黒子ちゃんが女マネ設定、キセキ黒風味です。





熱気に包まれた体育館の中は裕に30℃を超えていて、流石の一軍メンバーでも暑さに堪えていた。バドミントンなどと違って扉を開けておくことは出来る。しかし風は全く通らない。体育館用の扇風機は稼働しているものの、ほとんど意味を為していなかった。

「それにしても……さすがに暑いね今日は」

涼しげな赤司ですら汗が止まらない。ましてや青峰や黄瀬が堪えていられる筈もなく、二人は体育館に寝そべるようにしてバテていた。冬のような冷たい床が恋しい。

「これがあと一ヶ月続くとか地球はもう終わりだよな……」

「死ぬっス」

今日は8月1日、つまり夏休み期間中なのだ。バスケ部特権として体育館を優先的に使える為、必然的にバスケ部の練習日が増える。春や秋なら大歓迎だが、夏のこの暑さの中の練習ははっきり言って地獄だ。

「よし決めた、夏休みの練習は休もう」

「何言ってるんですか青峰くん」

パコンと良い音を立てて青峰の頭が叩かれた。もちろん大して威力は無いので痛くは無い。叩いた本人の黒子も手加減したのだろう。

「おぉ〜テツだ」

「ダラけてないで練習して下さい。そんなに今日暑いですか?」

「いやこの暑さの中部活とか死刑宣告っスよ」

「それには賛成〜」

「同じくなのだよ」

「確かにこれでは身が入らないな」

「しかし暑さに関してはどうにもなりませんよ」

今日だけの暑さならば緩くしても良いかもしれない。しかしこの暑さは少なくともあと一ヶ月は続くだろう。今日練習が出来ないのならば、他の日だって無理に決まっている。

「そうですね……。そこまで暑くて嫌だと言うなら……今日は桃井さんが休みなので僕がとりあえず全権を委ねられているんですが、頑張ったらみなさんのお願いを何か叶えましょうか」

「えっ、ちょっとそれどこまで大丈夫なんスか」

「黄瀬終了だな」

「あっいやそういう意味じゃなくて……」

「下衆だよね発想が」

「すいませんでしたぁ!!!」

黄瀬がその場で土下座をしたが、黄瀬を見る黒子の目は冷たい。黄瀬に悪気は無いとは分かっているが、女子という立場上その手の話題には敏感だ。お互いがお互いに微妙な歳だからこそ、余計に意識してしまうものである。

「練習終わったら聞きますから、早く練習戻って下さいよ」

「了解〜」

「涼太はロードワーク2倍にしておこうか」

「赤司っち酷い!!」

ぐだぐだ言うものの流石は男子、体力は女子とは全く違う。あれほど文句を言いつつも練習に入ればきちんとやっていて、黒子はそんな姿に憧れを抱いていた。女子の中でも体力の無い部類の黒子には程遠い。

「さて、みなさんの分のドリンクでも作りますか」

そう言って黒子はドリンクのタンクを片手に体育館の扉へ向かった。


ガタンと派手に大きな音が体育館に響く。ちょうどダッシュの練習に入ろうとしていた五人は、思わず音の発信源を見た。派手な音を立てたのは空のドリンクのタンクで、その隣に倒れているのは黒子だ。何がどうなったと認識する前に五人は走り出していた。

「テツ!?」

「ちょ、黒子っちどうしたんスか!!」

「黒ちん大丈夫?」

「いや、……恐らく熱中症だろう。赤司何か飲み物はあるか?」

「これで良ければ」

「あっ、それ赤司っちの飲みかけのドリンク……」

「緊急事態に構ってなんかいられないだろう」

差し出されたドリンクを緑間が受け取り黒子の口に当てる。ドリンクを飲む程度までは意識があるらしく、当てられたドリンクを半分飲み干した。

「大丈夫か?」

「はい……頭がくらくらします」

「とりあえず涼しい場所に連れていこう。涼太はタオル、大輝は水分、敦は保健医連れてきて。真太郎はテツナ抱えて何処か涼しい場所へ。僕は部員達に指示を出しに行くから」

的確に役割を当て指示を出していく。熱中症がメジャーな症状だとしても専門家の意見を聞かなければならない。帝光は夏休みに部活が多くあるので、保健医も夏休み中勤務しているのだ。夏はハードな練習を行うところが多いからか、保健室に運ばれる人間は少なく無かった。


「連れてきたよ〜」

体育館横の通路で比較的涼しい場所に黒子を寝かせ待っていると、紫原と共に保健医がやって来る。すぐさま軽い診察を行った後、保健医は緩く息を吐いた。

「典型的な熱中症だね。そのあとの処置が良かったからかな、しばらく安静にしてれば大丈夫そう」

無理をさせないことを強く推して、保健医は保健室へ戻って行った。倒れた時よりか顔色も良くなっている。そのことに五人は安堵の声を漏らした。

「熱中症とか全然気づかなかった……」

「いや、確か何か変なこと言ってた気がするんだよな………」

「そういえばこんなに暑いのに暑くないみたいに言ってたね〜」

「古典的すぎるな」

「暑さを認識出来ないくらい、その時には出来上がっていたのかもね」

桃井がいれば看病を任せられるのだが、肝心な時に彼女はいない。一人を看病役にしようかと赤司は一瞬考えたがすぐに却下した。どうせこの面子じゃ簡単には決まらないし、決まった一人がこれ幸いと手を出す可能性がある。キセキの世代以外の部員に預けるという案は選択肢に無い。妥協しなければならないようなので、赤司は直々に看病役を決めた。

「よし、じゃあ真太郎よろしく」

「なんで緑間なんだよっ!!」

「そうっスよ!なんで緑間っち!?」

「どう考えても信頼の差だと思うよ」

「俺じゃない理由は?」

「敦は以前美味しそうだからってテツナに手を出した前科があるだろう?」

「自分を棚に上げるつもりはないが、お前達は本当に信用が無いな」

「陰険メガネに言われたくねぇよ!」

「緑間っちなんて典型的なムッツリじゃないスか」

「お前達のように自制心の無い獣では無いのだよ」

「男を獣って呼んだ時点でみどちんもダメな気がするけど……」

「お前達いい加減黙れ。真太郎はテツナの容態が安定するまで傍にいて、大丈夫そうになったら練習に戻れ」

「分かった」

日頃の行いが物を言ったようで、看病役は緑間に決定された。彼は彼で黒子に想いを寄せる一人ではあるが、本人の言う通り場はきちんと弁えている。その点では赤司から一番評価が高いと言っても良いだろう。紫原は青峰や黄瀬ほど突っ走ることはないが無意識にとんでもないことをしでかす。

「なんか……すみません。僕のせいで緑間くんの練習時間を減らしてしまって……。僕は大丈夫ですから君は練習に戻って……」

「生憎と俺は今にも死にそうな人間を置いて離れるような馬鹿ではないのだよ」

「………馬鹿とはなんですか、馬鹿とは」

「鏡で自分の顔を見てみろ。さっきまで倒れてたのだから、ゆっくり休めば良いだろう」

「ですが緑間くんが此処にいると練習出来ないでしょう?君は誰よりも自分に厳しいから」

「……今日のおは朝で病人に優しくとあったのだよ。お前のためではない、あくまで俺は人事を尽くしているだけだ」

「………僕、緑間くんのそういうところ好きです」

黒子のいきなりの爆弾に緑間は眼鏡を直す手を止めた。空気が凍ったように一瞬世界が静止して、黒子の言葉が何万倍ものスピードで脳内リピートされていく。そんな緑間の混乱に終止符を打ったのは、派手に放たれた青峰のダンクだった。この前紫原によって破壊されたゴールは、青峰の手によって同じく悲惨な状態になっている。新品のゴールを破壊するなどどれ程の力が必要なのかはしらないが、少なくともダンクを決めた青峰は何故か全身どす黒いオーラを纏っていた。

「あー、青峰くん怒られますね」

「自業自得なのだよ」

平然とした声で返したものの、緑間は針の筵に座らされた気分だった。青峰以外にも黄瀬はモデルとは思えない不機嫌オーラを惜し気もなく出していて、紫原は苛立ちを抑えるかのようにまいう棒の暴食を始め、赤司に至っては徐にポケットから鋏を取り出して前髪を切り始めた。ちなみに赤司が持っている鋏は今日の赤司のラッキーアイテムである。みなが一様に緑間に殺すオーラを放っていて、それに気がつかない黒子だけが平穏だった。

「黒子……、お前に頼みがあるのだよ」

「なんでしょう」

「後でマジバのシェイクをいくらでも奢ってやる。だからお前から四人に『君達のプレイが大好きですから頑張って下さい』と言ってくれ」

「言うだけで良いんですか?」

「お前の一言で俺の未来が変わるのだよ」

言われた通りに黒子が言えば途端に不穏な空気は消え、四人は各々練習に戻っていった。なんとか救われた状況に緑間は詰めていた息を吐く。黒子が心配そうな顔で見てきたが、今の緑間の精神的疲労の前では感覚が鈍っていて、ただ相変わらず黒子は可愛いなと思うだけだ。部室で四人から問答無用な責めをくらうことを予想して、緑間はまた溜め息をついた。

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