「テツくん………」

試合が終わった後の高揚感に包まれることなく、桃井はコートにいる黒子を見つめていた。プールで彼がしてくれた約束を正直守れるとは思っていない。ただ、いざ現実を見せつけられると胸にくるものがある。誠凜も桐皇に対して奮闘した方ではあったが、所詮"そこまで"だったということだ。


両者が挨拶を終えた後、お互いの場所に戻る為に歩を進める。圧倒的な差をつけられた誠凜は桐皇側の選手達と目を合わせることが出来なかった。桐皇側の選手達も勝利の喜びなど無いといった態度で、ただ歩くのみだ。ちょうど列の一番後ろにいた青峰と黒子がすれ違った際に、青峰は黒子の手首を掴んで静止させた。

「っ!?」

突然のことで上手く反応出来ず思わずよろけそうになるが、なけなしの体力でなんとか踏ん張る。そして手首をしっかり掴まれているため、必然的に青峰と向かい合う形になった。息も絶え絶えの黒子と少し汗をかいただけの青峰、対称的すぎる構図だ。誠凜側も桐皇側も観客も状況についていけてないのか、それぞれが緊張した面持ちだった。

「………離して下さい青峰くん」

「なぁテツ」

手首から手を離せば重力に従って黒子の手が落ちる。青峰の真意が分からないといった表情の黒子に対して、青峰はその場に膝をついた。二人に身長差があったとしても、片膝立てて座ってしまえば関係無い。むしろ青峰が黒子を見上げる形になっている。

「なぁテツ」

もう一度声を掛ければ黒子の顔が下を向き、青峰の視線と交じる。意志のこもった強い目には水の膜が張られていて、今にも溢れそうだ。力強いパスを織り成すその拳は高まった感情に反応してか、小さく震えていた。

「分かっただろ、お前のバスケは理想論だ」

「それでもっ……僕は………」

「俺はお前を否定したりなんかはしない。ただ俺が否定するのはお前のバスケだけだ」

「………それは僕を否定することと同義です」

「ったく……、強情なんだよお前は」

膝立ちの状態から中腰体勢にまで体を起こす。そして、黒子の背中に腕を回すようにして、青峰は黒子の頭を自身の肩に押し付けた。肌越しに青峰の鼓動が黒子に伝わる。同時に黒子の鼓動も青峰に伝わっていく。懐かしい、ただ黒子はそう思った。中学時代、輝かしかったあの頃が脳裏を掠める。

「お前は何に対して意地を張ってんだよ」

「………君と僕を遮るもの全てにです」

「だったらそんなのとっくに無ぇよ。少なくとも俺の中には無い」

「眩しい君には一生分からないと思います」

抱き寄せられた体勢からなんとか抜け出る。腕力は確実に青峰の方が上だがあまり力を込めていなかったからか、割と簡単に出ることが出来た。青峰が中腰状態なのでなんとか目が合う。黒子は青峰から目を逸らさずに言い切った。

「青峰くんだけじゃありません。黄瀬くんも緑間くんも紫原くんも赤司くんも、誰も僕の気持ちを理解出来ないでしょう。けれどもそれは悪いことじゃない。むしろ分からないことが当然なんですから」

青峰と黒子の関係を光と影と表した人間の感性は、きっといろんな意味で素晴らしいだろう。対になる存在でありながら何よりも関係が深い。切っても切れない関係に相応しい名前だ。しかし正確には違うのかもしれない。光無いところに影は生まれない、そして影がない光だけの世界では光は際立たない、その関係は青峰と黒子を表しているのかどうか。黒子からの視点で言えばそれは違うと言い切れる。現に青峰は桐皇という影の無い地で光を放っているのだから。

「キセキの世代のみなさんのことを嫌いになった日はありません。ただあの頃には戻れない」

はっきりとした意思表示に、青峰はやはり変わっていないのだと確信した。キセキの世代の五人は才能が開花して―――はっきり言えば歪んでいったのだ。特化しすぎた力は軋轢しか生まない。そんな中、黒子だけは変わらなかった。黒子のもつパスは後天的な努力故のもので才能云々ではない。それが五人との差の一番の理由だろう。歪まなかった黒子は中学時代からずっと同じ道を歩み続けている。五人はきっとそれがもどかしい。

「同じ東京ですからまた試合で当たると思います。次は負けません、桃井さんと約束しました」

「そうか、お前はもうコッチ側じゃないんだな」

「コッチとかアッチとか何言ってんですか君は。電波は緑間くんだけにして下さい」

取り乱した自分を落ち着かせるかのように饒舌になる黒子に、青峰は内心少し笑った。少なくとも青峰の言葉は黒子に何らかの影響を与えたようだ。今はその結果だけに満足することにした。

「……行けよ。仲間とやらが待ってるぜ」

「桃井さん泣かせたら顔面イグナイトしますからね」

「その時はまた受け止めてやるよ」

またという言葉にピクリと反応したことには気づかない振りをして、青峰は黒子に背を向けてベンチへ戻って行った。

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