(この実験で死ぬのかな………)

研究者達に薬物を投与され、百合子の思考はどんどん濁っていく。今日の実験は脳への負荷を測るものだと言われていたが、それが真実ではないことぐらい百合子は理解していた。研究者達が実験の内容を正しく教えてくれたことなど一度もない。仮に致死に至る実験だとしても、百合子はそれを知らずに死んで逝くのだろうと思っている。

(まァ殺しはしないンだろうけど)

研究者達にとって自分がどれだけ価値があるのか、百合子はそれだけ理解していた。故に殺されることはまずないと言い切れる。仮に誰かが百合子を手に掛けた場合、間違いなくその誰かは殺される。人間の尊厳など無く非人道的この世から消えるのだろう。

すると研究所に非常事態を表すアラーム音が響き渡った。周りにいる研究者達が慌てるのを百合子は濁った思考で感じる。この場合の非常事態とは薬物の混合ミスなのか、と百合子は思いつつ何もしなかった。逃げるという行為は生きたい人間がするものであり、百合子のような死ぬことを願望としている人間には不必要である。だが百合子は見殺しにされることはない。現に白衣の人間が百合子の元へ来て、百合子を横抱きにして抱えた。きっと違う研究所に移されるのだ。こういった研究所というのは学園都市に転々としているものである。

「百合子、大丈夫?」

「――芳川?」

今日の実験には芳川桔梗の名は無かった。では何故芳川桔梗が百合子を連れて逃げるのか。回らない思考を回して百合子は一つの答えにたどり着いた。

「芳川、それ……は…駄目だ。失敗…するに……決まっ…てる。捕まれば……芳川はきっと―――」

「分かってるわ。それを理解している上で私は実行しているのだけど」

裏口から出て芳川の私車に乗せられる。その時点で百合子の体調は最悪だった。体内状況を能力で確認する。頭痛が酷いがこの際気にしてはいられない。荒い呼吸で芳川を見る、すると視界で何かが煌めいた。

「―――っ!!」

言葉を放つ前に打たれた弾は見事タイヤに当たり、車はパンクして壁に激突した。学園都市製の車だけあって乗人が死なないような設計にしてあるのか、二人はかろうじて死にはしなかった。だが死のリミットは迫っていて、芳川に照準を合わせた狙撃手が構えている。狙撃手の指がトリガーを引く直前に、百合子は思考をフル回転させた。

結果として、狙撃手の弾は見事に狙撃手の腹を貫いた。狙撃手は驚いたような顔で、自身の腹部を見る。赤く広がっていく染みは、ただ死を表していた。

「………逃げないと、」

動かない体を能力で動かし、芳川を肩に背負う。体調が万全ならば楽に行える作業だ。しかし薬物を投与された体では背負ったまま意識を保つだけでも厳しい。その上百合子には頼れる場所がない、向かう先が無いのだ。

その時ふと思った。芳川は百合子をどこへ連れていく気だったのか、と。芳川は研究職に属しているだけあって無謀な賭けには出ない。今回だって行き先が無ければ逃げるなんてしない。そして芳川が選んだ行き先は恐らく安全が保証されているのだろう。

芳川の身を調べると、そこには地図があった。その電子機器は芳川の白衣に入っていた為、全壊を逃れたのだろう。所々破損しているが、地図を出す分には問題は無い。電子機器など扱う機会などないが簡易設計なのか簡単に扱うことができた。いつ来るか分からない追手を警戒しながら、震える手で操作していく。そしてそこに表されたのは普通のアパート、ただの学生寮であった。




「守るって、いきなり言われてもなぁ」

見ず知らずの人間をいきなり守ってくれと言われて承諾出来る程当麻の普段からの警戒心は薄くない。体質上巻き込まれやすいのだ、様々なトラブルに。魔術側の人間と接しながら、当麻は相手を警戒することを覚えた。

「その子はね、学園都市の鍵なのよ」

「鍵?」

「そう。学園都市が発展していく為に大切な存在、故に鍵なの。幼い頃からずっと研究所に監禁されていて、その身を学園都市の為だけのみに生かされる」

「あんたは……そこの研究者なのか?」

「研究者だった、ね。その子を連れて逃亡中だから反逆者よ」

「………なんで今さら連れ去ったんだよ。あんたずっとこの子を研究してたんだろ」

「そうね、言い訳なんてしないわ。私は確かにその子に実験をした。でもそこでしか彼女は生きれないから。エゴでも良い、私はその子を守る最後の砦になりたかったのよ。でも研究者達は急ぎすぎた。実験していく過程で結果を求めすぎて、最終的に最悪の結果に辿り着いたの」

「最悪の結果……」

「被験者である鈴科百合子の人格破壊、及びに精神強制。つまりは人としての人格を破壊して、精神状態を機械で制御しましょうっていう話よ」

「そんなの許される筈ないだろ!!」

「許されるのよ、あの場ではね。だから彼女を連れ出したのよ」

死んだように眠る百合子に向けられる視線は案じるもの、それを見て当麻は今までの説明が真実だと改めて確信した。

「でもなんで俺に?ただの高校生だぞ」

「あらあら、幻想殺しを持ちながらただの高校生だなんて、図々しいわよ貴方」

「あんた何でそれを……」

「上条当麻と言えば幻想殺しを持ち魔術側と密接な関係を持つ最重要人物よ。もちろん学園都市上層部の判断だけど。だから学園都市はむやみに貴方に介入出来ない」

「だからその子を……」

「一時的で構わない、その子を助けてもらえないかしら。私に出来ることなら何でもするわ」

「………悪い、少しだけ考えさせてくれ」

そう言い残し当麻はトイレに篭った。そして思考を巡らせる。

このまま彼女を匿えば当麻の巻き込まれスキルは確実に発動する。インデックスを助けたことと幻想殺しを持つ時点で最早永遠にスキルを発動し続けることは決定的だが、避けられるトラブルは避けるべきである。そうでなければ当麻自身の体力が保たない。しかしここで彼女を見捨てれば、芳川が言っていた通りになるのだろう。いくら見ず知らずの人間とはいえ、非人道的な扱いを受けていることを知っていて何もしないのは心が重い。

「……、腹を括るか」

何も永久的な話では無いのだろう。それに当麻には助けられる力がある。金銭的な問題さえクリア出来るなら、あの部屋で二人暮らすのは不可能ではない。―――道徳的問題はあるかもしれないが。

リビングに戻ると、意識を取り戻した百合子と心配そうな芳川がいた。当麻は二人に一時的になら構わないことを告げる。しかし当の本人である百合子がそれを否定した。

「ここにいたら貴方が殺される。それは耐えられない」

「百合子、彼は貴方と同じ側の人間よ。心配しなくても殺されることはないわ」

「でも、迷惑じゃ―――」

「知ってしまったら見て見ぬ振りは出来ない。鈴科……だっけか、少しの間だけだけど力になりたい」

「そンな――」

臥せた目を上目遣いで当麻に送る。弱々しい彼女の態度に当麻の中の加護欲が煽られた。しかしそんな下心を上手く隠し、当麻は百合子に手を差し延べた。

「上条当麻だ、よろしくな鈴科」

「………鈴科百合子です」

遠慮がちに握られた手には全く力が無く、当麻が放せばその手はだらりと垂れるのだろう。そもそも先程まで死んだようにぐったりとしていたのだから。きっと疲れているだろうと思い、百合子に寝るよう促した。

「今後のことなのだけど……」

こちらのやり取りが終わったのを見越してか芳川が本題に入る。芳川自身はどうするのか、それにいつまで守ればいいのか、など聞きたいこと言いたいことは山のようにある。芳川は一つ一つ潰していくように説明していった。

「本当にありがとう、そうとしか言いようが無いわ。貴方に断られたら正直死ぬと思っていたから。本当にありがとう」

深く頭を下げて芳川は当麻の部屋から出ていった。百合子も最後だけは起きて芳川に手を振る。それを嬉しそうに芳川は見ていた。




そしてあれから一ヶ月、彼女に―――鈴科百合子に上条当麻は本気で恋に落ちることになる。

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