「悪趣味ですよ」
突然の黒子の言葉に、赤司はくすりと笑った。二人は今、黒子の席とその隣に座っている。幸いと言うべきか黒子の隣の席の男性は一人だったので、赤司が上手く話をつけて譲ってもらったのだ。その男性には別の席に座ってもらっている。
「何が悪趣味なのかな」
「最後の言葉、明らかに狙ったでしょう?」
「知らないなぁ」
両コートで繰り広げられている試合は極めて悲惨なものだった。試合を見ている人達も驚きを隠せないのか、みなが唖然とただ試合を見ていた。
まずお互いのネットがほとんど揺れない。ハイスピードで行われるべきボールのやり取りが断続的なものになっていた。攻守の交代が早すぎて、シュートまで行けないのだ。ボールを取っては取り返しまた取られて……。そしてそれらは全てキセキの世代を中心に回っていた。
(おいおい、何てスピードで回してんだよ真ちゃん)
鷹の目で試合を見ている高尾は状況をより把握出来ていた。インターバルが始まって四分、お互いにまだ点を取っていない。力が拮抗しているからか、お互いが何かをしようとしても対応してくる。キセキ同士でぶつかり合う、その意味を他のメンバーは正しく理解していなかった。
「赤司くんが発破かけたからこうなったんです。迷惑かけてどうするんですか」
「普通校と対戦するならまだしもキセキ同士なんだからいいだろう?」
「他のメンバーの方に迷惑をかけていると言っているんですよ」
今回の赤司の発言で被害を被ったのは他でも無い、四校の合計十六人である。黒子の前で無様な試合など出来ないと、天才達が才能以上の試合をしている。一人の個人的私情に残りの四人は見事に振り回された。これはもう悲惨としか言いようが無い。
「まぁ二パターン想像してたんだよね。全く点が入らないかその逆か。両試合とも想像以上のディフェンスだ」
「君が仕組んだ癖に妙な言い方ですね」
残り時間が少なくなっていくが、如何せんスコアが伸びない。海常と秀徳の試合はインターバル前の点がかなりあるが、桐皇と陽泉の試合は最初からフルスタートである。そのため第1Q終了時点で両者の点はまだ一桁だった。
(みんなの消耗が激しすぎる。ムッくんとの試合だからってこともあるけど―――)
彼らを奮い立たせている少女の方へ向く。すると試合の展開に不安を覚えたからか、心配そうに見てくる黒子の視線と合った。数秒目が合った後彼女はペこりとお辞儀をする。それに合わせて桃井も思わずお辞儀をしてしまった。どうも礼儀正しい彼女に引かれたようだ。青峰がそれを無言で見つめていたが、桃井はそれに気づかなかった。
「青峰、少し飛ばしすぎ違うか?」
今吉のやんわりとした戒めに青峰は何も答えない。これはキセキの世代の五人にしか分からないことだ。巻き込まれた四人には申し訳無いが、今回の試合はキセキの世代にとってチームの為ではない。五人に聞いて五人とも「黒子のためだ」と同じ答えが返ってくるだろう。青峰は、理解して貰えないことをわざわざ言うような人間ではない。
「でも青峰くん確かにペース早すぎだよ。ムッくん相手だからっていうのは分かるけど………」
「今日の紫原は本気だ。アイツ相手に一瞬でも手を抜いたら確実に殺されるぜ」
バスケを通して青峰が言った殺されるというのは、今後のペースを握られるということだ。あの体躯からして紫原はディフェンスとして見られるが、彼の力はオフェンスでも発揮される。彼がジャンプしてシュートしようとするものなら、流石の青峰でもカットは難しい。紫原との身長差は約二十センチ程、ハンデとしては大きかった。
「しっかし彼、映像とは違うわなー」
「今日は誰ひとり抜いてませんからね」
力をという主語を言い忘れたが通じたらしい。今吉はくすりと笑った後立ち上がる。
「―――まぁ好きな女の子の為なら仕方ない、なんてな」
今吉の台詞に青峰と桃井は目を見開いた。今吉は帝光時代の青峰達を知らない。ましてや黒子のことを知る筈が無いのだ。
「じゃ、なんとしても勝つか」
眠れる主将の牙が輝きをもった。
「今吉さん」
透き通った声が今吉の名を呼ぶ。試合後でぐったりとしていた彼だったが、出来るだけ笑みを浮かべて声の主へ振り返った。
「黒子ちゃん、お久しぶり〜」
「はい。あっ、おめでとうございます」
先程まで繰り広げられていた激戦への賛辞を述べると、今吉は恥ずかしそうに笑った。
「……あそこまで本気の青峰初めて見たわ。こちらこそやな」
「青峰くんはバスケ好きですから」
キセキの世代から溺愛されている少女を今吉は少し目を細めて見た。試合が始まる前と比べて少し顔色が悪い。恐らく場の熱気にやられたのだろう。
「水分、きちんと取ってる?」
「えぇ、言われたのでちゃんとしてますよ。あっ、赤司くんに怒られるのでそろそろ戻りますね」
ペこりとお辞儀をして黒子は座席の方へ戻って行った。
「で、機嫌悪いな青峰」
「アンタ、テツと知り合いか?」
先輩に対する敬意など皆無に等しいが、それを気にしていたら青峰と付き合えないので無視する。なにより、青峰の台詞にはチームメイトに向けないだろう殺気が込められていた。
「黒子ちゃんの担当医の名前なぁ、今吉治って言うんよ」
「っ!」
「お大事にって代わりに言っといてくれるか」
それだけ言い残して、今吉はチームメイトの元へ戻った。
そして舞台は体育館前広場。洛山高校の赤司に陽泉高校の紫原、桐皇高校の青峰と桃井に秀徳高校の緑間、そして海常高校の黄瀬が集まっていた。キセキの世代が全員揃っていることに、通行人で感嘆の声を漏らす者もいる。既に敵と呼べるような六人だったが、唯一の目的のために集まっていた。