青峰を筆頭にキセキの世代の才能が開花してから、五人は全ての試合がつまらなくなった。第2Qに突入する辺りで戦意喪失になりつつある相手に対して、試合を続行していくのは双方にとって痛みでしかない。しかし試合をする以上止めるわけにはいかないため、五人はただノルマを達成するだけを目的にプレイをしていた。そこにパス回しなどいらない。故に黒子は試合に出ていながら、役割を果たせずただそこにいた。それに関して何を言おうともう変わらないだろう。それほどまでに五人は、六人は歪んでしまった。
「よぉキセキの世代、相変わらず一方的な試合で随分なことだな」
掛けられた声に振り向けば相手チームのキャプテンの姿が。無冠の五将として知られる花宮真である。しかし彼の二つ名は悪童、真からは程遠い名前だ。キセキの世代がいなければ確実に彼らは光の中にいられただろう。だが一つ下のキセキの世代という存在が彼らを打ち消した。今や無冠の五将という名は皮肉な意味になってしまっている。
「………俺達に何の用っスか?」
「負けた文句とか言いやがったら締めんぞ」
「おいおい、化け物相手に言葉が通じるなんざ思ってねぇよ。第一負けた奴の言い訳なんて見苦しいだけだろ」
「………こちらはミーティングが残っている。余計なことに付き合っている暇はないのだよ」
「余計なこと……ねぇ」
にやりと悪童が笑みを浮かべる。ラフプレーで挑発する時とは少し違う目に、五人は気分が悪くなった。まるでこれから自分達にとって不快なことでも言うような雰囲気だった。
「なぁ、いらないならアレくれよ」
その言葉に五人は脳が沸き立った。花宮の指すアレという単語が何を示すかは分かっている。この現状ではもう一つしかない。
「……何言ってんスか」
「おいおい、一つ下だからって理解力に差がある訳じゃねぇだろ。つうか分かってる癖に聞くんじゃねぇよ」
「理解に苦しむのだよ」
「じゃあはっきり言ってやる。お前らが不必要だと切り捨てた幻の六人目を寄越せって言ったんだよ」
「切り捨てた?そんなことしたつもりは無いっスよ」
「まさか無自覚無意識だって言うのかよ。ホント救えねぇ奴らだな」
「黙れよ」
「お前らアイツのこと、本当は見えて無いんじゃねぇの?」
「黙れって言ってんだろ!!」
青峰が荷物を投げ捨てて花宮に掴み掛かろうとする。しかしそれを寸でのところで紫原が阻止した。さすがに青峰でも紫原に抑えられれば動けはしない。その様子を花宮はただ嗤って見ていた。
「少なくとも俺ならアイツを今よりもっと上手く使える。お前らといたんじゃ………アイツ潰れるぜ?」
「そんなこととっくに分かっているよ。僕らの今のプレイはテツヤが嫌いとするものだからね」
「じゃあはっきり切り捨ててやれよ、キセキの世代の光でアイツを掻き消す前に」
「それが出来ないから僕達はテツヤとバスケをしているんだろうね」
赤司が花宮をはっきり見据えて言う。悪童という名は伊達じゃない。現に花宮の言葉は赤司の心を少し揺さ振った。しかし赤司はそれくらいでは動じない。
「………なんだ、お前らやっぱり狂ってんのか」
納得した様子で花宮が頷く。それに対して赤司は何も言わなかった。花宮としてはもう少し揺さ振りたいところだが、そろそろ彼が来てしまう。彼が来ると話が面倒になりそうだったので、花宮は早めに話を切り上げることにした。
「アイツがお前らから離れていく時が楽しみだよ」
「たとえ離れたとしても逃がさない。貴方のところには尚更行かないように言っておかないと」
「……お前ら―――」
「何しているんですか?」
花宮の後ろから澄んだ声が聞こえる。振り向かずとももちろん誰だか分かった。ちょうど花宮を挟んで両側にいる状態だ。そして黒子は今までの会話を聞いていない。従って、恐らく黒子には、キセキの世代に喧嘩を吹っかけに来た相手チームに見えているだろう。
「じゃあなキセキの世代さんよ」
捨て台詞をわざと吐いて黒子の方へ歩いていく。後ろで五人から突き刺すような視線が送られるが、憎悪や嫌悪など悪童にとって好物でしかない。向けられた視線を気にもせずに黒子の横を通り過ぎ――る瞬間に黒子の手首を掴み耳元に口を寄せ耳打ちをした。
「―――」
「っ!」
耳打ちされた言葉に驚いたのか、瞳が大きく開かれ花宮を映す。黒子の中に浮かび出た感情に、花宮は心の中で笑みを浮かべた。黒子の驚きの理由、それは黒子にとって花宮の言葉が図星だったからだ。そして耳打ちした内容はキセキの世代達には聞こえていない。向けられた視線が殺意のようなものに変わっていたが、今の花宮にはそれすら気持ちが良かった。
「また話そうぜ、黒子くんよ」
「全力で遠慮します」
花宮は自分のチームの元へ、黒子はキセキの世代の元へ、それぞれ帰る。しかしもう昔の場所に黒子は帰ることが出来ないだろう。それで良い、花宮にとっては。
「今年スポーツ推薦で抜いてやろうかな」
にやりと笑って呟いた言葉に返す者は誰もいなかった。