「ノノハさん!これはこうですか?」
「ミハルちゃん……それは砂糖じゃなくて塩だよ」
とある休日の昼下がり、逆之上ギャモン宅でなんとも羨ましい光景があった。家庭科の調理実習の時しか使われないエプロンを着けたミハルが、ノノハに料理を教わっている。カイトには致死性の高いノノハの料理は、誰がどう見ても美味い。だからか、ミハルもノノハに料理を教わりたいと乞うたのだ。真の意味で死の料理を生み出すミハルの腕が少しでも改善されたら、それほど嬉しいことはない。
「おいミハル、お前砂糖と塩の違いすら分からねェのかよ」
「う、うるさいよお兄ちゃん!!ちょっと黙ってて!」
必死のようだがこちらも必死だ。ノノハ大先生に今後のギャモンの生活が懸かっているのだから。一方ノノハは年下慣れしているのか、上手くミハルの相手をしてくれている。いっそこのまま家に住んでくれれば良いのに、と正直下心無しに思った。
「でもなんでノノハさんはこんなに料理上手いの?」
「そうだね〜、以前コレで人を殺しかけたからかな?」
笑って冗談っぽく言っているが内容はとてつもなく酷い。事情を知っているギャモンは苦笑だが、何も知らないミハルは首を傾げただけだった。恐らく上手く聞き取れなかったかなくらいにしか思っていないのだろう。
「できた!!」
皿の上にあるのはオムライス、ノノハ曰く入門編らしい。単純かつ奥が深いというのがノノハの持論だ。確かにギャモンも最初はオムライスをよく作っていた気がする。しかし、余計なことさえしなければ成功するだろうオムライスは、何故かミハルの分だけ異臭を放っていた。
「おいミハル、これちゃんと食えるのか?」
「だってノノハさんの見ながら作ったもん!!完璧の筈だよ!」
だがどう見てもミハルのオムライスは失敗作だった。たとえノノハのを見ながら作ったとしてもだ。「じゃあギャモンくん、試食お願いね」
スプーンを渡されオムライスに入れる。温かな湯気と共に香ばしい香りが鼻を通った。
(やっぱりノノハの料理は美味いんだよな)
次はミハルのオムライス。外見だけなら成功だが、如何せん匂いが悪い。オムライスから放たれるものでは正直無い。しかし妹が頑張って作ったものだ、食べないという選択肢は無かった。
(……っ!!コレ…は……)
手にしていたスプーンを思わず落としてしまう。拾おうと屈んで、ギャモンはその場に崩れ落ちた。
「ギャモンくん!?」
「お兄ちゃん!?」
二人が駆け寄ると何やらぶつぶつとギャモンが呟いている。独り言のようだが呪詛のようにも聞こえた。ただ分かるのは、とにかくマズイ状況であるということ。
「ミっミハルちゃんお水持って来て!!」
その後ミハルが台所に立つことは無かった。やはり料理はギャモンの役割なのだと痛感せざるをえない事件だった。