「お待たせしました」

透き通った透明な声が六人の鼓膜を震わせる。淡い色素の薄い髪が風に揺られてふわりとなびいた。肩に掛かる程度で整えられた髪は最後に会った日から変わらない。

「変わらないっスね、黒子っちは」

誰もが思っていたことを黄瀬が言う。黒子自身そう思うからか少しだけ微笑んだ。その笑みがまるで消えてしまいそうで、思わず青峰の体が動く。しかし隣にいた緑間によってそれは制された。

「黒子、どうして今まで姿を消していたのだよ」

共通の疑問とだけあって六人の視線が黒子へ向かう。黒子が姿を消した事実は六人に大きな影響を与えていて、青峰に関してはバスケを嫌いになる程だ。それほどまでにこの少女の影響力は計り知れない。

「―――少し長くなるんですけど、聞いてもらえますか?」

間を置いたあと、黒子はゆっくりと一年で何が起きたか語りだした。





なんとなく体調が悪いな、初めはその程度だった。マネージャーの仕事は思うよりも多い。部員達が使うものの準備や試合のセッティング、データも正確に取る必要があった。故にマネージャーの中で体調不良を起こす者は少なくない。それの一種だと、その時は疑いもしていなかった。

健康診断で要精密検査という初称号を貰ってしまえば病院に行くしかない。持病があれば話は別だが、病院なんてそうそう行かない場所に黒子は嫌々行く。学校の健康診断なんて誤診がよくあるとクラスメイトが言っていた。それに違いないと思いながら、黒子の頭の中はバスケしかなかった。




「―――ホントですか?」

白い清潔な部屋、重い表情をする医者、顔を覆って涙を流す親、それら全てがまるで劇のようで。黒子は最初これは夢だと思った。自分に限ってありえない、そう逃げることしか出来ない。握りしめた拳の行く先は無かった。

「僕はバスケを続けられますか?」

そう医者に問い掛けた瞬間に母に頬を叩かれた。場に不釣り合いな質問をした自覚はある。しかし黒子には最も大切なことだ。黒子達は今三年になったばかりで、これから全中三連覇を狙っている。そんな矢先に病気で臥せるだなんてありえない。

「密閉した空間にこもる熱気、医者からして見れば最悪の環境だよ」

そう医者に言われた途端に黒子はその場に土下座した。予想外の行動に医者と親が慌てだす。すぐさま立たせようと腕を掴まれたが、黒子はそれを振り払った。

「お願いしますっ!最後なんです、みんなでバスケができる最後の年なんです!!諦めたくない、みんなと最後まで走り切りたいんです!!」

息苦しさなんて忘れて必死に叫ぶ。普段から大声を出すことなどないから息苦しさを感じるのか、病気のせいなのか。分からないが黒子には関係無かった。何がなんでも、せめて全中までは。その思いしか無かったのだから。

「―――君の言う全中が終わるまでだ。それが終わったら本格的な治療に入ること、約束出来るかい?」

「あ、ありがとうございます―――」



そのあとはとにかく辛かった。貰った薬で和らぐが一時的でしかない。それに部員達に知られたく無かったので全て一人で抱え込んだ。仲間だと言ってくれた桃井すらも騙している事実に胸を痛めたが、覚悟には痛みが付き物だと戒める。

そんな中迎えた全中で、キセキの世代は最高の成績を残した。全中三連覇という偉業に黒子の頬を涙がつたう。目の前で嬉しそうに笑っている五人を見て、黒子は別れを心に決めた。顧問には病気が発覚した時点で伝えてある、もちろん口止めもしてある。

脳裏にみんなの栄光を刻み込んで、黒子は静かにその場を立ち去った。




「あれからもう、一年なんですね……」

哀愁帯びた声に桃井の啜り泣く声が混ざる。一年、言葉にすれば軽いが中身は重い。特に六人にとってこの一年は千年のようだった。大切なものが欠けたキセキの世代はその瞬間瓦解した。あの頃には二度と戻れない、誰もがそう思っただろう。

「高校に進学する気はありません。今日も無理言って出てきましたから、しばらくはまた病室生活ですね」

「ねぇ黒ちん………どうして俺達に何も言わなかったの?」

「そうっスよ!内緒になんかしなくても……」

「紫原、黄瀬、それくらい察しろ」

重く深い声で青峰は二人の言葉を止めた。青峰には黒子が黙っていた理由が分かっている。いや、恐らく此処にいる全員は理解しているだろう。いかにも黒子らしいその理由に反発したくなっただけだ。

「テツが、テツが病気だって分かった時点で今まで通りのバスケが出来るわけねぇだろ……」

苦渋に満ちた声に、黒子の表情が陰る。仲間達と無言で別れた理由は青峰が言った通りだった。あの満ち足りた空気の中に私情を持ち込んではいけない、黒子が始めに思ったことがそれだったのだ。だから言わずに離れた、あの関係を崩したく無かったから。

「それでも、連絡くらいはくれてもいいんじゃないのかな。何も連絡手段が絶たれたわけじゃないだろう?」

「そうですね、連絡くらいすれば何か変わったのかもしれません。でも僕は……怖かったんです」

「怖い?」

「入院して、ある方から君達の近況を聞きました。君達がバスケを続けていたことは嬉しかったし、励みにもなっていたんです。ただあの頃とは大きく変わったことも知った」

黒子の言葉に該当しない人物はいない。推薦などの関係から、確かにみんなバスケを続けてはいた。しかしあの頃の、輝いていたバスケをしているかと言われれば首を振るだろう。キセキの世代と呼ばれた五人がコートの上で色を放っていた、あの頃とはもう違うのだ。それに黒子の存在が絡んでいない筈もない。

「君達と連絡を取って、僕は責められると思った。勝手に姿を消しておいて何を今更と言われるかもしれないとも思った。………もう仲間じゃないって、拒絶されるかもしれないって………」

袖口で涙を拭う。しかし零れ落ちる涙は止まらない。そんな姿に桃井は思わず黒子に抱き着いた。そして桃井が差し出したハンカチで涙を拭った後、黒子はしっかりと目を見て言った。

「今日君達の姿を見れて、本当に良かったです。僕はどんな形であれ君達のバスケを応援していますから」

「………なんで他人事みたいに言うんだよ」

「えっ」

「そうっスよ黒子っち。……何か勘違いしてないっスか?」

「よもやお前は、俺達と決別しただなんて思い込みをしてるんじゃないのか?全く、思慮が浅すぎるのだよ」

「俺達が黒ちんのこと嫌いになってたらこんな必死こいてバスケなんかしないよ?」

「テツナは人間観察が趣味の癖に鈍感なんだよ。俺達はそんな人間じゃない」

「大丈夫テツちゃん、みんな同じなんだから」

全員がポケットから携帯電話を取り出す。それぞれがお互いの色をモチーフとしていて、並ぶと色鮮やかだ。チリンという音を鳴らしてみんな携帯を開く。夕焼けの広がる美しい景色に、きれいな鈴の音色が響いた。

「………それ、まだみんな持ってたんですか……。そんなの、捨ててくれても良かったのに―――」

「捨てられるわけねぇだろうが」

「これは黒ちんがくれた唯一の繋がりだもんねぇ」

「全中三連覇祈願のバスケットボールキーホルダー、全中前に黒子っちがキセキ全員にくれたんスもん」

「おまけに桃井の我が儘に付き合ってプリクラとやらまで撮られたな」

「その画像を全員待ち受けにしてるってところは笑えないけどね」

「大ちゃんなんて、携帯にそのキーホルダー以外付けようとしないんだよ」

「さつき!余計なこと言うなよ」

「大丈夫っスよ青峰っち。みんな同じっスから」

黒子の頭の中に懐かしき日々が蘇る。あの頃よりも彼らは成長して大きくなった。それなのに目の前の彼らは変わらない。変わったのは、黒子の方だ。

「近々……大きな手術があるんです。終わったら退院出来るって。だから、全部終わったら……またみんなの元へ帰っていいですか?」

涙ぐんだ黒子に、みんなはチリンともう一度キーホルダーを鳴らした。





ピリリと携帯が鳴り、初期設定のまま変えていないメロディーが持ち主を呼ぶ。着替えの手を止めて携帯を見れば、そこには様々な言葉や思いが書き連なっていた。その文に笑みを浮かべて、彼女は着替えの手を早める。

―――今日はとても良い天気だ。

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