会場のざわめきに黒子は眉をひそめた。先程の試合から黄瀬の調子が良くないのは見て分かっている。第2Qの黄瀬はどこか放心状態だった。その後インターバル中に黄瀬が緑間を呼び出し何か話している。すると緑間が途端に立ち上がろうとした。その瞬間に黒子は察した、バレていると。黄瀬の調子の悪さはきっと動揺だろう。
(みなさんの試合を見たかったですけど仕方ないですね)
黒子が此処に長く残れば残る程、見つかり問題になるリスクは増える。高い競争率の中勝ち取った席だった為捨てるのは惜しいが、もうなりふり構っていられなかった。今の黒子にとって誰にも見つからずに去ることが最も大切なことだ。
「そんなこと、僕が許すと思ってるの?」
立ち上がろうとして掛けられた声に黒子は通路を見た。通路にいるのは元帝光中バスケットボール部キャプテンの赤司。他のキセキ達とは違いバスケをやるには小柄な体格だが、彼の実力は黒子もよく知っている。
「赤司くん……」
「僕は今日試合に出ないからね、観客席で見ていたんだ。そしたら涼太の様子がおかしくなって、視線の先をみたらお前がいた」
「…黄瀬くんには色々話しすぎましたね」
「で、いなくなるの?また僕達の前から」
二人の視線が交わる。赤司がキャプテンなのはキセキ達にとって一生変わらない。それだけの影響力を彼は持っていた。しかし中学時代、黒子は赤司に普通に接していて畏怖など無かった。それが甘えだったのだと黒子は認識する。
「黄瀬!!」
コートから青峰の怒号が聞こえ、黒子の意識が一瞬反れた。それを赤司が見逃す筈が無く、一瞬で間合いを詰められ黒子の腕が掴まれる。黒子の制止の声に耳を貸さずに赤司は観客席の最前列まで向かった。この位置はちょうど五人の真上に当たる。
「ここだよ」
声を掛けると同時に黒子の肩を引き寄せ、手摺りから乗り出すように体を前に出した。当然黒子が落ちないように配慮してある。上を向いた五人と下を向いた二人の目が合い、少しの沈黙が流れた。
「テツ………」
青峰の目が見開かれ黒子を凝視する。熱視線に耐えられなくなったのか、黒子は顔を赤らめて「お久しぶりです」と呟いた。その声に赤司を含め六人は改めて実感する、黒子が此処にいるのだと。
「詳しい話は後だ。五人はもう試合だろう?テツナは僕が責任持って引き留めておく」
キャプテンの声に全員が頷く。赤司が言ったことを守らなかったことはない。それに、いつもにまして赤司の目は真剣だった。
「あっそうだ」
付け足すかのように赤司が声を掛ける。コートに戻ろうとした五人は歩みを止め、赤司の方へ振り返った。
「無様な試合見せたら殺すから」
絶対君主赤司の言葉は重く五人にのしかかる。しかし同時に五人の目が輝く。黒子の前で無様な試合などすることは出来ない。
「さつき、相手チームの情報全部出せ」
「青ちん如き、ひねりつぶすよ」
「勝つためなら何億発でも打ってやるのだよ」
「コピーが小賢しいとか言ってらんないスね」
ブザーの音と共に、真なるキセキ同士の戦いの幕が上がった。