一のクローンは初期の五人からまた派生して創られ、今現在九人のクローンが存在していた。厳密には二桁に及ぶ数が創られていたのだが、培養途中で失敗していったのだ。最初の五人を創る時も、舞台裏には数十もの失敗作があった。もともとクローンなど人間が扱うべきでは無い技術だ。だからか成功率が極端に低い。

「僕は一十一、王だ。いつまでもお前らの好きにはさせない」

研究所長の男に一はナイフを突き出す。一がナイフの素人であっても時を止めれば関係無い。急所を一思いに刺すことだって、敢えて痛め付けながら殺すことだって出来る。しかし研究所長は微動だにせず、笑った。

「君が此処で私を殺そうが、いっこうに構いませんよ」

「アンタの代わりはいくらでもいるってか。でもアンタの代わりが何人いようが関係無い。僕達はスペックホルダー、いつまでもお前達の下にいる訳が無いだろ」

「確かに一十一は日々個体を増やしつつある。だがそれは同時に脅威を日々増やしているのと同じだ。私達がそれに気づかないとでも思ったのか?」

研究所長はにやりと笑った。その顔に一は憎悪を覚える。確かに一十一の暴走は考えられる事象であり、研究職の人間が失念する筈が無い。しかし一十一という完全無欠に近いスペックホルダーにとって、いかなる処置もほぼ無駄だ。その無駄の中から真実を手繰りだしたのが当麻紗綾なのだが。

「これ、何か分かりますか?」

「―――当麻紗綾のDNAマップ」

「私達に協力しないのならば、そうですね―――お姉さんのクローンでも創りましょうか?」

一の視界が赤に染まっていく。目の前の人間が何を言っているのか、本能的に理解を拒絶したかった。

一は思わなかった訳ではない、何故姉のクローンを創らないのかと。一のスペックと違い当麻のスペックは呼び出すまでだ。呼び出されたホルダーが使いたくないと思えば死者召喚の醍醐味は消えてしまう。故にあの能力は量産出来ないのだと、一はそう思っていた。

「一さんが協力しないのならば、今すぐにでも紗綾さんのクローン製造を始めましょう」

「姉ちゃんのスペックは姉ちゃんに応じて発動するものだ。クローンを創ったところで意味はない」

「貴方には思いつかないだけで、アレには様々な使い道がある。オリジナルが死んでもクローンさえあれば何にも問題はありませんからね」

どうしますか?と研究所長は一に問う。わざとらしい問いに一は嘲笑した。一は当麻紗綾を切り捨てることなど出来ない。いくらクローンで当麻との思い出が何も無いとしても、たった一人の大切な姉という事実は消えることはないのだ。自分が妥協することで姉が救えるのならば、いくらでも闇に染まってやろうと一は思った。

「分かった。そのかわり姉ちゃんのクローンを創ったら容赦はしない」

姉を守れるのは一しかいない。目の前にいる当麻が代わりの利く存在になった瞬間、一の中の大切な部分が確実に抜け落ちる。あんなに酷いことをしたのに陽太として認めてくれた、それだけで嬉しいのに、デッドエンドで必要とさえしてくれたのだ。たとえその時の記憶が情報としてでしか無いとしても、特別な感情を一達は感じていた。

(いつかこいつら殺すとして、しばらく姉ちゃんの傍から離れない方が良いかもね)

こちら側で起きていることを当麻は知らない。もしかしたらこれからあの頭脳で一がクローンだと気づくかもしれないが、自分自身にまで余波が来ているとは思っていないだろう。当麻の能力は使い方によっては一以上に最強になりえてしまうのだ。

指をパチンと鳴らし、CBCの店の前に移動する。中には瀬文と当麻が仲良く餃子を食べている風景があった。穏やかな平穏の一ページに想いを馳せて、一はその場から立ち去った。

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