※一が普通に生存設定
当麻は今日非番でこの仕事場には来ていなかった。久しぶりの非番だからか数日前から何処に行くか決めていたようだ。やけに浮かれた様子の当麻が脳裏に浮かんでくる。野々村も孫を見守るような目で暖かく見ていた。
だからか、代わりに今日は当麻弟が仕事場にいるのだ。どうやって入ってきたのかなんて愚問だ。どうせ指パッチンで全て解決なのだから。当麻弟、改めて一は当麻の席に座って得体の知れない物体Xを頬張っている。今更な話だが、一を陽太と呼ぶのは何故か気が引けた。彼は陽太であるが、やはり瀬文にとっては一なのだ。
「ねぇ瀬文さん」
「なんだ」
「姉ちゃんって職場ではどんな感じ?」
やたら一は当麻について知りたがる。まるで空いてしまったブランクを埋めるかのように。それは当麻にも見られる傾向で、お互いまだ距離があるのだと感じざるをえない。無理もないだろう、今まで銃口を向け合う仲だったのだ。
「相変わらず意味不明なモノばかり食ってやがる。ハチミツコーヒーなんて人間の飲むモンじゃねェ」
「僕と姉ちゃんの味覚、そこまでズレてるかな?マヨメロ食べる?」
出されたメロンを退ける。あれは人間の食べるものではないと、瀬文は経験から理解していた。当麻は量も異常だが中身も異常だ。一にも通じるところがあるらしく、現に美味しそうにマヨメロを食べている。
「姉ちゃん体育会系じゃないからさ、肉弾戦になったら大変でしょ」
「当麻に前線やらせる気は無ェ」
元とは言えSIT隊長である瀬文は肉弾戦をテリトリーとしている。それに対して当麻のテリトリーは頭脳戦だ。お互いがお互いの短所を補っている。まさに良いペアと呼ばれるべきだろう。それに片手しか使えない当麻は尚更肉弾戦には向かないのだから、SIT隊長という肩書から考えて正にプラマイゼロだ。
「……なにそれ」
不満そうな声で一が瀬文を睨む。特に機嫌を損ねるようなことはしていない筈だ。なのに何故機嫌が悪いのか、瀬文には分からなかった。
「一君、瀬文君は鈍い子だから言ってあげなきゃ分からないよ」
「なるほど!」
これだけは分かった、確実に一は瀬文を見下している。その前に野々村も明らかに瀬文を馬鹿にしている。まるで何も分からない分からず屋だと言われているような気分だった。
「瀬文さん。何気無くか意図的かは分からないけど、それ惚気?」
「………は?」
「前線やらせる気は無いって、姉ちゃんを傷つけさせないっていう意味だよね」
「………いや違うが」
「でも前線やらせる気は無いってそういう意味じゃん」
「いや、当麻は前線向きじゃねェし。アイツは頭使う俺は体を使う、これで良いだろ」
「なにその役割分担!!瀬文さんなんて姉ちゃんにとってただの未詳の人間なんだからな!」
なんだコイツはと瀬文が思う中、野々村は可愛いなぁと思っていた。大切なお姉ちゃんを取られたくないと一心に焦っている姿からは、過去など全く感じさせない。あれはお姉ちゃんが大好きな弟、それだけだ。確かに瀬文とは数々の死闘の中芽生えたものが多々あるだろう。そこに恋愛感情が生まれているかは別の問題である。
「頑張りな瀬文くん、いや……義兄ちゃん?」
くすりと野々村が呟く。しかしさすがと言うべきか音を拾って野々村の方を向く二人。どちらも顔をしかめている。
「係長、義兄ちゃんって何ですか!」
「コイツを義兄ちゃんとか一生呼びたくないんだけど!」
どうやらまだ戦いは終わらないらしい。うっかり種をまいてしまった野々村は苦笑して、事の終わりまで見守ることにした。