「ん……朝ですか」

ぬくぬくと布団に篭っていたいが時間は許してくれない。鳴り響く目覚まし時計のスイッチを切り、黒子は六人分の朝食などを作るために部屋を出た。


この家に五人の子供達が来て一週間、ようやく間取りに慣れたようで迷子になることが無くなった。黒子を引き取ってくれた人は有名な地主で、その人の住んでいた家をそのまま使っているため、場所的には不具合は無い。五人を引き取る上での場所確保はとても大きい問題だったので、それは良かったと言えよう。

しかし五人を引き取ることは仕事が五倍になることと等しい。朝食も夕食も家事も五倍、これは高校生には厳しい状態だ。(昼食は給食があるため一人分で済む)しかしまだ十歳の子供に何か出来るとは思えないため、これはもう黒子がやるしか無かった。今思えば施設員は何て大変だったんだと尊敬出来る。

(それにみなさんたくさん食べるんですよね……)

育ち盛りと言えば聞こえは良い、しかしそんな言葉で形容出来ない程に五人はよく食べる。赤司なんかは体躯的に普通だが、紫原や青峰が尋常じゃない。これが育ったらどうなるのか、黒子の中でちょっとした疑問だった。

「まぁ食べることは良いことですよね」

「おはよう黒子さん、朝食を作っているのかい?」

「おはようございます赤司くん。まだ時間掛かりますから、先に支度していて下さいね」

「分かった」

五人で一番早起きなのは赤司だ。彼は目覚まし時計のお世話になったことがないくらい目覚めが良い。なんとも羨ましい体質である。そして次に起きて来るのは緑間だ。彼も目覚めが良い方で、目覚まし時計の五分前に起きてしまう。彼曰く、目覚まし時計が鳴る気配が分かるらしい。黄瀬は起こしに行けば起きてくれる。一度目が覚めると大丈夫なようで、二度寝の心配が無いのが有り難かった。そして問題の二人組だ。二度寝なんてものじゃない。目覚まし時計をどんなに大きくしても目が覚めないのだ。最初は病気じゃないかと本気で心配してしまった。しかし寝起きが悪いだけなので、今は躊躇いなく起こしている。最悪非道な手を使っても仕方ないだろう。朝という貴重な時間を起こすことに割くことは出来ないのだ。

「赤司くんは手が掛からなくて助かります」

「他のは僕達が起こすから気にしなくていいよ」

「………起きなかったら何しても構いません」

「了解」

なんとも物騒なやり取りが行われていることなど知らずに、二人はすやすやと眠りについていた。



無事とは言えないがなんとか起きて六人が食卓につく。六人で一緒に朝食をとること、これはこの家に来た時に黒子が提案したことだ。朝と晩しか一緒にいることが出来ないため、その時はみんなで食べようと六人はそう決めた。そのためには二人をなんとか起こさなければならないのだが。

「黒子っちは時間大丈夫っスか?」

「君達が小学校に行くのと同じ時間に出れば間に合いますから」

「戸締まりくらいちゃんとするっスよ」

「一緒に家を出たいんです、駄目ですか?」

「そういうわけじゃないけど………」

十歳とはいえ環境が環境なだけに遠慮してしまう。元々五人一緒だなんて無茶な要求をしているため、第一に考えてしまうのが負担だった。高校生と小学生では行動パターンが全く違う。今まで一週間黒子は五人と同じ時間に家を出ていた。しかしよく考えたら高校の方が遠い筈で、同じ時間に出てしまったら遅刻に決まっている。それに気づいたのが実は昨日だった。

「俺達のせいで遅刻なんかしたら困るのだよ」

「遅刻?あぁそういうことですか。優しいんですね君達は」

「優しいとかじゃなくて、その………」

「別に心配には及びませんよ」

飲んでいた野菜ジュースを机に置いて、黒子は少し微笑んだ。その笑みには有無を言わせない、そういった雰囲気がある。この笑みをした時点で話は打ち切りなのだと、五人はこの一週間で理解した。

「あっ、もう時間ですね。みなさん準備出来てますか?」

「大丈夫っスよ!」

「じゃあ行きましょう」

鍵を預かるのは緑間の役割だった。そして赤司は五人と黒子を繋ぐ手段として携帯を担当している。さすがに五人分は無理なので、代表として赤司に持たせているのだ。

「何かあったら連絡下さいね」

「黒子っちじゃあね〜」

ぶんぶんと元気に手を振る。そんな黄瀬に黒子も小さく手を振った。

「で、大輝と敦は何時になったら慣れるわけ?」

「慣れるとかそういうもんじゃねぇだろ」

「知らない人と一緒に暮らせって言われても、ねぇ」

「五年の辛抱だろう」

「辛抱………」

五人が引き取られるのは五年間だと始めから決まっていた。高校生はもう自立していると施設で決まっていたからだ。故に黒子が引き取る際も、中学卒業までという話だった。

「五人一緒の時点で喜ぶだろう普通は」

「でもさぁ〜」

「早くしないと遅刻なのだよ」

赤司は五年の辛抱だと割り切っているかもしれない。しかし黄瀬にとっては違った。この家に来たことに喜んでいるし、黒子のことも好きだ。自分達五人に向き合って接してくれていると、そう思っている。しかし青峰と紫原はそうではないらしく。黒子が嫌いな訳では無い、しかしどんか感情を向けたら良いか分からない。そんな感じがしていた。

「安心しろ黄瀬、恐らくお前と俺は同じなのだよ」

「緑間っち?」

「赤司のように五年だからと割り切れる訳が無い。五年というのは口にするよりもずっと長い期間なのだよ」

「そうっスよね……」

「それに黒子のことを嫌いでも無いしな」

「俺もっス」

五年だからと割り切るのではなく、たった五年しかいられないとそう思える日が来ることを黄瀬は心から願っていた。



「で、どうなんだよ……その五人は」

「二人は懐いてくれそうで、二人は僕のこと好きじゃなくて、一人は上手く付き合おうとしている、そんな感じですね」

「まぁ知らねぇガキ引き取るんだからそういうもんだろうな」

「五年は一緒にいるわけですから仲良くしたいんですよ」

ストローを紙パックに差して小さく吸い込む。小柄な黒子は比例して食べる量も少ない。持参のお弁当と小さな紙パックの飲み物で足りてしまう程だ。対して火神はスポーツマンだからか食べる量が尋常では無い。紫原達もいつかこうなるんだなと、黒子は小さく息を吐いた。

「やっぱり嫌なんでしょうか………」

「嫌っていうか、どう接したら良いか分かんねぇんだろ。二人は懐いてんだっけ」

「心を開こうとしているなとは感じます」

黒子が指す二人とは言わずもがな黄瀬と緑間だ。初めて見た時の印象では緑間は気難しそうだと思っていたのだが、彼は意外に良い子だった。その大きな理由として本の趣味が同じだったことが上げられる。緑間が好きな作家の全作品が黒子の部屋にあったため、家に来てすぐに本の話題で盛り上がった。緑間の周りには読書家が少なかったようで、それが相乗したようだ。

「そういや部活来れんのか?」

「はい、今までは休んでましたけど今日からマネージャー復帰です」

リコがいるためマネージャーがいないということにはならないが、彼女一人で男性陣を相手にするのは大変な作業だ。それに作戦などをリコは担当するため、サポート関連は黒子担当になっていた。環境のおかげが黒子は料理や家事が出来るため、水戸部の負担も減る。

「じゃあ後でパス練付き合ってくれ」

「分かりました」

空になった紙パックを火神が奪い取りごみ箱に向けて投げた。紙パックは綺麗に宙を描いてごみ箱に入る。ナイスシュートです、と黒子が声を掛けるとわしゃわしゃと頭を撫でられた。



「重い………」

両手に抱えるスーパーの袋にスクールバック、女子高生には多過ぎる荷物だ。スーパーから家まであまり距離が無いのが救いだが、それでも小柄な身には辛いものがある。特売がある日に買い込む気質のため、今日はまた一段と重かった。火神がいれば軽々と持ってくれるのだろうが、火神の家は逆方向である。

「あれ、もしかしてテツナちゃん?」

掛けられた声に内心溜め息をつきながら、黒子は振り返った。そこにいたのは近所に住む主婦で、噂好きとして有名な人だった。黒子が引き取られた当初は気にかけるという名目で色々言われた。そのせいか彼女には苦手意識があるのだ。しかしそんなのお構い無しに彼女は話を続けた。

「こんばんは、何か用ですか?」

「いや……ねぇテツナちゃん、最近引き取った五人の子どうなの?」

「どうと言われても……良い子達ですよ」

「でもテツナちゃんまだ高校一年生でしょう?そんな歳で五人を養うなんて無理じゃない」

「幸い祖母が残してくれたものが幾らかあるので」

「そんなの一年くらいで無くなっちゃうわよ」

彼女は黒子の副収入を知らないからか、やたら家計について聞いてくる。いや、恐らく黒子から情報を引き出して噂の種にしたいのだ。高校生が小学生を五人引き取っただなんて良い噂になる。そしてそれが広まっていくのを面白可笑しく笑っていたいのだろう。そんな見え見えの下心に黒子は舌打ちをしたくなった。

「貴女に心配される謂れはありません。お気遣いありがとうございました」

「………何よその態度。こっちが気にかけてやってるっていうのに」

ご近所付き合いを拗らせるのは良くない。とりあえずここは静観しようと、黒子はだんまりを決めた。元々表情の乏しい黒子が黙れば、まるで機嫌が悪いように見えてしまう。それが気に障ったのか、彼女は声を荒立てて罵倒し始めた。

「第一あなたみたいな子供が引き取るだなんて可笑しいのよ。保護者にでもなったつもりなの?同じ境遇の子供が可哀相に見えたからって、後先考えずに行動したらどうなるのか、少しは思い知った方が良いんじゃない。それにあの子供達も子供達よね。挨拶したって碌に返さないし、施設での教育がなってないのよきっと。あんな可愛くない子供どこが良いんだか。子供らしくないし無駄に大人びていて気持ち悪いのよ」

「それ、どういう意味ですか?」

黒子の罵倒なら耐えられる。しかし五人への中傷には黙っていられない。五人は辛い環境で身を寄せ合って生きてきた。その思いを、行動を目の前の人間は否定をしたのだ。それに五人が大人びているのは周りの人間と環境のせいだ。それを気持ちが悪いだんて、黒子はとにかく許せなかった。

「五人の良いところを何も知らないくせに、ふざけたこと言わないで下さい。古典的な台詞ですけど、貴女に彼らの何が分かるんですか。確かに彼らは周りから見たら年相応には見えないかもしれない。それでも彼らに良いところはたくさんあります。黄瀬くんは誰よりもみんなが大好きで可愛いし、緑間くんは口では文句言ってもきちんと僕の話を聞いてくれる。青峰くんは誰よりも強がりで誰よりも脆い子で、紫原くんはお菓子が好きな負けず嫌いな可愛らしい子供で、赤司くんはそんな四人がはぐれないようにずっと頑張っていてくれて。たった一週間しかいないけど、僕はそんな彼らが大好きなんです。だから貴女にとやかく言われる筋合いはありません」



そう言い切る姿を、五人はただ呆然と見ていた。小学生の方が帰宅時間は当然早い。しかし五人は学校で下校時刻ギリギリまでバスケをした後、公園でまたバスケをしていたので帰りが遅くなってしまったのだ。黒子より先に帰らなければ黒子はきっと心配してしまう。それを迷惑と考えた五人は、早く家に帰るために帰路を急いでいた。すると反対側から歩いて来る黒子の姿が見える。誰かに声を掛けられて立ち止まったため、少しの差で五人の方が早く帰ることが出来そうだ。しかし家の前に着いた時に聞こえた罵声に五人は凍りつく。途端に体内を巡るのは負の感情のみだ。しかしそれらは黒子の言葉で全て消え去っていった。



言い切った黒子に少し引け目があるのか、言い返す余地が無いのか、彼女はただ顔色を変えてその場を立ち去った。彼女の罵倒の声が大きかったからか、周りがちらちら見ていたことも大きいだろう。この場を見ればどちらか悪いか、一目瞭然である。

「あれ?みなさん今帰宅ですか?」

「あ、えっと……」

「寄り道ですか。まぁ今回は許しますけど次は駄目ですよ」

「さっきの……」

「………聞いてましたか。結構声大きかったですもんね」

「俺達のせいで悪く言われるのは嫌なのだよ」

「………よく聞いてください」

荷物を置いてしゃがむ。黒子がしゃがむことによって必然的に五人を見上げる形になった。

「君達は色々考えすぎなんですよ。僕は君達をもう家族だと思っています。五年を"五年も"として見るのではなく"五年しか"として見たい。だから君達は黙って僕から愛されていて下さい。たとえ君達が僕を嫌っていようと、どうでもいいと思っていようと、僕にとって君達は唯一なんですから」

微笑んで言った台詞に五人は何も言えなくなった。自分達は孤児だから愛されることはないと、どこかで線を引いていたのだと実感してしまったからだ。そして黒子が自分達に与えてくれる絶大なる愛に、五人は目から滴が零れ落ちた。

「男の子は泣いちゃ駄目なんですよ。でも今日は色々と特別です」

立ち上がって荷物を手に取り門を開ける。そんな黒子に声を掛けたのは青峰だった。

「それ片方貸せよ。俺が持ってやる」

「重いですよ?」

「重いから持つんだろ」

了承も取らずに片方を奪い取る。黒子が言った通り重かった。しかし袋の手持ち部分を片方無理矢理黄瀬が奪う。

「青峰っちだけじゃ重いでしょ。俺が片方持つっスよ」

「うるせぇよ」

「いちいち喧嘩をするな。黒子、俺にも片方寄越すのだよ」

「ありがとうございます」

「みどちんだけじゃきつそうだから片方持つ〜」

「紫原くんのために新作まいう棒買いましたよ」

「本当!?」

「えぇ、確かチーズフォンデュ味だった気が」

「良かったな敦」

「うん楽しみ〜」

六人仲良く扉を開けて家に入る。いつものくせでただいまと黒子が呟くと、五人がそれに倣うようにただいまと言った。それは此処を帰る場所として見なしたということで。黒子はそれが無性に嬉しかった。

「黒子っち、今日の晩御飯何っスか?」

「今日はシチューの予定です」

「じゃあ皿並べんのとか手伝ってやるよ」

「ありがとうございます。あっ紫原くん、まいう棒は食後にですよ」

「はーい」

キッチンに立つ黒子の後ろ姿を様々な気持ちで五人は見つめる。今まで一緒にいたようでいなかったのだと、改めて感じてしまった。家を出た時はただ五年の辛抱だと考えていた自分達が恥ずかしい。黒子はこんなにも想ってくれているのに。

「何から変えていこうか」

「まずは呼び方からじゃない?」

「……そうだな」

これからの五年間を想像して、五人は表情を綻ばせた。長い間見つめられていたことに気づいたのか黒子が振り返る。何でもないよと赤司はにこりと笑って告げた。

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