(あぁー、まぁこんなもんスかね)

目の前で繰り広げられる練習風景に、黄瀬は悟られないようにため息をついた。帝光時代に感じていた一種の退屈を紛らす為に、キセキの世代は違う高校に進学した。今度は敵として同じコートで戦おう、そう赤司が言ったのを今でも黄瀬は覚えている。高校に行けば選手達のポテンシャルはきっと格段に向上する。いつか自分達に匹敵するプレイヤーが出てくると、黄瀬はそう信じていた。

(期待外れまでとは言わないスけど、しばらく見てれば模倣[コピー]出来るし………)

モデルという職業上表情を作ることは容易い。………まぁ嘗てのチームメイトには気持ち悪いと酷評だったが。端から見れば部活見学をしている新入生といったところだろう。けれど実際は違う、自分にとってどれだけプラスになるのか確認をしに来ただけだ。

「基礎練習とかは変わらないんスね。だったらやっぱり足りないのは個人の力ってとこっスか」

誰にも聞かれないように独り言を言う。そろそろ退散しないと蝿のように群がる女がたくさん来てしまう。これに関してはどうしようもないので放置していた。顔と運動神経の良さを備えて産んでくれた父親と母親には、とにかく感謝している。尤も二人は所謂一般人だが。

「三年の辛抱、そう割り切るしかないか」

不満がこもった声で自分に言い聞かせる。しかし脳裏に駆け巡るのはハイレベルな技術をもつ仲間達だ。黄瀬自身が初めて感じた敗北は嫌だったけど同時に嬉しくて。居場所は此処だと初めて認識出来た。

「もう、終わったんスよ………」

誰に答えを求める訳でも無く、黄瀬はただ空虚を感じた。


+++

(遅いな………)

仲間からのパスが回り緑間はシュート体勢に入った。今は3on3なので当然緑間をマークする人間がいる。そのマークをかい潜って回ってきたボールを放てば、ボールは綺麗な軌道を描いてネットを通った。このゲームで緑間はまだ一度もゴールを外していない。そのことへの賞賛なのか仲間が声を掛けた。

(今のは、ブロックしようと思えばブロック出来ただろう……)

どうも緑間がシュート体勢に入っただけで諦める節がある。仮に距離があったとしても、緑間のシュートにはどうしても"溜め"が必要になる。それを考慮すれば緑間のシュートはブロック不可だなんてことはない。なのに走らない、何故か。

(………馬鹿か俺は。仲間の反応速度を青峰基準に考えてしまう)

何故ブロックしないのか、何故カットしないのか、それらの疑問の基準は青峰の動作になる。中学時代、最速は青峰だと緑間の中で基準が出来ているのだ。今のは青峰なら反応出来た、それと同じものを今の仲間に求めてしまう。そんなの無茶だと頭では理解していても本能は素直だ。つまりは今の仲間に物足りなさを感じてしまっている。その事実に緑間は落胆して、メガネのブリッジを上げた。


+++

「なぁ、パスってこんなだったか?」

「青峰くん、テツくんを基準にしてたら駄目だよ」

軽くミニゲームを終えたあと青峰は桃井にそう問いかけた。桜井が回してきたパスは手にしっくりこない。テンポがずれているといえばいいのか。放たれたボールが青峰のスピードに合っていないのだ。桃井はそんなの当たり前だろうといった呆れた声で返す。二人が中学時代受けて見ていたパスは、恐らくバスケ業界で最高級のパスだ。あれを三年間受けて普通のパスに戻れば、誰だって違和感―――もしかしたら不快感を感じるに違いない。

「パスコースが見えるパスとか意味あんのかよ」

「パスコースが見えないパスがイレギュラーなんだからね……」

「そのイレギュラーに惚れたのは何処の奴だか」

「イレギュラーだからこそカッコイイんじゃん!!あぁもう、テツくん桐皇に引き抜きたかったなぁ」

本当に残念そうな顔をして、手元のボードに桃井が顔を埋める。ちらりとボードを見れば、テツくんテツくんと羅列されており、桃井は重症だと青峰は内心思った。しかし重症だと思ってもおかしいとは全く思わない。何故なら桃井と同じことを青峰も思っていたからだ。

「やっぱりあのパスは唯一無二だよな……」

自分でボールを上に放り、落ちてきたボールを受け止める。けれどあの高揚感は当然ながら得られなかった。


+++

陽泉はキャプテンが2mを超えているので、紫原の身長を見ても大して誰も驚かない。それが紫原にとって陽泉に入って一番嬉しいことであり、入って良かったと思えることだった。練習は帝光時代が地獄に近かったので気にならない。ただ紫原を手のかかる子供のように扱ってくれるのが氷室だけだったのが不満だった。身長だけが飛躍して育ってしまった彼は、甘えることを必要以上に求める。赤司と黒子が紫原を甘やかし、青峰や黄瀬が紫原にツッコミを入れ、緑間が呆れたと言わんばかりに見ている構図に、紫原は無意識に愛着を感じていたのだ。バスケでも私生活でも対等に渡り合える仲間達が、紫原にとって至上で最大だ。

「やっぱり足りないなぁ………」

「まだお菓子食べるの?敦は食べ過ぎじゃない?」

氷室は紫原の言いたいことを正しく理解していない。しかしそれで良いのだろう。紫原の真意が分かってしまえば、天才ではない秀才の氷室は、きっと悲しむに違いない。氷室がどんなに頑張ったところで、天才の位置には行けないと自覚してしまう。

「室ちんは室ちんで良いんだよ〜」

「なんだよ急に」

俺にとっての最高は中学で終わったんだと、紫原は言葉を飲み込んだ。


+++

「そうだな………、一言で言えば予想外だ」

一人赤司が淡々と話す。京都駅は人で溢れかえっているが、少し路地に入れば静かな住宅街が広がっている。そんな場所で赤司は公園のベンチに座っていた。子供は誰もいなくて赤司だけしかいない。けれどそれは好都合だった。

「正直に言えば、高校というものを過大評価しすぎたみたいだ。やはり中学生だったからね、新たな環境に希望を抱くのは当然だろう」

普段の不遜な態度ではない。高校一年生らしい赤司の雰囲気は一見穏やかに見える。しかし独り言とも取れる言葉は穏やかなんてものじゃない。

「………みんな高校に良い印象を持たなかったみたいだね。涼太なんて不満爆発といったところだ」

メールを見て、ベンチから赤司は立ち上がり空を見上げる。雲一つ無い快晴とはまさにこのことだと言わんばかりに、鮮やかな青はその色を主張していた。


+++

秋田、東京、神奈川、京都、四つの都市で五人は晴れやかな空を見上げた。隠すことない空は五人平等に降り注ぐ。そして五人は無意識に呟いた。

『そうか、影が足りないのか』

それだけで十分だった。早くも色褪せかけた高校生活に一瞬色が戻る。その小さな彩を求めるべく、五人は歩を進めた。

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