風紀委員長であり生徒会長の友人である戸倉は、福島の行った奇抜的イベントの応酬を見ていた。風紀委員という立場上、どうしても文化祭を見て回る必要がある。その上不幸なことに戸倉のクラスの出し物は大したものでは無かったので、他の委員から見回り役を押し付けられたのだ。もちろん見回り中に飲食などは禁止である。風紀委員最大の損な役を引いてしまって、彼女はひどく落ち込んだ。

だが今まで見たことのない光景が広がっている。今年は黒字にしてやると意気込み、福島がキセキの世代を呼び集めたことくらいは戸倉も知っていた。先輩に頼る必要があるくらいに深刻だったのだ。彼女を責める気は毛頭無い。

しかし彼女は思慮が浅過ぎたのだと戸倉は思う。キセキの世代の名の力を知らなかった訳ではないのだ。ただ軽く見すぎていた。キセキの世代という権威がどれほどのものかを、福島は正しく見ていなかった。

「おいおいマジですかよこれ……」

体育館は超がつくほど満員で、誰もが試合を見ようと必死だ。ある程度コートから離れなければいけないので、フロアにいる観客は少ない。大多数の観客が二階のギャラリーから見ていた。高校生になったキセキの世代が一同に集まり同じユニフォームを着て試合をするなど誰が想像しただろうか、いや誰もしないだろう。そんな貴重な試合を見逃すという手はない。そして高校生になったキセキの世代は、体の成長と共に技術も成長している。繰り出す技の一つ一つが中学時代よりも格段に上手くなっていた。

「試合終了!」

審判のコールがあり、場の高揚感が少し収まった。戸倉は体育館を離れ校舎や校庭を見る。キセキの世代との試合に見事客を取られた両者は、例年よりも人の入りが格段に悪くなっていた。誰だって中学生の出し物よりも高校生の試合が見たいのだ。飲食の店には参加資格目当ての客がほとんどで、それはそれで虚しかった。

「こりゃ体育館の風紀が一番かねぇ」

あの密集空間で何が起こるか分からない。最悪暴力沙汰にでもなったら、困るのは帝光側である。風紀委員として、生徒としてそれだけは避けなければいけない。試合を見るのが目的ではない、あくまで風紀委員として監視が目的だ。そう自分に言い聞かせて、戸倉は体育館に向かった。

五分後、双方が織り成すプレイに魅了され監視の目的を忘れて応援に回ったことは言うまでもない。





「それでは十分休憩を入れます」

審判の声と共に両チームがベンチへ戻る。学校や学年という括りが無いため、挑んで来る相手は五万といた。そのため一チームに時間を割く訳にもいかず、五分だけの試合という形で展開している。五分と聞けば大した労力ではないと思うかもしれない。しかしだからこそ相手は五分に全力を出して挑んで来る。年上の相手や社会人だっているこの試合で、五分というのは疲れを感じさせるには十分な時間だった。

「お疲れ、みんな大丈夫かい?」

「さすがにこれは疲れるのだよ」

ベンチには赤司が残っていて、戦い終わった五人を笑みで迎えた。相手は代えがいくらでもいるが、こちらは六人しかいない。五分という時間上途中でメンバーチェンジをする必要は無いので一人は五分丸々休めるが、逆に何連戦もしている人間がいた。休む順はローテーションにしている。しかし休む為に五連戦する必要があるということで、とにかく厳しい状況だ。

「緑間っち何連戦目だっけ?」

「これで終わりだ」

「いや、真太郎には出てもらうよ」

「?」

赤司が指を差す。その方向には体育館で俯せに倒れている黒子の姿があった。黄瀬が団扇で扇ぎ青峰がドリンクを渡している。それでも十分という時間で回復出来るかは疑問だ。

「五分だからね、テツヤのミスディレクションが切れないのはありがたい。でも体力的に五連戦は無理そうだね」

「俺に黒子の分も出ろと言いたいのか」

「強制はしないよ。………強制はね?」

「〜っ!分かったのだよ、出れば良いんだろう」

「すみません、ありがとうございます」

いつの間にか隣に黒子がいて、緑間の肩が跳ね上がった。頭には大きめのタオルが被せてあり、小動物のようにドリンクを飲んでいる。しかし息は確実に上がっていて顔も赤い。本当に体力が限界のようだ。

「次は出てもらうからな。お前は少し休んでいろ」

「はい、そうします」

頭をぺこりと下げてベンチに戻れば過保護共があれよこれよと世話をし始める。誰もが疲れている筈なのに、結局はみんな黒子が心配で堪らないのだ。中学時代より多少マシにはなったようだが、それでも一般高校生男子水準より少し下程度だろう。その小さな体からどうしてあんな強靭なパスが出せるのか、緑間は高校に上がってやっと分かった気がしていた。それは恐らくみなも同じで、特に青峰辺りはそれを強く感じている筈だ。

「時間だよ、六連戦だが頑張れ」

「うわっ、緑間六連戦とか地獄じゃねぇか」

「頑張れ〜」

「頑張って緑間っち!」

「ファイトです緑間くん」

チームメイトからの応援を貰い(?)、緑間は眼鏡のブリッジを上げた。正しい位置になったことで視界が少しはっきりする。緑間の口角がふと上がった。

「心配はいらない。俺のシュートは落ちん」

そう言って緑間は右手を少し上に掲げた。右手には、正確にいえば右手の手首には黒いリストバンドがはめられている。

「―――今日のラッキーアイテムは黒のリストバンドなのだよ」

それだけ言って緑間はコートへ少し駆け足をしていった。





「疲れた〜!!」

「さすがに俺も疲れた」

「あんな無茶二度としないのだよ」

「良いじゃないか、良い思い出だろう?」

「黒ちん大丈夫?」

「一年分のミスディレクションを使った気分です」

五人は歩いて帰るだけの体力が残っていたのだが、黒子だけはそれすら無理な程だった。結果紫原が黒子を背負っている。青峰がその役を担う筈だったのだが、青峰は黒子の荷物を持つ係だ。心配なのか黄瀬が声を掛けるが、黒子は眠いようで返す言葉があやふやだ。

「にしてもまさか全勝だとは、ね」

「まぁ五分だからっていうのもあるっスけど、やっぱり一番の目的は……」

「第一ソレが無かったらこんなの受けてねぇよ」

「同じユニフォームを着て戦うことこそ無いものの、俺達が仲間としてバスケをすることなど今では珍しく無いからな」

「俺と赤ちんはわざわざ東京まで出てきたんだし」

「そうだね。コレが無かったらさすがに僕も受けなかったな。あんなの体よく言っているだけで、実質儲けのための見せ物だからね」

赤司の手の中には今回の報酬が握られている。黒子は巻き込まれただけだが、五人はこの報酬の為に働いたと言っても過言ではない。

「えっと、福島ちゃんだっけ?まさか父親が遊園地の社長だとは思わなかったっス」

「職権乱用の気がするのだよ」

「良いじゃねーか、無料優待券なんてそうそう貰えるもんじゃねぇし」

「テツヤは自分からこういう場所には行かないからね。でも始めから人数分あるなら話は別だ」

「黒ちんは貰ったもの無駄にはしないもんね」

黒子に同意を求めようと声を掛けようとしたところで、紫原は黒子が寝てしまったことに気づいた。他の四人も気づいたようで、黄瀬は桃井のように可愛い可愛いと連呼している。キセキの世代に付いていけるだけの体力が無いのは仕方がないので、赤司は小さく息を吐いただけだった。

「大輝、敦と僕は帰りの支度がある。涼太と真太郎と三人でテツヤを家まで送ってくれるか」

「おおー了解、テツの分の券預かっとく」

「僕らが東京に来れる日になるから少し後になるけど、予定が空き次第連絡するから。テツヤにも言っておいてくれ」

「このメンバーで遊園地とか楽しみっス」

「そうだね〜。んじゃお休み〜」

「今日はお疲れ様。体はきちんと休めること、いいね?」

「分かっているのだよ。お前は母親か」

分岐点で四人と二人に別れ、キセキの世代による文化祭は幕を閉じた。後日キセキの世代で遊園地に行き波乱が起きるのだが、それはまた別の話である。

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