※最終回後一が生存設定で、翔にはいきません。瀬文さんは気合いで傷は既に治ってます。
(大丈夫、大丈夫…)
深呼吸して心を落ち着ける。バクバクと煩い心臓は止むことなく、一は珍しく焦りを感じていた。いや、この場合は焦りというよりも緊張だ。目の前にはリフト、未詳へ行く為の唯一の手段。姉である当麻紗綾は既に出勤しているので此処にはいない。一人で一はリフトに乗り、ボタンを押した。
ガラガラとリフトの上がる音に瀬文は驚いた。此処には既に瀬文を含め三人いる。つまり未詳メンバーは全員出勤しているわけだ。三人以外の人間ならばそれは依頼人だろうと瀬文は思った。しかしリフトにいた全身黒を纏った少年を見て、瀬文は更に驚く。あの日生死の淵をさまよった、当麻の弟である一がそこにいたからだ。
「あっ、陽太来たんだ」
「うん姉ちゃん。やっぱり行くべきかなって」
大きめの紙袋を片手に、一ならぬ陽太が三人の前に立つ。瀬文と野々村は一と直に対峙したことがあるからか、どこか緊迫した空気だ。そんな空気を打ち壊したのは一の謝罪だった。
「記憶を操作されていたからといって僕の罪は消えない。本当にごめんなさい」
拍子抜けしている二人。一とは常に殺戮の中心にいた人間だ。そんな相手が急に謝罪をしてきたら誰だって驚くだろう。
「瀬文さん野々村係長、陽太は私の弟です。陽太の責任は姉である私の責任でもある。本当にすみませんでした」
一の横に並び一同様に頭を下げる。一の罪なのに当麻が頭を下げるのが解せないのか、一は少し不服そうな顔をしている。
「姉ちゃんは何も悪くないよ」
「記憶を操作されたとしても、私が刑事という正義を負って行動していたとしても、私は自分が許せないんだよ」
右手で一の頭をわしゃわしゃと撫でる。小さな子をあやすかのような動きだ。一はちらりと二人の方を向いた。二人は黙って一を見ている。
(こんな謝罪、何の意味を成さないよね…)
どんなに謝ろうと泣こうと、冒した罪は消えない。野々村は重傷を負って死にかけているし、瀬文だって作戦で一時的だが失明している。二人に癒えない傷痕を残しておいて赦されるなど一は思っていない。ただ謝罪すらしないのは絶対に嫌だった。
「陽太君は、お菓子好きかい?」
「……え?」
「私はねお菓子が大好きなんだよ。糖尿病なんだけどね。だからお菓子貰っていきなさい」
「えっ、でも」
「ガキが遠慮なんかするな。貰えるなら貰っとけ」
「………ありがとうございます」
「係長!私には無いんすか?」
「当麻くんは大人なんだから我慢しなさい」
渡されたチョコレート、口に含むととても甘い。美味しいなぁと思うと同時に視界がにじんでいき、滴がひとつふたつ床に落ちた。
「美味しい?」
「……はい、美味しいです。ありがとうございます」
「良いなぁ陽太は、お菓子貰えて」
「ガキに嫉妬するな、見苦しい」
「言ったな瀬文、表出ろよ!」
「ニンニク女が俺に勝てるわけねェだろ」
「姉ちゃんチェスで勝負したら?もしくはオセロ将棋その他諸々」
「おい、チェスってなんだよ」
「そこからかよ筋肉馬鹿」
このままでは二人の争いが始まってしまう。その前に一は持っていた紙袋を渡した。そこにはお詫びの品として、三人の好きなものが入っていた。此処に来る前に一が買ったのだ。
「ありがとうね陽太くん」
「餃子女とは大違いだな」
「マヨメロ☆マヨメロ☆」
全てが丸く収まった訳ではない。二人だって一を完全に赦すことは出来ないだろう。それでも優しく門戸を開いてくれた。その優しさに、一は変わっていこうと、そう思ったのだった。