「ギルバート君―――」
「分かった、紅茶だろう?今やっているからもう少し待て」
「分かりました、あと―――」
「お菓子もあるから早くその書類を終わらせろ」
返事をしながらギルバートの手は止まる気配がない。それは一連の行動が無意識的に染み付いているということ。そして相手が全て言わなくても内容を理解出来るのは普段からだからということ。主従という関係ならオズが最も近いが仲間となればブレイクの方が歴は長い。その長さを見せつけられるかのようで、オズは悔しい気持ちだった。
「ギル!オレにも紅茶ちょうだい」
「分かったから少し待ってろ、今すぐ煎れ直す」
「私の時には煎れ直したりなんかしないくせにネェ………」
嫌味ったらしく言えばギルバートの眉が少し寄る。ブレイク相手に何を言おうと意味が無いと分かってしまっているからか、眉を寄せるのが癖になってしまっていた。ブレイクはそれに気づいている、なのに止めない。揄っているだけだとオズは自身に言い聞かせるが、それでも苛立ち嫉妬は収まらなかった。
「ブレイク!ギルは俺の従者なんだけど!」
「知っていますが……それが何か?」
「だからっ……もう!」
オズの癇癪をニヤニヤとブレイクは見ている。普段から人をおちょくったりすることを好むブレイクだ。きっと面白半分でオズをからかっている。それをギルバートはやれやれと見つめていた。オズとブレイクは基本的には仲が良い。しかし時々このように仲が悪くなるのだ。原因はこのギルバートにあるのだが、本人は鈍感スキルで未だ気づいていない。それがまた二人の仲を一層悪くする。
「ほら、紅茶煎れたから元気出せって」
「もう……ありがとう」
ギルバートの煎れた紅茶からは香りが豊かに漂っている。ギルバートと二人きりで楽しめたらどんなに良いか、オズは内心舌打ちをしてブレイクを見た。オズの目は今すぐ出ていけと訴えているが、そんなもので動じるほどブレイクは柔ではない。むしろオズの不機嫌を煽るかのようにブレイクは手をギルバートの髪へ伸ばした。
「キミの髪は相変わらずですネェ〜」
「ブレイク!」
「でも好きですよ、その綺麗な髪」
不意打ちを喰らって平然を保てる程ギルバートは出来た人間ではない。ブレイクからの思いもよらない褒め言葉に、口に出そうとした悪態は収まってしまった。そんな姿をブレイクは確実に楽しんでいる。そこにブレイクの欲が混ざっているように感じて、オズは無意識に眉をひそめた。
「ギルとブレイク、いちゃいちゃしすぎじゃない?ブレイクにはシャロンちゃんがいるのにさ」
「お嬢様とギルバート君は別枠ですヨ。君だってアリス君とギルバート君は別枠でしょう?」
「まぁ、そうだけどさ………」
確かにオズの中でアリスとギルバートの立ち位置は全く違う。けれどシャロンとギルバートではブレイクにとっての価値も違う筈なのだ。片方は仕えている相手、もう片方は仕事仲間である。オズにとってギルバートは従者であり誰よりも近い関係、それこそアリスよりも。いくら10年という空白があるとはいえ、"仕事仲間"と"従者"では距離は違う筈だ。
「オズくんはどうしてか不機嫌ですネェ〜。甘いものが足りてないのでは?」
「ブレイクみたいに甘いものばっかり食べてたら早死にするから止めておくよ」
「それは痛い言葉デス」
キャンディを口に含んで意味深な笑みを浮かべるブレイク。その様子にオズは首を傾げた。ブレイクが意味の無い行動をするなど滅多にない。故に何を謀ろうとしているのか、それがオズの懸念だった。
「ねぇオズ君、やはり私には糖分が足りていないようデス」
「ブレイク?」
「だから――補給しないとネ?」
近くに来たギルバートの服の襟を掴んで下に引っ張れば、ギルバートの体は自然と沈み、ブレイクの顔の位置にギルバートの顔がくる。そしてブレイクはギルバートの耳を口に含んで甘噛みをした。カリリという音と水音が卑猥な雰囲気をより一層深める。一呼吸置いた後、ギルバートの顔は真っ赤に染まり、オズは机を叩いて立ち上がった。
「ブレイク!!」
「ギルバート君が美味しそうなのがいけないんデス」
悪びれない口ぶりにオズのこめかみが引き攣る。そして混乱しきったギルバートが銃を取り出して乱射し始めるのはそう遠くないことだった。