その日の赤司の機嫌は最悪に悪かった。恐怖政治を敷いているのはいつも通りなのだが、部員達に掛ける言葉が刺々しい。一つ一つの指示も少し荒々しかった。そんな様子にキセキの世代は何か良からぬことを感じてしまう。何せ赤司の機嫌の悪さは回りに回ってキセキの世代に降り懸かってくるのだから。

パチンと意味もなく将棋の駒を盤に打ち付ける。何処で打ち方を身につけたのかは知らないが良い音を立てていた。しかしそんな凜とした音でさえ周りの恐怖を煽るだけだ。不機嫌なら言えばいいものの言わずに態度に出すから厄介である。そして気がつけば部室にはキセキの世代しかいなかった。

「ねぇ」

恐らくはこのいなくなったタイミングを狙っていたのだろう。いつも通りの落ち着いた声が部室に響く。しかしその中に含まれる怒りは明確で、それだけで黄瀬はぶるりと震え上がった。かろうじて赤司の怒りに免疫のある三人はなんとか堪える。

「どうしたのだよ赤司、今日一日不機嫌だったようだが」

「不機嫌……そうだね、僕は今日一日とても機嫌が悪い。いつもなら見逃すような小さなミスでさえ頭にくるぐらいね」

射殺すような視線が緑間を貫く。赤司が指している小さなミスというのは、ミニゲーム中に緑間がハーフラインからのシュートを失敗したことだ。元々スリーポイントシュートは入る確率が低い。それをハーフラインから打っている時点で命中率など無いようなものだが、緑間にその言い訳が通用する筈もなく。たった一度のミスとはいえ、それはかなりの痛手だった。

「あぁでも心配しなくていいよ。真太郎のシュートミスも大輝と涼太の1on1でゴールが軽く損傷したことも、敦が練習中に隠れて菓子を食べていたことも、別段気にしてはいないさ。誰にだって色々あるだろうからね」

そう言いながら明日のメニューはきっと二倍になっているのだろう。苛立ちをメニューにぶつけるのは止めてくれと言いたい四人だが、言ったところで事態は変わらない―――むしろ悪化する。甘んじてここは不条理を受け入れるしかない。

「なぁ、赤司の機嫌が悪い原因って何だよ」

「それが分かったら苦労しないっス」

ひそひそと小さな声で会話をする二人だが地獄耳をもつ赤司には聞こえているだろう。だからか、緑間と紫原は敢えて会話には参加しない。これから起きるだろう災いの中にわざわざ足を踏み入れるなど、馬鹿のすることだ。しかし赤司の不機嫌の理由が分からないことは二人にとっても痛手だった。

「仕方ねぇな。おい黄瀬、お前ちょっと死んでこい」

「青峰っち!?」

「アイツの機嫌が悪いままじゃ困るのは俺らだろうが。お前一人の犠牲なら安いもんだよ」

「うむ、異論は無いな」

「黄瀬ちん頑張って」

「ちょっとみんな酷いっスよ!」

「四人ともどうしたんだい?言いたいことがあるなら言いなよ。それとも僕には言えないことなのかな?」

嬲り殺すかのようにじわじわと攻め込む赤司に、黄瀬は自暴自棄といわんばかりに声を上げた。

「赤司っちどうして今日機嫌悪いんスか!?」

よくやった黄瀬と三人が心の中で黄瀬を讃える。黄瀬も吹っ切れたからか、先程とは顔つきが違った。そして赤司は黄瀬の問いに対して暫く沈黙した後口を開いた。

「別に機嫌が悪い訳では無いよ。ただちょっと虫の居所が悪いだけだ」

それを機嫌悪いと呼ぶのだよと緑間は内心思ったが、さすがにこの状況では言えなかった。しかし黄瀬がせっかく捨て身で開いてくれた突破口を無下にするような真似はしたくない。そう思っているとコンコンと誰かが部室の扉をノックした。

「すみません黒子です。みなさん着替え終わってますか?」

「あっ黒子っち?えっと大丈夫っスよ」

黄瀬の承諾の後に扉が開かれる。黒子も制服に着替え終えたようで帰り仕度をしていた。恐らく帰りの遅い五人を心配してわざわざ部室まで来てくれたのだろう。しかし機嫌の悪い赤司を放って置くわけにもいかない。放って置けば明日の地獄は明白だ。

「えっと黒子っち、ちょっと今……」

「あっすみません、もしかして大事な話でもしてましたか?」

「大事な話………そうだね、じゃあ早く済ましてしまおうか」

自分から話を進めようとする赤司に、四人は疑問符を浮かべた。対して黒子は何が何だか分からずただ立っているだけだ。機嫌が悪いオーラを全開にして、赤司は部室に入ってきた黒子の腰をいきなり抱き寄せた。まさか抱き寄せられるとは思っていなかった黒子はそのまま赤司の腕の中に収まってしまう。一瞬の沈黙の後黄瀬と青峰が騒ぎはじめた。

「落ち着きなよ二人共、機嫌が悪い原因……聞きたいんだろう?」

「赤司くん何か嫌なことでもあったんですか?」

「あぁ、相手を呪い殺したいなって思うくらいに」

「赤司が呪い殺すって………」

「冗談に聞こえないのが怖いんスけど」

「で、それが黒子と関係があるのか?」

「黒ちん関係なら赤ちん敏感だもんねー」

赤司の黒子溺愛っぷりは周知の事実であり、今さら語るべき内容では無いだろう。クラスが違うため部活でしか会う機会は無い筈だが、黒子のクラスに入り浸り状態のためクラスメイトのようだった。誰もそのことについて何も言わない。自分の命が惜しいのは当たり前だ。

「ねぇテツナ、今日の昼休みに一緒にいた奴誰?」

「昼休み?あぁ、もしかして結城くんですか」

黒子の口から男の名前が出てきた途端に、黒子を抱きしめていない手が怒りで震える。黒子はそれに気づいていない。しかし同時に四人も途端に機嫌が悪くなった。昼休み、男の名前ときたら連想するものは一つ。

「しかも何か手紙渡されてたよね?」

結城くんの死刑が満場一致で決まった。今五人の頭の中には、明日どうやって結城くんを締めようかという計画しかない。たとえ黒子が止めに入ったところで、五人の意志は変わらないだろう。二人きりで手紙を渡した、これはキセキ憲法第15条黒子に対するスキンシップに関しての条文において重罪認定されている。

「あ、あの手紙は―――」

「許さねぇっスよソイツ……俺の黒子っちに手を出すなんて」

「お前のじゃねぇよ、俺のテツに決まってんだろ」

「全く、身の程知らずとはこのことだな」

「赤ちん、その男捻り潰していい?」

「良いぞ敦、テツナに手を出したことを後悔させて―――」

「待って下さい!話が噛み合ってません」

「えっ?」

「告白されたのではないのか?」

「確かに手紙は受け取りましたし、内容は恋愛事だと思います」

「なら告白じゃ……」

「でも僕宛てじゃないんです」

黒子の言葉に五人の思考は真っ白になった。



黒子が言うには、昼休み渡したい物があるからと呼び出され待ち合わせ場所に行った。そこで彼――結城くんは黒子に手紙を渡す。ここまでなら古典的ではあるが告白である。しかし結城くんから渡された手紙の宛て名は黒子では無かったのだ。では何故黒子に渡したのか。それもまた至って古典的な理由だった。

「本人に渡す勇気が無くて……黒子さんから渡してもらえないかな?」

結城の癖に勇気は無いんだなと内心毒づいたのは仕方ないと思って欲しい。第一こういうものは本人が渡さなければ意味は無いと、黒子は思っている。人づてに渡された手紙など心を揺さぶる筈が無い。それを直接結城くんに言わなかったのは黒子の良心だ。

「分かりました。良い返事が貰えると良いですね」

貰えるわけ無いだろうと思いながら、黒子は受けとった手紙を持ち歩いていた本に挟んだ。



「と、まぁこんな感じですね」

「何て言うか……」

「結城だっけ、駄目野郎じゃねぇか」

「紛らわしいのだよ」

「捻り潰すのは無しか」

「ちなみに聞くが、手紙の相手は誰?」

「プライバシーの問題ですよ」

しかし黒子に頼んだ時点である程度、いやかなり絞られる。むしろ断定出来てしまう。

「結果が丸分かりっていうか……」

「即答だろうな」

哀れにも振られた結城くんに軽く合掌した。しかしこの結城くんの行動は条文において重罪までいかなくても罪になっている。結果振られた上に制裁を喰らった、可哀相な結城くんだった。



「えっと告白ありがとう。まさかテツちゃんから初めて貰った手紙が他人からの手紙で凄く複雑な気分だったけど。あと手紙読んだよ、私のこと好きって書いてあって嬉しかった。でも直接渡さないで間接的とかちょっと度胸無いよね。本当に好きならそういう気持ちは直接伝えるべきじゃないかな。それにテツちゃん中継するんだもん。せっかくのテツちゃんからの手紙で浮かれてたんだけどな。とにかく直接じゃない時点で無理。あと私はもう好きな人いるしね。だからどんな人から告白されても揺らがない。えっ青峰くん?あんなんじゃないよ、もっとふわふわしてるもの。あんな可愛い人世界にまたといないよ。で、私がなんで高々振るのにこんなに時間掛けてるかっていうと、イライラしてるからなんだよね。だって好きな子から初めて貰ったものが他人からのラブレターなんだもん」

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