「涼太ー、涼太宛てに届け物来てるわよ」
「分かったー」
とある休日、仕事がオフで練習も無い平穏な日に黄瀬宛てに届け物が届いた。通販などは利用しない派なのでその線はない。差出人の名前も碌に確認せずに黄瀬は届け物の封を切った。中身は持った時の感触から軽いようだ。
「一体何っスかね――」
中を覗き込んだ黄瀬は、開封したことを後悔した。
「黒子っち!!」
掛け声とバッシュの音が響く体育館に聞き慣れた声が響く。彼の名前は黄瀬涼太、先日練習試合で見事負かした相手だ。また何か言いに来たのかとみなが呆れたが、黄瀬が私服を着ていたことに視線がいく。どうやら彼は今日オフのようだ。
「どうしましたか黄瀬くん。何か用でも?」
「お願いっス!!今日一日で良いから匿って下さい!!」
黄瀬の匿って発言に黒子は?マークを浮かべた。海常の笠松は厳しそうな人だが、黄瀬の匿って発言とは結び付かない。ならば彼は何から逃げているのか。黒子には心当たりが全く無かった。
「黄瀬くんは誰から逃げているんですか?」
「赤司っちっス!!」
黄瀬の言葉にキセキの世代のキャプテンの名前が出たからか、リコや日向達の手が止まる。しかし黒子はその発言によって余計に疑問を深めた。
「赤司くんは確か京都ですよね?紫原くんは秋田ですし、来るのは難しいかと」
「だって赤司っち来るって連絡来たし」
「というか、黄瀬くんに赤司くんを恐れる理由が無いのでは?」
中学時代、赤司はキャプテンという立ち位置だったので基本逆らってはいけないという不文律があった。しかし卒業をした現在、黄瀬には赤司に従う理由は無い。ましてや恐れる理由も無い。むしろ途中で姿を消した黒子の方が心配である。
「赤司くんは理由も無く黄瀬くんを怒る人じゃないですよ」
「いやっ赤司っちは黒子っちの前で猫被ってたし……。それに今回ちょっと心当たりがあって――」
赤司という人間を知らない誠凜の人達は、黄瀬がどうしてそこまで恐れるのか分かっていない。そして赤司を本当の意味で知らない黒子もそうだった。黒子以外のキセキ達は赤司の本性を嫌という程知っている。しかし赤司は黄瀬の言う通り黒子の前で猫を被り続けた。結果、黒子の中で赤司は少し厳しい頼りがいのあるキャプテンなのだ。
「心当たり――黄瀬くん赤司くんに何かしたんですか?」
「いや赤司っちには何もしてないっスよ。でも黒子っちにしちゃったから…………」
「僕に、ですか?」
黄瀬と関わったのは高校に入ってこの前の練習試合だけ。その前に挨拶と称して来ているが、あれは黄瀬が言いたいことを言って帰っただけだ。一緒にまたバスケをやろうと誘われたが、それが赤司の反感を買う理由にはならない。
「あっ、もしかして怪我のことじゃねぇの?」
ある程度話を聞いていた火神が口を挟む。それが図星だったようで黄瀬の顔が歪んだ。一方黒子はそんなこともあったな程度の感覚。試合中だったし黄瀬もわざとではない。それは黄瀬の態度を見ればよく分かる。
「どうしよう黒子っち」
「僕自身気にしてないので赤司くんがどうこう言うことじゃないと思います」
「黒子っちが気にしてなくても怪我させたってことが問題なんスよ」
「まるでその赤司って奴、黒子のこと溺愛してるみたいに聞こえるな」
「火神っち大丈夫っス、間違ってない」
恐らく火神は当たっているがよく分かっていない。赤司を語るには三年でも足りないくらいなのだ。しかしこのままでは何も変わらない。此処にいても練習の邪魔になるので、二人はリコに断りを入れて外に出た。
「あっ、桃井さんじゃないですか」
体育館を出て中庭に行けば校門に見知った姿。桐皇の制服を着た彼女は中学からまた一段と美しくなった。桃井は黒子の声を拾ったからか、こちらを見て笑顔で手を振る。しかしその笑顔に裏の意味があることは黄瀬しか知らない。
「テツくん久しぶりだね」
「お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」
「んー用があるのは私だけじゃないよ、ねぇ?」
桃井が笑みを黄瀬に向ける。その笑みすら恐怖なのか、黄瀬は顔を引き攣らせて苦しい笑みを浮かべた。
「よう、久しぶりだなテツ。相変わらず細いな」
「いきなり失礼ですよ青峰くん。―――後ろにいるのは緑間くんですか。一体みなさんお揃いでどうしたんです?」
「そこの駄犬に用があるだけなのだよ」
「駄犬って何なんスか!?俺の扱いが酷い!」
「少なくともテツに怪我させたお前程は酷くねぇぜ」
青峰の発言に黄瀬は黙ってしまう。黄瀬が怪我をさせた事実は変わるわけがない。日がそんなに経っていないからなのか、その時の傷がまだくっきりと残っていた。紫原のように髪が長い訳では無いので、風に髪が揺れる度にちらちらと傷痕が見える。
「っていうか赤司っち来るって聞いたんスけど、まさかそっちとグル?」
「赤司が!?アイツ京都だったよな」
「間違いない」
「ムッくんも多分来るよ。メールしといたから」
諸悪の根源がさらりと爆弾を落とす。まるで普通のことを言うかのように重大事実を述べた桃井は、あの笑みを浮かべて嬉々とした声で続きを言った。
「テツくんを怪我させるなんてことするからついやっちゃった」
黄瀬は改めて最初から考え直す。まずどうして都内の、それも練習試合の情報が赤司に漏れたのか。赤司の情報網は確かに恐ろしいが、あれだけ離れていたら機能しているほうがおかしい。だとすると考えられることは一つ、誰かが赤司に直接教えたのだ。そして此処にいるメンバーでそれが出来るのは、帝光時代お世話になった桃井しかいない。しかも彼女は都内在中で黒子を好いている。試合を嗅ぎ付けて見ていたとしても不思議ではない。
「お前鬼畜だよな」
「テツくんに怪我させたんだもん、当然じゃない」
しかし青峰も緑間も目的は黄瀬をシバくことなので桃井に強く言える筈も無く。むしろ赤司や紫原まで呼んだことで完全体勢が出来上がった。二人が着き次第黒子は練習に帰し黄瀬の運命は暗黒に落ちる。致し方ないことだった。
「く、黒子っちからも何か言って!!」
「そうですね。みなさんが思ってる程傷は深く無いので、そこまで怒ることは無いかと」
「まぁ俺達もそれに関しては分かってんだよ」
「えっ、そうなんスか?」
予想外の答えに黄瀬は素で驚いた。てっきり怪我をさせたことに対しての制裁だと思っていたからだ。
「それは全体の三割程度の制裁なのだよ」
「あ、制裁には変わり無いンすね」
「私達が怒ってるのはコッチだから」
桃井がファイルから取り出した紙、それを見て黄瀬の顔が青ざめた。黒子の表情も少し曇る。
「随分なことしてくれたよなオマエ」
「いやこれは事情があって!!記念に一枚撮ってくれるって言われたから――」
「黙れ駄犬一度死ね」
「緑間くん饒舌ですね、どうしましたか?」
「テツくんが汚された………」
桃井が取り出した紙はいわゆるエンドカードという最後に挟まれる紙である。記念すべき初めての負けということで、スタッフの同情を買い黄瀬の意見が反映されたのだ。せっかくの機会だからと言って、黒子の服を見立てほぼ無理矢理撮影したのは遠くない記憶である。
「あれは黄瀬くんが無理矢理……」
「黒子っち空気読んで!俺の命が風前の灯!!」
「これは確信犯としか言いようが無い、よね?」
「片手で持ち上げられるという屈辱を受けました」
撮影に関しては黒子も思うことがあるらしく黄瀬の擁護には回らなかった。確かに男子高校生が同級生に片手抱っこをされるというのは嬉しいことの筈がない。その上それを撮られたとなると当然ながら黒子の機嫌は余計に悪くなった。
「安心していいよ黒ちん。ここからは赤ちんがやってくれるから」
低いのんびりとした声と共に黒子の肩に重圧が掛かる。見上げれば見知った紫の髪が揺れていて、黒子と四人は目を見開いた。
「紫原!!」
「うわ、早いな」
「ムッくんどうやってこんな早くに?」
「学校休んできたから」
言われてみれば紫原は制服である。鞄は持っていて、つまりは無断欠席だった。普段からサボっていないので進級には影響が出ない。
「桃ちんメール見たよ。赤ちん怒ってるだろーねぇ……」
「紫原くん秋田から何しに来てるんですか」
学校を休むなんて許されないことだと黒子が言う。それが正論なのだが、紫原の中で黒子の方が優先度が高い。黒子が黄瀬に汚されたと聞けば、それこそ距離なんて関係無く行くに決まっている。
「もう此処は駄目みたいっスね。こうなったら全力で逃げるしか無いっス!」
並外れた運動能力を生かして走り出そうとする黄瀬。しかし目の前に現れたシルエットに身を縮ませて止まらざるを得なかった。
「やぁ涼太、僕の顔を見て顔色が変わるなんて酷いじゃないか」
一歩一歩、ゆっくりと赤司は黄瀬に近づく。まだ距離は開いているのに、黄瀬は思わず後ずさった。
「あっ、そうそう」
赤司が思い出したかのように言う。次の瞬間、赤司は不敵な笑みを浮かべて問うた。
「あの届け物、気に入ってくれた?」
キセキ達による黄瀬粛正の幕が、赤司の手によって上げられた。
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届け物の中身はメッセージカードと鋏でした(笑)