初めて会った時の印象は"儚い"だった。
今吉の父親は医者である。そのためか家にいてゆっくりとしている姿をあまり見たことがない。食事中ですら難しい論文やレポートを読んでいたり、カルテを見ていたりする。そんな父親を母親は仕方ないという目で見ていたが、今吉は嫌いだった。忙しいからという理由で過去何度寂しい思いをしたか。
だからか成長するにつれて、今吉は周りより早く大人になった。今まで感じていた不満にも折り合いをつけ、両親に負担をかけないよう"手のかからない"子供でいるようにする。周りからよく出来た子だと言われるのを、本人は冷ややかな目で感じていた。そんな出来る子供を演じていた今吉に、父親への届き物を頼んだ母親は間違っていない。なぜなら今吉は母親の前で"父親を尊敬している子供"を演じていたのだから。内心面倒臭いと今吉は感じたが、表に出すことなく了承した。
「あら、今吉先生の息子さんじゃない。何か先生に用かしら?」
「届け物をしに」
「あぁ、先生の部屋はこっちよ」
息子だからか父親の部屋に直に通される。父親自身は診察でいなかったが、直接渡す必要はないので椅子に置いた。
(あれっ?)
目に入ったのは雑誌だ、しかもバスケの。父親がバスケに興味があるだなんて聞いたことが無い。しかし父親の机の上には、最新号のバスケ雑誌が置いてあった。
「あぁ悪い、届けてくれたんだな」
「なぁ、この雑誌何?」
素直に質問をすれば父親は少し笑ったような、困ったような顔をした。
「今担当している患者がな、入院を全中三連覇まで待って欲しいって言っているんだ。私には全中とやらが分からないからね、少し情報を入れておこうかと思って」
「全中三連覇って……帝光中やん」
「あぁ、帝光中のマネージャーだと言っていたよ」
今吉も全中は楽しみにしていたので、その患者に興味が出た。もしかしたらキセキの世代と面識があるかもしれない。しかしその患者と面識が無い以上、コンタクトは難しそうだ。
「そうだ翔一、お前バスケ好きだろう?だったら彼女の話し相手になってあげてくれないか?」
好きも何もキャプテンなのだがと心の中で毒を吐いたが、願ってもないチャンスだ。了承の旨を言って今吉は密かに笑みを浮かべた。
「こんにちは、君が黒子ちゃん?」
全中が終わり黒子が通院を始めて一週間後、今吉は黒子の病室を訪れた。検査をする必要があるので二、三日だけ入院するのだ。始めは知らない男とだけあって警戒されていたが、今吉姓を名乗ればその警戒は簡単に緩んだ。その上桐皇高校のキャプテンだとも伝えたことで、二人の間にはバスケという繋がりが出来、それがまた黒子の警戒を緩める要因にもなった。
「黒子ちゃん帝光中マネージャーだったんやな。どうなん、キセキの世代って」
「そんな大仰な名前で呼ばれる程彼らは大人じゃないですよ。何処にでもいるただの中学生です」
「せやけどバスケでは凄いやろ」
「はい、それは見ていて思います」
黒子から語られたキセキの世代は確かに普通の中学生だった。まだ子供と大人の中間地点だからか、それぞれが子供らしさを残している。そんな彼らがコートの上では大人同様のプレイで魅せているという現実に、今吉は少し彼らへの見方が変わった。
「ウチにキセキの世代来るんですか?」
監督から告げられた言葉に今吉は驚いた。確かに桐皇はスカウトに力を入れている。しかしキセキの世代をスカウトするとなるとそれは大変なことだ。当然他の強豪校も競ってアタックしてくる。かくゆう監督もかなり破格な条件で迎え入れたらしい。
「どんな子でした?その青峰って」
「そうですね………、唯我独尊といったところですかね」
「唯我独尊……」
黒子から聞いていた青峰と全く違う。いや実質的エースを名乗るくらいだから唯我独尊なのかもしれないが、黒子の話では"頼りがいのある優しい人"である。黒子の前で猫を被っていた可能性もあるが、彼女は彼女で洞察力が凄い。そんなことを彼がしていたら見抜いてしまうだろう。
「まぁ彼が勝利を約束してくれれば構いません」
そう監督は言ったが今吉は青峰を少し疑った目で見ていた。
青峰が桐皇に入学して試合に出るようになって、今吉は気づいた。彼はバスケに何かしらのトラウマを抱えている。全中三連覇した時の顔つきと今の顔つきが全く違うのだ。コートに立っているのにどこか心が揺れていて、時折ベンチに視線をそらす。そんな小さなさざ波を掻き消す程の力があるから表面的には見ていて分からない。ただ黒子と交流をもっている今吉にはそれが分かった。
(原因は十中八九黒子ちゃんなんやろな)
治療も佳境に入ったからか、最近の黒子はよく苦しんでいる。以前のように気ままに話すことすら危うくなっていた。黒子の苦しみと青峰の苦しみが今吉の中で混ざり合う。それをどうしたらいいか分からずに、今吉は黒子にある提案をした。
「なぁ黒子ちゃん、頑張って治療終えて大会見に来んか?」
キセキの世代が全員集まる大会なんやと付け足せば、治療で悪くなっていた顔色に生気が宿る。黒子は三秒程考えた後、はいと力強く頷いた。