「黒子、この家の家計は大丈夫なのか?」

食事中に緑間が告げた疑問に同意するように四人も黒子を見つめる。黒子は意味が分からず、こてんと頭を傾げた。

「六人養うのに遺産だけでは足りないと思うのだよ」

「あぁ、僕の副収入について言ってませんでしたっけ」

「副収入?」

「はい。学生ですけど兼職しているんです」

「んなの初めて聞いたぞ」

「確かに初耳だな。テツナについて知らないことがあるなんていただけない」

「まぁ話すより見た方が楽ですかね」

とりあえず食事を終えてから、黒子は五人を自室に連れて来た。黒子が自室に人を入れることは珍しい。基本的に居間にいるため行く機会が無いとも言える。

「これ、何だか分かりますか?」

「あっ、知ってるっス」

「緑間くんと打ち解けたきっかけはこれでしたね」

「あぁ、そうなのだよ」

「で、今をときめく若手作家の本がどうしたんだい?」

「著者が僕なんですよ」

「………は?」

五人の声が重なる。上手くハモったなぁと場違いなことを考える黒子に対して、五人の思考は混乱した。黒子が指した本の著者は最近有名になりつつある黒色凜という作家だ。顔出しはしていないが様々な雑誌でその魅力が認知され始めている。これからを担う大型新人と期待をされているような人間だ。それが目の前にいる黒子だとは、とても信じられなかった。

「黒色は黒子からとって、凜は誠凜高校から拝借しました」

「じゃあ全作持っている理由って……」

「自分の作品ですから、手元に欲しいじゃないですか」

「でも黒子っち学生っスよね?」

「だから学生兼作家という形にしています」

片手間に出来るものかという疑問は残るが、嘘の筈が無い。事実今考えると、黒子が時々悩むような仕草をしていた。もしかしてそれは小説の構想を練っていたのかもしれない。とにかく告げられた事実に五人は固まってしばらく動けなかった。

「正体は隠しているので、みなさんも話しては駄目ですよ。これで色々問題が起きるとみなさんと暮らせなくなってしまいますから」

暮らせなくなるという単語に過剰に反応した五人はすぐさま頷いた。五人にとって黒子が若手作家という事実は関係を崩すもので無ければ影響は無い。まだ小学生である五人には、黒子と暮らせなくなるという事実の方が大切だ。当然五人の意識もそちらに向かう。

「じゃあ黒ちんが凄い人っていうのはみんなの秘密ってこと?」

「そうです。僕達六人だけの秘密ですよ」

秘密という甘美な響きに五人は少しだけ浮かれてしまった。大切な人達と何か大切なことを共有しているというのは、小学生にとってまるで特別のように感じるものだ。それが働いたようで、五人は絶対に口外しないと内心で誓った。

しかしこの特別が六人を変えてしまうのは、ほんの少し先のことだった。



「黒子っち最近大変そうっスよね」

「なんか時々難しい顔してるよな」

「なんか嫌なことでもあったのかな……」

リビングの机を囲んで五人は緊急会議を開いていた。といっても本来は赤司と緑間による宿題講習会だ。それがいつしか脱線していき、話題が最近の黒子についてに変わってしまった。けれども最近の黒子の様子がおかしいのは赤司も緑間も感じていたことだ。故に二人も勉強を中断してその話に乗る。

「しかし黒子は特に何も言っていなかったのだよ」

「テツナのことだ、僕達に隠すだろうね」

「黒子っちホントどうしたんだろ……」

黒子の生活について、五人は正直ほとんど知らない。バスケ部のマネージャーをやっていることは聞いたが、どんな人がいるのか、などの話はしないからだ。黒子はいつも五人の話を真剣に聞いてくれる。けれど自分から何かを話すことはほとんどなかった。

「あっ、もしかして……」

「紫っち何か分かったっスか?」

「もしかしてお話上手くいかないのかなって」

「お話………小説のことか!」

黒子の副業の執筆活動の大変さを知っている訳ではないが、あんなにたくさんのページを書くのだからきっと大変なのだろう。それに期待されている作家となれば要求されるレベルも高くなる筈だ。黒子はそういう辛さを五人に見せないが、見せないだけで溜めているのかもしれない。そう考えると自分達は負担なのだと悪い方向に走ってしまう。しかし家に来た時に黒子が言った言葉を五人は忘れた時が無い。あの言葉があるからこそ今の五人を保っていられるのだ。

「悩んでいても仕方がない。僕達で出来ることをやるぞ」

赤司の言葉に五人は躊躇うことなく頷いた。



「……これは?」

黒子の目の前には綺麗に畳まれた洗濯物がある。洗濯は黒子の仕事なのだが、一体誰がやってくれたのか。当然と言うべきか答えは一つしかない。

「これは………君達がやってくれたんですか?」

「この家で一緒に暮らすんだから、家事の分担は当然じゃないかなって」

「赤司っち提案で決めたんスよ!」

「黒ちん頑張りすぎだからね〜」

「誰かを頼るということは、悪いことではないのだよ」

「だからテツが困ってるなら俺達が頑張らなきゃな」

「僕が……困ってる?」

「最近元気が無いの、隠せてるつもりだった?」

赤司からの追及で、黒子は押し黙ってしまった。きっとポーカーフェイスを得意とする黒子のことだ、自分の機微を悟られることはないと思っていたのだろう。しかし日常生活をしていれば些細なところに異変は出てくる。表情はごまかせても無意識まではごまかせない。

「僕達じゃ頼りない?」

そんなことはないと黒子は頭を横に振った。ただ黒子が現在抱えている問題は赤司達には少し難しいかもしれない。黒子にだってどうしたら良いか分からない現状なのだから。―――それでも黒子はぽつぽつと自身が直面している問題について語りだした。

「………今度雑誌の取材を受けることになっていて、そこで素姓を公開しないかって言われたんです」

「!?」

「高校生作家っていう肩書きがあればもっと売れるだろうって。元々そういった情報は公開しないっていう約束だったんですけどね」

「それは……黒子っちの顔とか出すってことっスか?」

「本名と顔は出さないっていう話ですけど、どうだか………。大人ってあんまり信用出来ないんですよ」

苦笑して言う黒子の中に苦みが広がっている。きっと若くして社会に出ていった彼女の苦悩なのだ。大人の世界に約束はあって無いようなもの、そう黒子は言いたいのだろう。自分と同じように若くして旅立たなければならない五人に。

「断ればいいじゃん。黒ちんは嫌なんでしょ?」

「元々僕は執筆ペースが不定期なんですよ。だから割とこちらの都合を押し付けてしまっていて、中々断れる立場じゃないんです」

「でも素姓を明かすだなんて僕は反対だな。確実に蝿が群がってくるに決まってる」

「赤司くん?」

「黒子っちは気にしなくて良いっスよ」

五人の数少ない友人の桃井によれば、黒色凜には一部熱狂的なファンがいるらしい。黒色凜が描く世界の異質さと聡明さに惹かれた彼らは、次第に自分達自身で黒色凜の像を造りあげてしまっている。そんな彼らに黒子の情報を与えでもしたら、良い方向に転ばないのは確かだ。下手をするとストーカーが出るなんてことになりかねない。

「その答えとやら、いつまでなのだよ」

「来週の月曜日までですけど」

「あと五日か……」

このままいけば黒子は編集部の意向に沿わなければならなくなる。もし仮にそうなったとしたら、五人と黒子の平穏な生活はきっと脅かされてしまうだろう。それはなんとしても避けなければならない。

「テツナ安心して、この件については僕達でなんとかするから」

「なんとかするって……小学生の君達に何が出来るんですか?」

「俺達だけじゃねぇからな。きっとアイツも協力してくれんだろ」

「アイツ?」

「とにかくテツナは小説書いてて。あとサインの練習もよろしく」

五人の自信に満ちた顔が黒子には理解出来ない。しかしどうすることも出来ず、黒子はただ頷くしかなかった。



「うんいいよ。五人からの頼みなら苦じゃないし」

「ありがとう、本当に助かったよ」

「別にいいって〜。あっ、でも約束は守ってね?」

「もちろんだ。全力で君の願いは叶えよう」

誰もいない教室で、五人と少女が語らっている。その姿を見た者は誰もいなかった。



「白紙に……ですか?」

「あぁ、上の人間から急遽差し押さえが来た。インタビューは組まれるだろうが素姓云々の話は無しだ」

「どうしていきなり…」

「正直分からん。ただこれを機に担当が変わることになった」

「………」

黒子の脳裏には五人とのやり取りが思い出される。赤司が告げた言葉通りに物事が動いていて、黒子は赤司達が何か悪いことをしたのではないかと心配になった。施設にいた時から五人は色々と問題を起こしていたらしい。もしかしたら今回もと、悪い方向に考えが巡ってしまう。

「黒子さん?」

「……その新しい担当さんってどなたですか?」

「あぁ、あそこにいる人だよ。顔合わせはもうしばらく後ね」

とりあえず五人と話をしなければならない。そう決めて、黒子は早めに編集部を去った。



「ただいま」

「お帰り〜」

長閑な声が黒子を出迎えてくれるが黒子の心は晴れない。しかし玄関に置かれている可愛らしい靴を見て、黒子は首を傾げた。黒子の知り合いにこのような靴を履く人はいない。それ以前にこの靴の大きさは小さかった。例えるならば小学生が履くくらいの大きさだ。

「お、お邪魔してますっ!!」

靴と同じく可愛らしい声がぱたぱたと玄関まで駆けて来る。腰までありそうな髪をツインテールと下ろしていて、時間が掛かっただろうなと的外れなことを黒子は考えた。

「えっと……この子は?」

「初めまして、桃井さつきです。みんなと同じ学校に通ってます」

「こんにちは桃井さん。えっと、五人のお友達ですか?」

「はい!お友達してます!仲良くしてます!」

緊張しているのか声が震えている。そんな桃井を落ち着けようと黒子は頭を撫でた。あんまり強く撫でると可愛らしい髪型が崩れてしまうので、そこはもちろん手加減をする。黒子に撫でられてご満悦なのか、桃井は可愛らしくにこりと笑って黒子に抱き着いた。

「初めましてずっと会いたかったです!」

「会いたかったって……僕にですか?」

「テツナの話をさつきにしたんだ。そしたら是非ともって」

「?」

「黒色凜の大ファンなんスよ、桃井っち」

「あっなるほど……」

随分と小さく可愛らしいファンがいたものだと黒子は思った。黒子の描く小説は歳を感じさせない大人びた印象をもっている。故に使われる言葉もそれほど簡単な言葉ではない。それを理解出来る小学生が身の回りに三人もいたとは……実に驚きである。実際桃井は頑張って分からない言葉を調べたりという努力をしているのだが、それは黒子の知らないことだ。緑間と赤司は小学生以上の知識をもっているので、些細なニュアンスまでは掴めなくてもだいたいは理解している。

「そうだ。黒子っち今日編集部から何か言われたっスよね?」

「………やはり君達の仕業でしたか。法に触れるようなことをしたなら僕は許しませんよ」

口調は変わらなくとも黒子の言葉には戒めが含まれている。その戒めに気づいたのか、赤司と紫原以外がうっと唸った。桃井も三人と同様だ。しかし赤司と紫原は意に介した様子もなく平然を保っていた。

「僕達は何もしていないよ。たださつきに少しお願いをしただけだ」

「桃井さんに?」

ふと、黒子の頭の中に何かが過ぎる。桃井………一見どこにでもいるような名字が黒子の脳内に引っ掛かった。黒子は正直他者との付き合いが苦手だ。故に知り合いの数もあまり多くない。その知り合いの中で桃井という単語を必死に漁っていく。

「………あ」

「もしかして分かりました?」

「………桃井編集長のお孫さん?」

「正解です!」

桃井編集長―――言わずもがな編集部で一番偉い方である。定年まであと数年らしいので、孫がいてもおかしくはないだろう。桃井編集長は敏腕として有名で定年後も影響を及ぼす程の力をもっている。仮にそのような人物から差し押さえが来たら編集部は逆らう訳にはいかないだろう。

「おじいちゃんに『凜先生が困ってる』って言ったら『おじいちゃんに任せない』って」

「………桃井さんはたくましいですね」

可愛らしいファンは実力的な意味で心強い味方だった。そのことに黒子は世界の狭さを痛感しつつ、それを利用しようと画作した五人に呆れてしまった。小学生だからといって侮ることなど出来ない。これから子供扱い止めようかなとも思ってしまった。

「あの………握手とサインくれませんか?」

怖ず怖ずと言い出した桃井に非はない。むしろ彼女は黒子のためを思って行動してくれたのだ。この点については褒めなければ。

「いいですよ、握手でもサインでも」

桃井の手を握ってリビングまで行けば、桃井の顔がぱあっと晴れていく。そんな様子を見て黒子は改めて可愛らしいなと思った。



「初めまして、新しい担当の原澤です。よろしくお願いしますね」

「えっと黒子です。よろしくお願いします」

「高校生作家とは大変ですね。部活は……バスケ部ですか。私もバスケ部のコーチを時々」

「そうなんですか?バスケのお話が出来る方ですごく嬉しいです」

黒子(総受け)の受難は続く………。

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