葉に同調するように説明を求めた。

「別に不思議なことじゃない。現に大輝だって危惧していただろう?」

「あれは俺達が一点差で負けてきたからだ。あと俺のゾーンの問題、それ以外は完璧だった」

「多分テツヤが大輝の時まで感じていた違和感の一つ一つが、敦との試合で確実になったんだよ」

「確実にって……一点差で負けたことっスか?」

「………最後のシュートだろうな」

「どういうことだ」

「そもそも考えてみろ。赤司を除いて俺達の身長は190付近か超えている。だから分かり辛いかもしれないが、黒子の身長はたった168なのだよ。208の身長に長い手足を持つ紫原のシュートを黒子が叩き落とせるわけ無いだろう」

「えっ、じゃあ紫っちってもしかして……」

「………立った状態でシュート出来たけど黒ちんがブロック出来ないから……」

「無駄にしゃがんだってことかよ……」

「テツヤもびっくりしただろうね。自分がジャンプして敦のシュートがブロック出来たんだから」

赤司が薄く弧を描いて笑う。これは計画通りにいかなくて苛立っている時のサインだ。予想外に苦戦した時などに見せるソレに、四人の体に嫌なものが走った。

「でも計画には支障無いから大丈夫かな。テツヤに知られたところで誠凜はこのまま進んでいく。それにテツヤの性格からして先輩達には言えないだろうし」

「まぁここまできたら後は赤司だけだしな」

「僕の試合で誠凜は完璧に潰す。それこそ、もうバスケをしたくならないくらいに、ね」

「……鬼畜っスね、相変わらず」

「そんな赤司に賛同したのは紛れも無い俺達なのだよ」

「赤ちんホントごめん」

「気にするな、種を蒔いていた三人にも非はある」

紫原の試合だけならバレることは無かった。そこに青峰まで三人との試合があったからこそだ。特に青峰に関しては誰よりも黒子が知っている。青峰のゾーンの問題は黒子に大きな疑惑を与えただろう。それを考えれば今回のミスは連帯責任と言えるかもしれない。

「何はともあれ楽しみじゃないか」

どんな困難や支障があろうとも赤司はそれをものともしない。時にはそれを利用して新たな一手とさえするのだ。四人は赤司のそういうところに惹かれて此処にいた。そんなカリスマ性が無ければキセキの世代など統率出来る筈が無い。

(あぁ……本当に楽しみだよ)

自分の思うままに動く世界に、赤司は悦びの笑みを浮かべた。




「黒子?」

陽泉をやっと倒したというのに黒子に覇気が無い。最初は極度の疲労のせいだと考えていたがそうでもなさそうだ。後輩思いの日向達だけにその心配は募った。

「試合終わってから元気無いな……」

「疲れてるからじゃないみたいだしね」

「どうした?」

日向達の優しい言葉が黒子に向けられる。火神だって黒子を心配しているに違いない。しかし黒子にとってその優しさが痛みでしか無かった。

「………な…い」

「?」

「……ごめんなさい」

「ごめんなさい?」

黒子の突然の謝罪に誠凜のメンバーは首を傾げる。今回の試合において黒子が謝る場面などない。むしろ陽泉から最初に点を奪った者として褒められるべきだ。

「あー、もしかして俺の怪我についてとか?」

「いや、木吉の怪我と黒子は関係無いだろ」

「ホントどうしたんだよ。せっかく勝ったんだから喜ぼうぜ」

火神の言葉に黒子は深い罪悪感を感じた。みんなの勝利が決められたものだと知ったらどうなってしまうのか。少なくとも今と同じではいられない。あれほどまでに苦戦した相手のエースが手を抜いていただなんて、思いたくもないことだ。黒子だって考えたくない。しかし今回の試合で分かってしまった。それを否定するだけの材料もない。それに黒子の知る赤司ならばやりかねないことだ。赤司から見たらきっとゲーム感覚なのだろう。高校バスケット界を巻き込んだ大規模なゲーム。それにどうして彼らが乗ったのかは定かでは無いが、きっと赤司と何かしら利害が一致したのだろう。その何らかの目的のために今の仲間との勝利すら切り捨てられることに、黒子は深い嫌悪感を抱いた。高校に入って先輩や同級生と関わって、五人も何か変わったと黒子は信じていたからだ。中学こそ不遇な時期を過ごしていた彼らが高校で得るものがあるだろうと、黒子自身そうだったから願っていたのに。

「火神くん」

「あ?」

「僕は最低な人間かもしれません」

「何意味不明なこと言ってんだよ」

黒子が行った学校だからという理由で誠凜は巻き込まれた。黒子がそれを負い目に感じない日はこの先無いだろう。場合によっては別れるべきなのかもしれないと、黒子は本気で思っていた。それがキセキの世代の目的とも知らずに。

「次は赤司って奴か。なぁ、赤司ってどういう奴なんだよ」

純粋な火神の質問に黒子は思ったままのことを言った。

「とりあえず現時点で一番嫌いな人ですね」

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