「ノノハのクッキーって美味しいよね〜。アナは大好きだよ、ノノハの作ったもの」
「俺には無理だな。ノノハクッキーは凶器にしかならない」
机の上には大量のクッキー、もちろんノノハが作ったものである。何やら作りすぎてしまったらしく、ギャモンやキュービックやアナに配られたのだ。アナは絵を描く合間にパリパリとクッキーを食べていく。
「アナが思うに、一種のトラウマかもね」
「トラウマ?」
「カイトが小さい頃、ノノハのクッキーに悪い印象を持っているから体が拒絶しちゃうんだよ。多分今のカイトはノノハクッキーの味を認識する前に拒絶反応が起きてるんだね。アナ達はそうゆうトラウマが無いからパリパリと食べれる、どうかな?」「まぁ確かに生死の淵に立たされたからな」
「カイト残念だね。好きな子の料理すら食べれないなんて」
そこに同情の意はない。あるのはある種の哀れみだ。アナ達はその点でカイトより優位にいることができる。
「ノノハクッキー美味しいのにねぇ」
アーモンドの香りがふわりとカイトの元へ届く。形も色合いも整っているクッキーは店で売っていても不思議ではない。カイトはそのクッキーに手を伸ばした。
「無理だよカイト、トラウマって中々消えないんだから。特に命に関わる問題はね」
アナの忠告を無視して一口かじる。途端に目眩と頭痛、それらがカイトに襲い掛かった。思わずクッキーを落としてしまい、カイトは椅子に倒れ込んだ。アナから差し出された水を勢いよく飲み込み、深呼吸を数回する。
「気分どう?」
「相変わらず」
ノノハの頑張りを受け取れない。それがカイトを最も苦しめる要因だ。あの頃はお互い幼かったのだ。そんな幼いノノハが励ますために一生懸命作ったクッキー。失敗くらいしたっていいじゃないかと、頭では理解し納得している。しかしそんな気持ちとは裏腹に体はそれを否定する。
「多分だけどね、その時から料理頑張ったんだと思うよ」
「あぁ、俺もそう思う」
カイトの両親が死んでしまってから、ノノハが料理を作るようになったことはカイトも知っていた。ノノハの家に遊びに行った際にノノハが作ったお菓子を出されたことも度々ある。そのたびにカイトは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「カイトの為に料理を頑張るなんて―――妬けちゃうねぇ」
羨ましいと、アナはカイトににこりと笑った。ギャモンやキュービックも同じことを思っているに違いない。本来恩恵を受けるべく人間は受けられず、代わりに他者が恩恵を受けられる。悔しい気分を胸に秘めながら、カイトは足を組んで天井を見上げた。