2月14日、聖なるバレンタインデー。世の中の女性達が意中なり義理なりの男性に贈り物をして、場合に寄っては想いを伝える日だ。この日ばかりは料理をしない女性陳も家庭科の調理実習のような気分を味わうことになる。「料理なんてほとんどしないんだ」という一種の保険をかけて渡された贈り物は何時間分もの努力の結晶であることを忘れてはならない。
そんなお菓子会社の陰謀行事を、一方通行は達観した目で見ていた。現在一方通行の住む黄泉川家は、男が一人女が四人という、世の人が羨むような状態である。そのため男側の意見などほとんど通らないし(お風呂に鍵を掛けることや洗濯物については命懸けで交渉した)、気遣う素振りもしない。こういう"男性に気づかれないようこっそりやる行事"も、あっけらかんと行われるわけだ。その上、誰にあげるだとか誰が義理で誰が本命だとかも話している為、正直この日に味わう筈のドキドキがまるでない。時折聞こえる豪快な音にはしばしば心配してしまうが………。
「オイ、少し出掛けて来る。帰るまでに家を破壊するンじゃねェぞ」
「えっ、どこか行っちゃうの?ってミサカはミサカは引き留める素振りを見せてみたり」
「いや、むしろ何処か行ってもらうべきでしょ。第一あげる物がバレたらつまんないじゃん」
「あっなるほど!じゃあ気をつけてねってミサカはミサカは帰って来た時驚かせてやると意気込んでみる!!」
これ以上は何かボロを出しそうなので、一方通行は足早に部屋を出た。
「………御坂か」
「御坂かとは何よ!?そんなつまんなそうな顔しないでよ」
「じゃあお前は楽しいのか?」
「楽しいっていうか……嬉しい?」
「そりゃどォも」
美琴の横を通り抜け一方通行は歩き出す。すると美琴が急に一方通行の左腕を掴んだ。杖を持つ腕を掴まなかったのは機転が効いたが、一方通行は体が急に引っ張られて体勢を崩す。結晶美琴に寄り掛かる形になってしまった。
「悪ィ。大丈夫か」
「アンタの栄養状態に疑問をもちたいわよ私は」
手を離せば一方通行は美琴の方へ向くように立つ。一方美琴は見つめられてか、顔を赤らめ視線を反らした。
「用があンだろ。とっととしろ」
「あっ、うん。これなんだけど……」
美琴の鞄から出てきたのはピンクの包装紙に赤いリボンで包まれた一つの箱。恐らく自力で包んだのだろう、包装紙もリボンもまさに手作りで飾ったという感じだ。
「これ余ったからあげるわ。まぁ別に食べても良いわよ」
「………分かった、遠慮無く食わせてもらう」
その場で箱を開けて中身を一つ口に放る。トリュフだろうか、丸いチョコの形が口の中で溶けていった。甘いものが苦手な一方通行への配慮なのか、味もビター系で甘すぎ無い。
「ン、うまいな」
「ホント!?良かったぁ、頑張って作った甲斐があった」
「余りもンじゃないのか?」
「あ……余りものに決まってるじゃない!まぁ美味しいって言われたから喜んだだけだし」
ぷいと顔を背けるが、顔は赤く手も震えている。そんな美琴の様子を気にかけるでもなく、一方通行は残りのトリュフを全て食べてしまった。手についたチョコの粉を舐め取っていく。そんな官能的な姿に、美琴の顔は耳まで真っ赤になっていた。
「どうした?」
「な、何でもないわよ!!とにかく渡せて良かったわ、じゃあね」
どこまでも忙しい奴だと、一方通行は美琴の後ろ姿を見送った。チョコの箱はとりあえず鞄に入れてしまう。中身が無いとはいえ捨てる気にはならなかった。
商店街を歩いていると、何やら四人の集団が視界に入った。女が三人男が一人、何とも言えないデジャヴュを感じる。恐らく彼も大変なのだろうと、心の中で合掌した。しかしどうにも気になる、特に男。あの茶髪にだるっとした服装、彼はどう見ても―――
「なンだ馬鹿面じゃねェか」
「人の名前と馬鹿をくっつけるな!!俺の名前は浜面だ」
「失礼、超噛みました」
「嘘つけ!つうか何で絹旗が入ってくんだよ」
「ネタについては突っ込まないンだな」
「えっ、そのツッコミを一方通行がするのか?字面的に麦野かと思った」
「まぁコイツ中の人間違うからな。わざわざ乗る必要もないだろ」
「メタ発言……良くない」
そんな馬鹿げた話をしていたが、ふと浜面の持っている袋に目が行った。
「あぁ、これは三人がくれたやつなんだけど、見てくれよ中身」
ちらりと見れば名の通っている有名店ばかり。この三人はレベル4にレベル5、浜面とは持っているお金の額が違う。基本的に男は三倍返しという暗黙の了解があるため、来月の浜面が悲惨になるのは間違いないだろう。
「うちのガキ共は手作りだったぞ」
「それが普通なんだよ。ただ、どうみても料理出来るメンバーじゃないだろ?」
「確かに」
お世話にも三人が料理が上手いとは言えない。食事は外食で、一方通行や麦野沈利辺りまで来るとこれがパターン化してしまっている。
「まぁ頑張れよ浜面、応援くらいはしてやる」
「気持ちだけ貰っておく」
四人に別れを告げて、一方通行はそろそろ家に戻ろうとした。すると何やら服を引っ張られている。振り向けばそこに絹旗最愛の姿が。恥ずかしそうにモジモジした後、鞄からハート型のチョコを一方通行に差し出した。
「まぁ私の超オリジナルになっている方ですし、少しくらい超恩返し的お礼をしたいと思っただけで。別に恋愛感情云々の話じゃ超無いんですからねっ!!」
これまたテンプレ的なツンデレ台詞を放って、絹旗最愛は仲間達の元へ駆けて行った。美琴のを食べた手前、量的に食べれなかったのでそれも鞄にしまう。必要最低限の物しか入っていなかった鞄は、次第に膨らみつつあった。
「あっ、あくせられーただ!」
インデックスの声が聞こえた途端、反射的に一方通行は鞄を押さえた。何故だろう、この鞄の中身が彼女の胃に直行する気がしたのだ。しかし全く逆で、結果として一方通行の鞄は僅かながらまた膨らむことになった。
インデックスが取り出したのは板チョコ。バレンタインという風習は知っていたが、どうやら板チョコくらいしかお財布事情的に買えなかったらしい。そのお財布事情というのはもちろん"上条当麻の"お財布である。彼のお財布を物色した結果、見事彼女は板チョコを買い、それを一方通行に渡した。
「日頃の感謝ってやつだね。大切に食べて欲しいな」
「ンじゃ大切にバリバリと食ってやろォか」
少し意地悪げに言えばインデックスの頬が膨らんだ。しかしすぐに元に戻り、何故か一方通行の頭を撫でて何処かへ消えてしまった。相変わらず忙しい人である。
そろそろ慣れてきたものだ。なにせさっきから知り合いにばかり会っていく。嫌では無いが、また会うかもと予想してしまう。そして見事にその予想は的中した。
「初めて単体で男が来たな」
「単体言うな第一位。俺は一人でお前を探してたんだよ」
目の前には憎たらしい第二位。いや、第二位だから憎たらしいのではない。なんというか―――本能的にだ。
「ほら、これやるよ」
ポンと投げられたものを反射的に取る。それは長方形の形をしていて色は茶色。まさにそのまんまだった。
「今は友チョコとかいうのが流行ってんだろ。だからそれやるわ」
「何も包装も無しに直接渡す奴なンざ初めて見たぜ。つゥかこれ、"未元物質"だろ?食える訳無ェだろォが」
「えっ、いや未元物質が食べれないことぐらいもちろん知っているぜ。だからこその嫌がらせだったのに……。口に含んで食べれねェ!って悶絶するお前が見たかった」
「それはまた、面倒な嫌がらせだなァ」
しかしネタバレしてしまった今、垣根に構う理由などない。しかもそれが悪意的ネタバレ、最悪である。無視して大丈夫と判断した一方通行はそのまま歩いて行った。寂しそうな垣根の声が背後から聞こえるが、一方通行は気にしなかった。
「お前は予想外だったな……」
「えっなになに?上条さん予想なんかされてたの?」
家の一歩手前といった場所で、当麻は待っていた。会ったのではない、彼は待っていた。
「これ、お前に渡そうと思ってな」
「……食えるもンだろォな」
「上条さんは日常スキルくらいなら備わってますよ!」
「ンじゃ貰う、サンキュな」
「おぉ一方通行からの純粋な好意は胸が締まるな」
「………それは喜ンでるのか?悲しンでるのか?」
「喜んでるよ」
当麻は他には何も持っていない。つまり一方通行に渡すためだけにここにいたことになる。何故当麻がここまで好意的なのかは、いずれ一方通行は知ることになるかもしれない。
「お前も今日は大変だろ。チョコの食い過ぎで死ぬなよ」
「いやいや、むしろ欲しいくらいだ」
「………はっ?」
詳しく聞いたところ、どうやら当麻はまだ一つも貰っていないらしい。あれだけ周りに女性がいて(おまけに好かれている)、貰っていないなんて異常だ。いくら幻想殺しの力で幸運を消してしまっているとしても、人の感情や行動まで消せる筈は無い。
結局何故当麻が貰えなかったかという疑問は残ったまま、一方通行は家に帰った。女性陣は作り終えたらしく、玄関で何やら盛大に迎えられる。リビングのテーブルには、四つ綺麗にラッピングされたもの。一方通行が座れば反対側に四人座った。
「ということで、ハッピーバレンタイン!!ってミサカはミサカはハイテンションになってみたり!」
「今回は番外個体も劇薬を入れていないから安心して頂戴」
「入れてることが前提かよ……」
四つのチョコを順々に食べていく。とても甘くて形が不器用なのは恐らく打ち止め、飾り付けが無く大きいのが一つのは恐らく黄泉川、飾り付けは無いが個々が小さいのが恐らく芳川、異常に飾り付けが細かいのは恐らく番外個体だ。それを当てていけばぴったりのようで、特に芳川と番外個体が驚いていた。
「あら意外、あなたにこういうの見分ける出来ないと思ってたわ」
「モヤシにしてはまぁまぁじゃないの」
そんな中打ち止めがぴょんと一方通行の腕を掴む。そして上目遣いで抱き着いた。
「ミサカとしては頑張ったんだけど美味しかった?ってミサカはミサカは恐る恐る聞いてみたり」
「……あァ美味かったよ」
「うわー見事なデレだねぇ。お腹いっぱいご馳走様」
「五月蝿ェよガキ」
空いている手で番外個体の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。嫌そうな顔をしたのは始めだけで、なんだか少し機嫌が良さそうな顔をしていたことを一方通行は知らない。
「さて、そろそろやりますか」
「何かやるのか?」
「よし、行け打ち止め!!」
番外個体の掛け声と共に打ち止めは一方通行の鞄目掛けてスタートダッシュをした。番外個体は一方通行の体を組み敷いて動きを封じる。明らかに打算的行動だった。
「鞄を確保した!!ってミサカはミサカは高らかに勝利宣言してみたり」
「じゃあ中身徹底的に調べて」
「おい、お前ら何しやがる」
一方通行の目に怯みかけるが、ここで引いては女が廃る。ここまでやって成果無しなどありえない。
「おお!チョコあったよ!ってミサカはミサカは鞄の中身をあらわにしてみる」
机の上に広げられた一方通行の私物の中には、今日貰ったチョコ達が含まれていて、それを打ち止めと番外個体は凝視していた。そして色や形から誰の物か推測している。
「これは……オリジナルだろうねぇ」
「えっ何で分かったの!?」
「………匂い?」
「それは変態だ」
思わずツッコミをしてしまったが、それを気にせずにひたすら推測を続けていく。垣根と絹旗のは予想外だったらしく、「範囲が広い」と何故かぼやいていた。
「じゃあ大変ね、お返し」
面白そうに言う芳川の言葉で、一方通行はホワイトデーという存在を思い出した。自分も結局浜面なのかと少し落胆したが、浜面とは経済的基盤が違うと何故か自分を励ました。
「私超思うんですけど、上条当麻みたいな人間は超チョコ貰えないと思うんです」
「でもアイツすごくもてるぜ」
「ああゆう人って周りがみんな超本命対象だったりで、意外に超敬遠されたりするんですよ」
「うわっ、難儀な話だな」
「それに超敵多そうですしね」
(そういや一方通行も倍率高そうだよなぁ………)