※歪みと同じ設定になります。
時を止める能力―――正確には他人の何万倍もの早さで動く能力だが、これを得てから陽太の人生は大きく変わった。目の前で死んでいく両親、辺りを包む炎、けたたましい爆発音、全てがまるで非現実だった。そんな中一人生き残ってしまった絶望。それを払拭する為の要素は唯一つ、あの日飛行機に乗らなかった肉親だけ。あそこに戻りたいと、ひたすらそれを求めて、陽太は闇に染まっていった。いや、闇に染められていったのだ。戻りたいという気持ちを利用した、闇の人間達に。
シナリオでは陽太は一として生まれ変わり、全てを壊し再構築した記憶で未詳と戦うことになっている。それが自称シナリオライターを名乗る地居の企てたストーリーだ。しかし地居の能力はある意味完全では無かった。小さな綻びから亀裂が入り、最終的には全てが壊れたのだ。きっかけは分からない。ただ日常のある出来事から一は全てを思い出した。目の前にいる女性は自分の母親ではない。自分には最愛の姉と優しく且つ厳しかった祖母がまだ残っている。
地居は知らない、一が全てを思い出してシナリオが崩壊し始めていることを。一の当麻に対する憎悪が無ければ、事は始まりすらしないのだ。それを一は愉快に思った。シナリオライターなんてふざけた人間の思い通りにはさせないと。一はいつかあの平和な家庭に戻るのだと、ひたすら誓った。そのためには何をしても構わない。
水面下で一は動きはじめた。もう一を止めることの出来る人間はいない。地居が気づく頃には全てが遅いのだ。この能力で全てを奪い尽くしていく。
指をパチンと鳴らした。瞬間に世界が止まり、一だけの世界になる。一は、その世界を今初めて美しいと感じた。