「カイトーカイトー」
ノノハの声が廊下に響く。ノノハが相方のカイトを探していることは珍しくないので大したことでもない。パズル部の部員達や称号をもつ者達からよく呼び出されているのか、カイトを探す役目は常にノノハだった。別にノノハも嫌ではないので別段気にしていない。
しかしノノハの姿はいつもと違った。もちろん此処は学園なので制服を着ているし髪型はいつも通りだ。怪我をしている訳でもない。ただ手に持っているものが違う。大きめのバスケットに香ばしい香、歩く度に鳴るかさりという音。
「カイトー、どこにいるのー?」
「ギャモン匿ってくれ!!」
部屋に突如現れたカイトの姿にギャモンは素で驚いた。その拍子に手が滑ったのか手から落ちる一つのピース。カシャンという音の後に響くのはガシャン!という音で、綺麗に積み上げられていたパズルが崩壊していった。
「カイト!!てめぇ俺様の力作に何やってんだ、あぁ?」
「悪い今それどころじゃねぇんだ。とにかくしばらく匿ってくれねぇか?」
「お前また何かやらかしたのかよ」
「いや俺は悪くない」
言い争いをしていると小さくノノハの声が聞こえる。ギャモンの顔が明るくなった反面、カイトの顔は暗くなった。それもそのはず、今のノノハはカイトにとってある意味死神状態なのだ。
「ノノハがノノハスイーツ作って迫ってくんだよ」
「食えばいいだろ――ってお前食えないのか」
「いや、一回だけその場のノリと精神力で食ったことがあって、それ以来俺はもう食えるって勘違いしてんだよな」
ルークとの決戦前、カイトは死ぬ覚悟すらしていた。あそこまで堕ちたルークを無傷ではきっと戻せない。ある程度の犠牲が必要になってしまう。だけど絶対に生きる、そのための願掛けの意味もありカイトはノノハスイーツを一枚食べた。相変わらず体は素直に拒絶していたが、そこで食べなきゃ男が廃る。正直口の中は異味のオンパレードだったが表情に出さないように必死だった。
そんな苦しみを体験しているとは知らずに、ノノハはもう食べれるのだと勘違いしてしまっているのだ。だからか毎日山のようにクッキーやらを焼いてはカイトに食べさせようとする。何年も気絶及びリバースしてきたからか嬉しいのだろうやはり。女心を理解していない訳ではないので分かることは分かる、ただ受け入れないが。
「ふぅ、いなくなったらしいな」
「面と向かって言えばいいじゃねぇか」
「―――言えたらこんな苦労してねぇ」
あんな嬉しそうな顔を壊すことなど出来るわけないだろうと、批難じみた目を向ける。しかし睨みに関してはギャモンの方が数倍上なので流してしまった。そして流した上で、ギャモンはカイトを睨みつける。
「そういう曖昧な態度こそ最低だろ」
言われた言葉はカイトにとって深く鋭かった。
「あっいたいた。どこに行ってたのよカイト」
「悪いな」
ノノハの手に握られているクッキーはもう完全に冷めているだろう。今は放課後、ノノハも部活が終わったので帰ろうとしている。ここで結論を出さなければノノハはまた明日もクッキーを焼き持ってくるに違いない。カイトが食べてくれると信じて。
「貰うぞ一つ」
バスケットを奪い取り中から一枚取り出す。部活の人間に配ったのかほとんど残っていない。そこから一番小さいものを、選ぼうとして止めた。代わりに一番大きいものを手にとる。チョコチップが入っているクッキーは綺麗な丸を描いていた。
「うん、美味いな」
「ホント!?嬉しいなぁ〜」
無理をしてでも食べることは無いのに、カイトはやはり断れなかった。今まで通り食べれないことを貫き通しても平気かもしれないが、食べた時のノノハの顔を陰らすことはしたくない。結局は相手の為なのだ。
(近いうち病院送りかもな……)
そんなくだらないことを考えながらカイトはノノハの顔を見る。一方ノノハは明日からどんなお菓子を作るか試行錯誤している。そんな様子を見て、カイトは入院も遠くないと考えを改めた。