グレンの元に新たな従者が来て二週間程、グレンは新たな従者に骨抜きになってしまっていた。漆黒の髪に金色の瞳、まだ幼い彼は従者なのに加護欲が溢れてくる。グレン自身他人にそこまで思い入れをするタイプではないからか、周りもグレンの様子に驚いていた。一部からは天変地異が起きるのではないかと言われる程だ。そしてグレンも自身の変化に驚いていた。可愛い従者がグレンの為に紅茶を煎れるのは当たり前のこと、しかし同時に火傷でもしたらどうしようと心配になってしまう。従者が火傷になろうとも主であるグレンには何ら問題は無いのにだ。
「ギルバート、お前は金輪際何もするな」
思いをそのまま口に出せば、ギルバートの顔がどんどん歪んでいく。そんな様子にグレンは驚いた。主から何もするなと言われるということは、従者として役立たずという意味を示す。それは誰が見てもそうだろう。しかしグレンはギルバートの身を案じただけで他意は無い。けれどコミュニケーション力が不足しているグレンの発言は、ギルバートの心に大きな傷をつくることになった。
「ま、ますたー」
歪んだ顔がだんだん泣き顔になっていく。金色の瞳から滴が落ちた時、グレンは本能的にギルバートを抱きしめた。主人が従者を抱きしめるなどあってはならないことだ。だが今のグレンにそのような一般論は通じない。大切な可愛い従者がグレンの目の前で泣いている、手を伸ばさない理由が無いではないか。
「ギルバート、私はお前が泣いている理由が分からない。……私はお前を悲しませるようなことを言ったのか?」
「だって…ますたーがボクのこといらないって……言ったから……」
「………私はそのようなことを言ったつもりは無いのだがな」
とりあえず泣き止むようにギルバートに言えば、ひっくひっくとしゃっくりをしながらギルバートは一応泣き止んだ。しかし目に膜は依然として張ってあり、何かの拍子にまた決壊しそうだ。うるうるとした目のギルバートの頭に手を乗せ、グレンはある提案をした。
「ねぇファング、あれは一体何事かしら?」
「あぁ、どうやらギルバートさんの機嫌を直させるためなんだとか」
「………念のため聞くわよ。グレン様って主よね?」
「グレン様の溺愛っぷりはもう止まらないというか…」
遠い目をしてファングが呟く。二人の目の前ではグレンとギルバートが仲良くお茶会をしていた。本来ならば従者は座ることなく控えている筈だが、今回ギルバートはグレンの隣に座っている。そしてグレンと共に出されたケーキを頬張っていた。いつもの厳格なグレンは何処に行ったのやら、思わずロッティは心配になる。
「なんでグレン様はあんなのに御執心なのかしら」
「ロッティさん、人のこと言えないでしょう」
ロッティの手には飴が数個握られている。なんだかんだでロッティもギルバートのことが好きなのだ。しかしグレンの前でそれを言ったらグレンの機嫌はきっと悪くなってしまう。だからかロッティはグレンがいない時にお菓子などをあげていた。
「グレン様はギルバートに甘すぎるのよ」
「ロッティさんもじゃないですか」
平穏な時間がすぐに崩れ去ることも知らずに、ただ今この時を流れる時間を彼らは過ごしていた。